じゃのみち2

ウルダハでも、各ギルドが並ぶ回廊はマーケットとはまた別種の賑わいがあった。
黒魔術師の若者について歩いているアウラは、専用の衣服を身に着けているギルドメンバーを見つけては、しみじみと物珍しげに眺めていた。



「……ねぇ、あれは……なんのギルドなの?」

ちょん、と若者の袖の裾をひっぱって訊ねる。
指差した先に掛かっているのは、裁縫師ギルドの看板だった。

「……え」

幾分慣れた足取りをやや緩めて歩いていた若者は、彼女の呼びかけにその足を止める。
その指さす先を追えば、糸巻を象った看板が提げられている。

「…。裁縫師ギルド。服や…こういう(と自分のローブを示しながら)布製の装備なんかを、作ってる」

彼はぼそぼそと、どこかぶっきらぼうにそう説明する。

「服……」

平坦で感情の気薄な声が、僅かに温度を帯びた。
ぶっきらぼうな声音と表情を、後ろから覗きこむ。
年長者の様子をうかがう子どものような仕草。
それから、またチラリとギルドの看板へ視線をやった。暫く見つめた後、再度水色の瞳が、彼の元に戻ってくる。

「………。」

唇がもじもじ動いていて、何か言いたげだった。

その様子の変化には、彼も気づいたらしかった。
先の市場での一件もあって、もしかして、と予測が彼の頭に浮かぶ。
これからの流行は何色、とか、次に流行るのはこのシルエット、など、出入りする人々の会話が聞こえてくる。

「……気になるの?」

「…!」

驚いた表情をした後、やや視線が左右に泳ぐ。
不安気とまではいかないものの、自分の主張を通して彼の足を止める事に、躊躇いがあるような様子だった。
それから、俯きがちに小さく首を縦に振った。

「……。…そう」

そのしぐさを認めて、彼はギルドの看板へと再び視線を移す。
それから一つ、ゆっくりと瞬きして、

「いいんじゃない。仕事の糸口にも、なるだろうし」

「……っ、……。……ありがとう。」

ぱっと瞳の色が明るみを帯びて頬が色づく。
口より達者に、安心と嬉しさを表情が伝える。
呼気の多い声音で囁くと、爪先が軽やかにギルドの方に駆け出した。
掴んだままの服の裾を僅かに引いて、ギルドの扉を潜っていくと、初めての場所に一度は足が止まった。
けれどすぐにギルドのカウンターを見つけて、受付の案内係や並べられた新品の針や、色とりどりの糸に、視線が釘付けになっている。
腰から伸びるしなやかな尾も、そわそわと揺れている。


「…っ、あ、ちょっと」

彼はというと、いきなり袖を引っ張られて、二、三歩よろけながらも彼女の歩みに歩幅を合わせる。
次いでもう片方の手でフードを目深に被り直して、俯きながらギルドへと入っていく。
それは周囲の華やかな空気の中で、目を付けられないように自衛しているようなそぶりで。

……そして、カウンターの前までやって来た彼は、フードの下から覗く瞳を、今までで一番うれしそうにしている彼女の後ろ姿へと向けた。



「………。」

声をかけようとして、けれど躊躇って足踏みをして、を暫く繰り返していると、ついに痺れをきらしたらしい受付の女性が声をかけてくる。
それに対しても、一瞬ばかり驚いた動物のような挙動で若者の背後に隠れてしまうが。
ややあって、そろそろと顔を出して、彼の隣に出てきて。

「………お裁縫を、教えて、ほしいの…」

つまりギルドに入りたいのか、と問うてくる女性に小さくこくりと頷く。
女性は次に、そちらの方も?とプロスペールを見て問いかける。

「え、」

背後に隠れるセイカと、自分にも向けられた質問。
プロスペールはといえば、あの、僕は、と一瞬言葉に詰まって、

「その、…付き添い、で……」

それから、

「彼女はこの街に来たばかりで、仕事を探しているんです」

と、あながち嘘ではない説明を試みる。

プロスペールの説明を後押しするように、セイカはうんうんと何度も頷いて見せる。
女性は暫く考えた後、分かりましたと応えて、それではこちらをと道具を一式差し出して見せた。
平織の簡素な布に、基本的な色が揃えられた糸、それから真新しい針と刺繍用の枠である。
ギルドの歴史や技術の指導は時間を取って詳しくしていくことを伝えた受付係は、最後にまずは何を習いたいのか、と問いかける。
それに対して、アウラは虚をつかれた様子で瞳を瞬いた。
ややあって、ちらと彼を見上げて。

「……ふ、服の、ほつれや……、取れかけた、ボタンの…直し方…を……。」

ぱちり、と要領を得ないらしい表情で目を瞬くプロスペール。
…そのローブの裾は、日々の修行に彼の頓着の無さが合わさって、端々が破れていたり、糸がほつれていたりしている。
おそらくそれは本人が、見た目に気を使うという行動を自分には縁遠いものと考えていたところも大いにあったかもしれないが…
先ほどから居心地が悪そうに長身を縮めている辺り、自分の身なりに対する劣等感は、無自覚でも抱いているのだろう)。

よくよく使い込まれた服の裾を掴んだまま、ふと目元をやわらげて、少女は唇の端に笑みを浮かべた。
受付の女性は、アウラの希望を聞けば、承知しましたとだけ応えて、後は見学でも買物でも自由にさせてくれるようだった。
彼女には、他にも相手をしなければならない客やギルドメンバーは沢山いるらしい。



「………。…もう、大丈夫。出よう、か。…ありがとう……連れて来て、くれて。」

すらりと伸びた背を縮めるようにしている彼に気付いて、ちょいと服の裾を引く。

「別に……いいよ」

見上げる青の視線に、彼は少しだけ身を屈めた体勢のまま答える。

「滑り出しは上々みたいでよか………ん?」

と、服の裾を再び引かれて、首をかしげた彼の視線が、青い目と丁度合う。

ギルドに出入りする人並みに紛れて、ゆっくりと部屋を後にした。
回廊にはやはり人通りはあるものの、ギルドの賑わいは扉の向こうに遠ざかった。
裁縫の道具一式を胸に抱いたまま、再び彼の傍らに寄り添って、版身を後ろに隠す定位置に戻って。

「…………。あの場所、…嫌だった…?」

どこか彼が窮屈そうにしているみたいに見えて、セイカは不安そうに問いかける。

所々に植物が植えられた回廊の、高い天井へと、行き交う足音が吸い込まれる。
彼女の不安げな視線に、プロスペールはたじろぐように目を泳がせて

「いや…そうじゃない、けど。華やかな場所は、慣れなくて…それだけ」

と、言って…しばらく歩いて、あ、と慌てて付けたすように口を開く。

「あんたが気にすることじゃない。得意不得意の…問題だから」

早口に切りだした言葉は、だんだんとペースを緩めて…彼は再びいつもの無口へと戻る。

付け足された言葉に、少女はぱち、と瞬きをした。
少しの間のあと、くいと服の端を引っ張って。

「………それじゃあ、今度は、貴方の行きたいところを、教えて。
 ……プロスペールの、居心地のいい場所、知りたい。」

その言葉に、彼は少し驚いたように目を見張る。
それからすぐ、吹き抜けから差した光に眩しそうに眼を細めて、

「…………僕の?」

「うん……、知りたい。………だめ?」

小首を傾げて問いかけるセイカに、

「だめじゃ、ないけど………たのしいかどうかの保証は、できないかな」

彼は卑屈に苦笑して、外へとつながる石畳を進む。

「……? プロスペールのこと、教えてもらえるなら…なんでも、嬉しいよ?」

それがどうかしたの、とか当たり前でしょう?みたいな顔をしてサラリと告げる。
日差しが厚みを増し、外が近い事を察するとますます彼にぴたりとくっついて歩く。

「………」

思わぬ返事が返って来た、といったところだろうか。
慣れない肯定の言葉にしばし戸惑うように目を背けて、プロスペールは少し間を置いた。

「……ほんとさ、心配になるよあんた。
 出会って数日の奴に、やすやすそういうこと、言うものじゃないよ」

どう返していいかを考えあぐねて、かえって突き放すような言い方になる。

門を潜れば、そこは往来の激しい大通りだ。

「………、」

ふ、と吐息だけで微笑む気配。

「…貴方に、心配してもらうの…ちょっとだけ、嬉しい。」

と、横顔を見上げながら彼女は続ける。

「………。でも、平気。……プロスペール以外には、…言わない、から。」

そもそも彼以外に言う事になんの意味も無い、とでも言う様な様子。
囁くように小さな声だが、はっきりと告げる。
激しい往来の中ではぐれないように、彼の片腕にしがみつく格好。

「…………。」

返す言葉を必死で探していた若者は、とうとう観念したというように、そう、と短く、息を交えて答える。

「一体僕の何がよかったのか、わからないけど………やっぱり…慣れない」

慣れない、という言葉は、照れくさいとも、恥ずかしいとも、それ以外の言葉の代わりのようにも見えた。
しがみつく彼女を振りほどくことはしないまま、往来の中へと消える。

何気なくすれ違った若者が、肩越しに二人へと視線を返した。
淡い水色の髪の、アウラの少女―――その姿を認めた若者の目が、ギラリと眼光鋭く細められた。

「………。分からない、の?」

青色の目が、はたり、と瞬きをする。
まったく予想外の返事をもらったような顔をして、暫く見つめた後、真剣な表情で眉間に皺を寄せた。

「……。私、貴方のほうこそ、心配……。」

ぎゅ、と服の裾を握り直す。
彼に気を取られていたせいか、人が多いせいか、すれ違った男の様子には気が付かなかった。



近づいては恐がるように距離を置いて、そんな繰り返しの二人にひとつの転機が訪れるのは、これからもう少しだけ先のこと。
半分は、いつか来るかもしれないと予想できたこと。
そしてもう半分は、まったく予想だにしなかったこと。
それがはたして、どのような転機だったのか。

―――答えは、次のお話で。

  • 最終更新:2018-02-24 12:51:46

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