じゃのみち3

昼間のクイックサンドは、休憩や昼食をとりに来た冒険者達でにぎわっていた。
得意げに冒険譚を語る者がいれば、苦労をねぎらい合う者、テーブルに地図を広げて次の目的地を探す者、それぞれに安息の一時を過ごしているようだった。
そんな賑わいの声を遠くに聞きながら、アウラの少女は宿の一室で自分の服を畳んでいるところだった。とても当たり前の顔をしているものの、彼女がいる部屋は、後をついて歩いているエレゼンの若者の部屋である。

一方―――若者はというと、ついさっき宿屋の主人に借り物を返してきたところらしい。向かう先は、もうすぐ離れる事になる、自分の部屋。階段を上がって、一番端の扉の前へと来た彼は、そのままドアノブを回そうと伸ばされた右手を、一瞬止めた。そして、しばし考えるように首をかしげてから、右手を握って扉をかるく打つ。

「……準備のほうは?進んでる?」

扉を開けて、その向こうの小さな後姿に呼びかける。
少女は、ソファの上に正座になって、僅かばかり新しく増えた服を畳んでいく。それは、裁縫師ギルドで作業用にともらったエプロン付きの服だった。エプロンを小さく丁寧に重ねて、小振りな鞄の中に入れていく。それから、次の服を手に取った。肩のところを両手で持って、軽く広げると、それは明らかに少女の体格よりもずっと大きい。

あ。という顔をしたその時に、扉が開いた。持っていた服を膝の上に置いて、振り向く。

「………うん。プロスペールも、用事…終わった?」

「そう。……こっちも、大方、は。」

音を立てないように扉を閉めて、彼はテーブルの上に残った私物を、同じく鞄へと閉まっていく。ペンセットであったり、読み返してぼろぼろになった魔法書だったり……と、彼の目が、少女の手にした一回り大きい服に留まる。

「……その服…前から持ってたっけ」

若干遠慮がちに訊くのは、流行というか、他者の装いにきわめて疎い自分の失態を、恐れてのものだろう。
控えめな様子の青年と手の中の服を再度見て、少女はゆっくりと首を傾げる。
彼女が持っている服のほとんどは、自分で選んで買ったものではない。
畳んだエプロンはギルドから貰ったものだし、今着ている水色のワンピースはモモディ女史が誂えてくれたものだった。その他の荷物も多くは、旅に必要なものを、と親切心と共に手渡してくれたもの。おそらく、ちょうど畳みかけている服も、その一つ。

「………ううん。多分、私のじゃ…ないかな…」

軽く手招きをして呼んでみる。

「………。」

あまり感情を表に出す方じゃないその顔が、どこか柔らかであるのをみて、彼はなんとなくその次第を理解。

「……そう。」

安堵とともに自分たちを快く受け入れてくれた人達を思い出す。

……エレルヘグをリーダーとする新人たちのためのフリーカンパニー。二人がそこへ入団することになったのは、つい先日のこと。専用のハウスへ住まいを移すにあたり、このウルダハの町並みとも、今しばしの別れとなる。
話を聞いた呪術師ギルドの先輩たちも、激励の言葉と、餞別の品を贈ってくれた。その様子は、弱肉強食のこの町にあっても、親きょうだいの温かみを確かに感じられるものだったと思いたい。

「……モモディさんが、用意してくれたの。旅に必要でしょう、って…。いい人に、たくさん会えたね…」

ソファの上で立ち上がる。服を広げると、裾が床に触れるか触れないかのところに落ちた。それを、立っている彼の肩に高さに合わせてみると、やはりサイズはぴったり。普段着にするのにちょうどよい、ゆったりとした衣服のようだった。

「…呪術のギルドには、もう行って来たの?」

「うん。 …………ん?」

急に彼女の視線が自分と同じ位置に来たものだから、彼は一度小さく目を見張る。薬草の手帳を持ったまま、宙に止まった右手には、ギルドの仲間が与えてくれたリストレットが付けられていた。

「そう……だけど……?」

服のサイズを確認する為にソファに立ったのだけど、そうすると自然に目線は同じ位になる。いつも見上げていた顔が、近くにあるのは何だか新鮮だった。

「………身長、やっと追いついた。」

ふふ、と嬉しそうに吐息だけで笑う。それから、ふと腕を飾る見慣れない装身具に気付く。

いつもより近い距離と笑顔に、ついクセで視線を逸らす。普段あまり人を近寄らせない彼だったが、それは逆に言えば彼が相手から逃げているわけで…

「……。」

どこかばつが悪そうに俯くその少し前で、プロスペールは彼女が自分の腕を見つめていることに気づく。

「……あ、これ。…ギルドの先輩が…お守り、って」

慌てて話題を逸らすように、彼は早口にそう説明する。

「………」

ソファに立っていると、より近くでその表情を見ていられるし、声だって近い場所で聞こえる。降ってくるようだった声がすぐ傍にあった。そこで、逸らされた表情を追いかけて、ひょいと覗きこむ。どうやらこの距離感に味をしめたらしい。

「お守り………」

反芻する表情が、急に真剣みを帯びる。

やはり相手の顔が近くにあると落ち着かないらしい。逸らした顔を、眼前の青い目線に追われるようで、身じろぐように肩をすくめる。 …と、彼は彼女の顔つきが、にわかに変わったことに気づく。

「………セイカ?」

「……羨ましい。」

ぼそりと呟く。声音自体はそれほど大きくないが、いやにはっきり言ったし、しかもなにか断固とした響きがあった。

「え?」

声色が今までと違う。
どきりと肩を跳ねさせた彼は、しばし考えて、まずかったと唇を噛む。それから、なんとか弁明をしようとして、

「……あのね、これは…呪術の威力を底上げするっていう意味のお守りで、その、……だから、それぞれ合ったものを付けないと、意味がないもので……」

少女は両手を彼に伸ばす。片腕に服を抱えて、じっと見つめる瞳や表情が、言外に「きて」と語る。一歩でも近寄ったなら、ほっそりしたか細い指先は、けれど彼のどこかを掴まえるつもりだった。

「………。私も、作りたい。貴方を守るもの。……私も、作る。」

すごいはっきり言う。けれど今の自分は、ようやく針の使い方に慣れてきたばかりだし、その他に自然と共和することも出来なければ、彼のように破壊の力を得るには程遠い。…なので。

「…エレルヘグ……に、聞いてみる。」

声音の本気度がどんどん上がっていく。

「……。 ………!?」

てっきり、「自分ばかりずるい」という意味に捉えていた。が、それはまったく見当違いだったことに、彼は今になって気が付く。いや、それよりもだ。

「……守る……?」

伸ばされた手と、自分の背丈と妙に合った服、右手のリストレット。それらへ順に視線を送って、最後に青色の両目に戻る。

「…それは、…たしかに、ありがたい…けど…。………」

「………いや?」

とは言わせない、と言わんばかりの目をしている。
両手はまだ伸ばしたまま。それ以上強引に引き寄せようとはしないけれど、彼が距離を詰めない限り、永遠にその場で彼を求めたまま伸べられているだろうと思わせる。ひたむき、というよりもっと揺るぎなくて根深いものの気配。

「………。」

唖然とした表情で、彼はその場に立ち尽くす。おそらくほんの少し手を伸ばせば、彼女の指先に触れる距離。
彼には未だ、見当がつかないのだ。セイカがなぜ、ここまで本気で自分と関わろうとしているのか。自分がなぜ、そうまでされるに見合ったのか。
…けれどもしかしたらその「見当」というのも、今回のように、彼女の真意から大分外れた方へ向いているのかもしれない。

「…………嫌、じゃない」

ぽそ、と彼は、俯きかけた視線のまま呟く。

「ただ……不思議な人だなって、思うだけ」

躊躇いがちに腕を伸ばすその所作は、年相応に遠慮するようにも、半信半疑の子どものそれのようにも見えた。

「…………。」

彼の答えを受け、伸ばされた腕に指先を添えて、アウラはうっとりと満足げに微笑む。
白い指先を広い掌に重ねて、例えば迷子の子どもの手をひくように、自らの方へ引き寄せようとする。それから、内緒話のように耳元に唇を寄せる。

「不思議じゃ、ない…。……私、予言する。貴方のことを好きになる人は、これからも現れるよ。」

おそらくその距離は、今までの二人のやりとりの中で、一番お互い近いものになっただろう。
耳元で囁く声に思わず視線を向ければ、碧い目が間近で微笑む。

「…………。」

そのときの彼の表情は――さしずめ、大層な失敗を正面から許された子どものようであった、だろうか。

窓の外は夕暮れ。向かいの家の夫人が、洗濯物を撮り込んで。若干色落ちはしているが丁寧に使われているらしい、窓際から見慣れたポンチョとも、今日でお別れだ。

翌朝早く、二人は砂漠を抜け、黒衣森を目指す。
彼らに、また新たな出会いが待っている。セイカの予言と、プロスペールの行動、その結果がどうなるか…これからひとつひとつ語っていくとしよう。

  • 最終更新:2018-05-06 15:31:42

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