じゃのみち4
ウルダハを離れたチョコボキャリッジは、日差しの照りつける荒野を軽快に駆け抜けて、カヌ・エ・センナがおさめるグリダニアへと至った。
強い日差しはいつの間にか生い茂る木々に遮られ、目の前には、湿った土の匂いが香る湿原が広がっていた。
ぬかるんだ汚泥の底からは、内側に光を燈した人の背丈ほどもある不思議な花が咲いており、その間を植物の形をした魔物や、大きな亀が這うようにして歩いている。
「………」
つい数時間前に見ていた景色とは全く違う植物や生き物を目の当たりにしたアウラは、チョコボキャリッジから身をのりだすようにして外を眺めている。
ただし、落ちないためか何なのか、片手は傍にいるエレゼンの若者の服の裾を掴んだままに。
一方、そんなエレゼンの青年は、過ぎ行く緑にさして興味も示さない様子で、
視線は目の前の床か、向かいの席の木目をゆっくりと追っている。
ただ、彼女の手を振り払う気配は無い。
たびたびちらりと向けられる視線は、
なすがまま、というか、「まあ、落ちられても困るし」というような声が聞こえるようだ。
「プロスペール…、ほら、森が見えてきた。沼地を抜けたら、もうすぐなのか……な……?」
青年の服の裾を引っ張って、もう片方の手は沼地の先に広がる黒衣森を指差している。
心持普段よりもトーンの明るい声で言いながら、傍らの青年を振り返る。
すると、床に目を落とすばかりの姿があって、言いかけた言葉が尻切れ蜻蛉のように彷徨って、最終的に首を傾げる疑問形に落ち着いた。
「……。………あ」
我に返ったプロスペールは、ああ、とセイカの問いに答える。
「…少し進むと、チョコボの牧場が見えてくる。そしたら…」
淡々と、ただあまりぶっきらぼうにならないように努めているらしい声色は、
それでもどこか、森へ近づくことへの抵抗が見え隠れする。
―――本拠がグリダニアの近辺だとは、事前に知らされていた。
エレルヘグの誘いを受けたことに後悔はないし、実際、プロスペール本人だってこの場所の緑は美しいと思っている。
ただ……問題は、どうやら別にあるらしい。
「………?」
アウラは少し小首を傾げてから、キャリッジからのりだしていた身を引いた。
それから、彼のごく傍にちょこんと小さく寄りそうようにして腰を下ろし、嫌がられない程度に顔を覗き込もうとする。
「………。エレルヘグのところに行くの…嫌になった?」
ぱち、と目を瞬いて、いや、そうじゃないと彼にしては即答だ。
「嫌になったんじゃない。エレルヘグやフリーカンパニーのことじゃないんだ」
首を横に振って、それから少し言いよどむ。
「…別の、個人的な問題。…あと、あんたの関係でもないから、そこは安心して」
最後の説明は、彼には精一杯の気遣いだったんだろう。
少し顔を上げて、淡い光の浮かぶ水面に目をやった。
「………。」
彼にしては珍しい、明瞭で素早い答えは嘘をついているようにも見えない。
否、端からその言葉の一葉だって疑ってはいないのだ。
ただ、その顔を曇らせる原因が知りたかった。出来るなら、除くべく。
アウラは、鼻梁の通った寡黙な横顔を見つめて。
「……グリダニアが、嫌……?」
ぽつりと小さく問いかけを零した。
囁くように発せられた問いかけに、青年の肩がぴくりと跳ねた。
正確に、誤解が無いようにしたいけれど、かといって詳細を話す気にもなれないらしい。
しばらく、口を薄く開いては閉じ、を繰り返した後で、
「………あまりいい思い出がない」
と、ぽつりとつぶやいて、それからはっと顔を上げた。
「…あ……いや、水を差したいわけじゃないんだけど。 …忘れて」
「………大丈夫。嫌な気持ちにはならない。むしろ、嬉しいから……忘れない。」
彼の、おそらくは心配に反して、アウラはやんわりと微笑みを浮かべていた。
その微笑みに他意はけっして無く、言葉の通りどこか満ち足りた様子でもあった。
「………」
あんたやっぱり変わってる、と普段なら言いそうな彼だったが、
「……なら、いい」
どこか安堵した様子は、彼女の気を損ねなかったことへなのか、
少しだけ打ち明けた本心を、許容されたことへなのか、
はたまたそ両方なのか。
「…ここは、良いところだよ。景色も、空気もきれいだし」
なんとか、言葉を繋げたくて、それもできない不器用な彼は、
代わりにようやっと顔を上げて、広がり始めた緑の屋根を見上げた。
「………」
彼の反応に驚いたのはアウラの方だった。
きっといつもどおり、変わってると照れ臭そうに言われるものだとばかり思っていた。
だから、その言葉を聞き届けると、ぱちりと瞳を瞬いてから、思わずその横顔を見つめてしまう。
まるで珍しいものを見たような顔だ。
けれども、不器用そうに続く言葉を受けて、その表情が嬉しげに綻ぶ。
もしかしたら、分かり易くはしゃいでしまった己のことを気にしてくれたのだろうかと思うとたまらなく胸が温まった。
うん、と頷いて肩にもたれかかる。
「私は、ここ好き。………良い思い出も、きっと出来るよ。…エレルヘグのフリーカンパニーだもの。」
楽しみだね、と囁いたアウラは、頭上を見上げる彼の横顔を飽きる事無く眺めていた。
「………うん」
小川を越え、緑の向こうに煉瓦造りの家々が見え始める。
森の都はもうすぐだ。
- 最終更新:2018-06-17 21:54:33