20180112

砂交りの風の吹くウルダハの街。
アウラの少女は、一歩先を行く若者のローブを掴んで歩いていた。
見慣れない町並み、賑やかな商人たちの声、雑踏のさざめき、人並みのあわいに見える珍しい物に、いちいち足を止めたり目がくぎづけになっている。

「ここがサファイアアベニュー国際市場。大抵の品物は手に入るかな。こっちの通りをまっすぐ行くとこの間の冒険者ギルドがあって…」

ローブの若者はといえば、淡々と今いる場所の説明や位置づけなんかを少女に話しつつ、気持ちゆっくりとした歩調で歩いている。

「…………。」

と、その視線は、自らのローブを掴む少女に落とされる。

「………。」

返事が無い。
冒険者ギルドの話の最中にも関わらず、アウラの目は立ち並ぶ店に吸い寄せられたままである。
並んでいるのは色とりどり刺繍用の糸や、繊維を得るための植物、それから布。
片隅にきらりと光っているのは、細くて小さな針だ。

怪訝そうに眉をひそめた若者は、彼女の視線の先を追う。
鮮やかな模様の織物たちを手で示して、店主がにこ、と微笑んだ。
そんな店主に、言葉も笑みも返すことなく再び視線を落として、若者は少女を見る。
その目がいくぶん、輝きを増して見えた。

しばらく机の並んだ品物を見つめていたが、ふと頭上に視線を感じて顔を上げた。
彼の目の色が、いつもより明るい色をしていた気がして、少し黙ってしまうが。

「………あ、ごめん…。話を、聞いて無かった、かも…。」
「別にかまわないけど。…好き、」

裁縫道具の並んだ店の前に立つ二人の背後から、ふと麝香が匂い立つ。
甘くありながら鼻につかず、身体中を抱き込められるような香りだ。
高いヒールの音が、高らかに響く。

「やあ、失礼。買うものが決まっているんだ、先に会計をしても?」

ミッドランダーの女の深い緑色が悪戯げに微笑んで、まるで親鳥と雛のような風体の二人を横から覗き込んで――――その淡く微笑んだ表情が固まった。

好きなの、と訊こうとした折、背後からの声と甘い香りに若者は、ぱち、と一つ瞬く。
その主の表情の変化には……まだ気が付いていないようだ。

アウラは、かまわない、と言われてほっとする。
そうして彼の言葉を待つも、ちょうど同じタイミングでふくよかな芳香に気付いた。
ゆらん、と尻尾を揺らしながら女性の声を振り向いた。
道を譲るように一歩脇に避けるも、なぜだか固まった表情に、少し小首を傾げる。

そこでようやく、若者も少女につられて、声の主へと振り返る……と。

「アウラだ――――――――――!!!!!!!!!!!!」

歓喜の雄叫びがサファイアアベニューに響き渡った。
次いで豊満な肢体がアウラの少女に襲い掛かる。
細身のアウラを、それはもう、ぎゅうぎゅうに、むちむちに、もふもふにハグしまくって容赦がない。

「!…っ、…っ!?」

女性の歓喜の声に、びくりと少女の小柄な身体が跳ねた。
ついでに尻尾がピーン!ととび上がった。
驚いて固まっているうちにもにもにぎゅうぎゅうになっていた。

「………!?」

驚きと困惑と焦りで、片手をごく控えめながらあわあわと動かしている。

突然響く女性の叫びに人々が目を丸くして振り返る中――若者は目の前の光景を、「信じられない」と言葉がにじみ出そうな表情で目の当たりにしている。

「この白い鱗!君はレンの方だね!!ああー美しい……すべすべだ……」

頬に手を添えて顔を上げさせると、アウラの額に自身の赤い髪が振りかかりそうになるのを、うっとりと眺めて甘い呼気を漏らす。
その指はアウラの頬から首へ、主に鱗部分をなぞっている。

「角はまるで翼のようだけど、なるほど、尻尾はスタンダードな形をしているね、ああー可愛い……アウラだ……、……んはぁ……」

うるさいほどに誉めちぎっていたのが止む。
髪の匂いを嗅ぐのに必死である。

「………。」

彼女を見上げたアウラの瞳は、ぽかんと丸い。
なにか言いかけた唇も、小さく開いたまま固まっている。
ただ、彼女の指先が鱗に触れた途端、ぴくりと肩が跳ねた。
鱗の手触りは見た目よりも柔らかで薄い。
硬質化して弾力が乏しい分、指先に少し力を入れれば、突き破って膚の内側へ侵入できそうな危うさがある。
くすぐったげに身を捩りつつも、強く拒絶が出来ず、やはり控えめに彼女の肩に両手を添えて。

「………、く、…くすぐったい…。」
「喋った!!!!!」

大興奮。
通りすがる奇異を見る目も、もちろんエレゼンの青年もガン無視である。
見た目よりもずっと、恐ろしいほど壊れやすいのを悟ったか、指の腹で肌や鱗を愛でて、ついには腰や尻尾まで女の手が伸びている。

「……」

その光景を見ていた若者の表情が、困惑から、だんだんと危機感のそれに変わる。

「誰あんた」

短く、けれど普段より大きく低い声を上げる。

「!」

びっくー!とまたしても腕の中で少女が跳ねた。
鱗に触る指の動きが変わったら、これはこれでやはりくすぐったいらしい。
緊張しているせいか、撫でられて気持ちが良いとかいうよりもくすぐったい。
尻尾の方にまで手が動いているのを、やや遅れて勘付いたら、少し片足を下げて。

「………あの、…えっと……」

困惑交り、びっくり交じりの瞳が、若者の言葉を反芻するようにして、女性を見上げた。
口よりも雄弁に、だれ?どうしたの?と疑問を滲ませている。

「ん?」

足を下げられたのも気にせず、むしろ距離を取り戻さんと再度抱き寄せた。
女らしく膨れた乳房が、柔らかくアウラの少女の顔に当たる。
問うような瞳に笑いかける女の様子は、ある種狂気を感じるほどに爽やかである。

「これは重ね重ね失礼。ただのアウラ狂いだよ!」

きっぱりにっこり言い放つと、うりうりと頬擦りしつつエレゼンの若者を見て。

「ところで君は?外野かな?」
「んむっ」

アウラの少女が何か言いかけたものの、ふわふわに埋もれた。
相変わらず感触は柔らかくて気持ちいいし、甘い香りは嫌いでは無かった。
どうしていいのか分からずに、手は彼女の肩に沿えらえたまま、半ば呆然としたままに彼女と若者のやりとりを見守る体勢。

「変態に教えることなんてないんだけど」

間髪入れず、身もふたもない返しとともに、エレゼンの若者は二人の間に割って入ろうとする。

「初対面の相手にすることじゃないよね?それ」

ひょろながく伸びた長身の彼から、冷ややかな目線が女性へと注がれる。

「おや、ご挨拶だね」

青年に邪魔されまいと、女はいよいよアウラを抱き上げようとする。
強く輝く緑の瞳は、長身から注がれる目線に少しも怯まない。

彼女の豊かな胸の谷間から、アウラの少女は目許だけ出して応酬を見守っている。
女性がしゃべれば、青い瞳はそちらへ、青年が喋れば、青年の方へ。
抱き上げるような動きにも、少しばかり驚いて瞳をまたたいた位で、大きく嫌がることは無かったのは、ちょっと慣れてきたためで。

「それに初対面だからこそのタッチ&ハグじゃないか!まさかウルダハで可憐なアウラが見れるなんて思ってもなかったんだから!……ああ、それとも、この子は君の“持ち物”だったかな?それなら不躾な真似をしているね!」

“持ち物”、との言い回しにかちんと来たらしい。
若者は眉間の皺をさらに深めて。

「あんた、この人のことなんだ、と………」
「……私、物じゃないよ。…なっても、良いけど、…今は違うよ。」

若者の言葉の勢いが少しだけ弱まったのは、なんだか妙な言葉がアウラの少女の口から聞こえたような気がしたからで。

「えっ」

すっとんきょうな声と共に、今度は女が怪訝な顔をする番になった。
アウラの少女の身体は小さく軽くて、易く横抱きにできた。
まるで悪漢から守るように抱いて。

「……この都市じゃそんなに珍しい表現じゃあないと思うけど……ええ……?君こんないたいけな子に何を仕込んでるんだ?」
「何も仕込んでるわけでもないしそもそも数日前に会ったばかりだから」

ここまで一息に云い切って、今度はアウラの少女に視線を向ける。

「あんたもさ、誤解を招く表現やめてくれる? ここじゃ…まあ、彼女の言うようなとこだからね、軽率にそういうこと言ってると、都合よく囲われるよ」
「………。」

若者の言葉に少し首を傾げた後、少女はこくんと小さく頷く。
それから、彼女の方を見て。

「……私は、セイカ。……あなたは、アウラが好きなの?…欲しいの?」
「セイカちゃんかぁ~」

再度少女に向けた顔の、筋肉という筋肉をだらしなく緩ませながら頬擦りして。

「そりゃあもう、できれば5人も6人も囲いたいところだけどね。これでも一介の冒険者の身、長い道のりをついて歩かせるのは忍びない。だからこうして野良アウラを見つけてはスキンシップするのさ!あー良い匂い」
「野良アウラ………」

女の言葉を繰り返して、ふふ、と笑う。

「犬や、猫みたいね。」

少しだけおかしそうに笑った後、今度こそトントンと彼女の肩を叩いた。
下ろして、という言外の合図らしい。
もぞもぞと下りたそうに身動きしている。

「…冒険者、なら……プロスペールと一緒…。」
「なんだか同じ括りにされるの遺憾なんだけど…」

歯に衣着せぬ物言いで、じと、とセイカを見てから。

「…それで、そう言うあんたは。“アウラ狂い”だけじゃ自己紹介には足りないよ。」
「気を悪く……したようでもないね。危うい子だ。んーっ」

セイカの髪にふっくら色付いた唇を押し当てると、丁寧にその両足が地面を捉えるまで見守りながら、身体を降ろしてやる。
激しいスキンシップに乱れた赤毛を手ぐしで整えると、女はにっこり明るい表情で笑んで。

「確かに、アウラ狂いだけじゃあ、君と性癖が被ってて分かりづらい。私はゾーイ、今はグリダニア近辺で過ごしている者さ。生意気な君は“プロスペール”でいいのかな?」

ようやく解放されたセイカを見る目が、以前より少しの安堵をにじませていることに本人は気づいているのか、いないのか。

「…一言も二言も余計だし大分誤解されてるみたいだけど、もういい弁解も面倒だ。そうだよ、プロスペール。呪術士だ。」
「ゾーイ……。ありがとう…、重かったよね……」

下ろしてもらったら、セイカは彼女のほうを向き直って、見た目以上に頼もしい腕をするりと撫でた。
そうして、少し小走り気味にプロスペールの元に戻ったら、その傍らに寄り添う。
長躯の影に半身隠れるような位置に立って、服の後ろを掴む。
どうやら、そのあたりを定位置に決めてしまっているらしい。

「………。プロスペールの、魔法……すごいの。また、会うことが…あると良いね。」
「まさか!鳥のように軽やかだったよ……あっ罪深い手触り……ああ……」

女は名残惜しく溜め息をつくと、どうやらセイカに随分気に入られているらしいプロスペールを、羨ましげに眺めて。

「魔法かあ。私も呪術士になったらアウラにもてるかな?」

腰に抱き着く形になっているセイカと、此方をうらやましげに見つめてくるゾーイを、交互に見て。

「さあ。……試してみたいというなら、止めないけど」

とやはりそっけなく答える。
肯定の言葉に、若干居心地が悪そうに。

「………。…アウラが、好きなんだね…。おもしろい、人……。」

プロスペールの後ろから、セイカは少しだけ目元を細めた。

「……えぇと、…良い野良アウラ…?に…会えると…良いね…。」 
「それはもう!アウラがどれだけ美しいか……歌ってあげたいくらいだけど、大長編になるからね!またいつか、どこかで出会ったときにしよう。」

大袈裟に芝居がかって一礼すると、ゾーイは悪戯げににまりと笑ってみせる。

「麗しのセイカちゃん、そしておまけのプロスペール。君たちにクリスタルの導きがあらんことを」
「ゾーイ……」

プロスペールの影から、セイカがそっと出てくる。
すると、少し手を伸ばして彼女の額の髪を、撫でるように避けようとする。
あらわになった目許を覗きこんで。

プロスペールは、おまけ、という形容に抗議しようとした矢先、セイカの言動を見て固まる。

「…セイカ…?」
「プロスペールは、…おまけじゃないよ。……私を助けてくれたひとだから、…ゾーイも…、大切にしてくれる……?」

やんわりとそう告げると、いつくしむように髪を梳こうとする。

「します!!!!」

間髪入れずに蕩けきった是。
触れる白い指先に、轟く心臓をおさえて、セイカのイエスマンと化した。

「ああーなんて悪い子なんだセイカちゅあん……その魅力で理が滅ぶよ……」
「ありがとう……。ゾーイも、…プロスペールのこと、すきになってくれたら…嬉しいな……」

目元を細めて、セイカはほっとしたように微笑む。
純粋に、自分の好きなものを誰かに好いてもらえたら嬉しいと思ったのと、ほのかに混ざり合う別の気持ち。

「………ふふ、悪い子、ってはじめて言われた。……ゾーイ、また…会おうね。クリスタルの導きがあらんことを、祈ってる…。」

髪を整え終わると最後にその毛先をするりと撫でて、手を離す。
あとはまた、プロスペールの後ろに戻った。

「……」

なんだか納得のいかないことは多いものの、根っからの悪人ではないという安心感は持ったようで。

「……それじゃあ、僕たちはナル回廊のギルドまで向かうから。…あんまり騒ぎすぎて、変な奴らに目付けられないようにしなよ」

これでも、彼なりの精一杯の気遣いらしい。

「え?今の私以上に変なのがいる?」

アウラ尊さにもはや膝から崩れ落ちながら、ゾーイは満足の笑みを浮かべている。

「君たちも、そんなに可愛い子連れてたら、どこぞの売人がほっとかないだろう。気をつけてね!」

彼らのやりとりに、ふふ、と少しだけセイカは微笑んだ。
またね、と囁くような声でゾーイに告げて、小さく手を振った。
あとはまた、プロスペールの後についてゆっくりと歩き出す。
互いの姿は、そのうち人並みの向こうに消えて見えなくなってしまった。

  • 最終更新:2018-01-29 21:05:36

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