20180126

砂の都ウルダハの朝は、風が止んで、黄金にも紛う石の壁から見える空は青く高く見えた。
商人たちの声が高くなり始めた、サファイアアベニューの一角で。

「………………う、えー……」

美女が今にも胃の中身をぶちまけそうな顔で、ベンチに沈んでいた。
夜通し飲み比べをして、屈強な採掘師を5人ほど沈めてきた帰りであった。

爽やかな朝の市場、その雑踏をかき分け軽やかに歩を進める青年がいた。
何か探す様に、しきりに周囲に視線を配っていたが、ふとそれがある一点に向けられる。
似合わない怪しげな眼鏡の奥で、にんまりと目が細められた。
「カモ」を見つけたようである。

「おねーぇサン。大丈夫デスか?」

今朝のカモ。
ベンチで酔いつぶれた女性に、にこやかに声を掛けた。
この手の手合いには慣れていたし、特に注意する事もなく。

「あ"ー…………、……あ?」

陽光を反射する石畳から、女――――ゾーイは、眩しそうに視線を上げる。
そこで見えるのは今の視界には全く優しい、闇のような黒。
黒い髪に黒い装束。
眼鏡で隠れた瞳の色は分からないが、異国の幼げな顔立ちと、訛りが特徴だと思った。

「……やあ、ボク。気遣いありがとう……勝負にも勝ったし試合にも勝ったってとこさ」

酒で焼けたしゃがれた声で笑う。

「ボク?………まあいいデス」

若者扱いされた事に一瞬首を傾げつつ、女性に無遠慮に歩み寄る。
目の前に跪き顔を覗き込むと、お互いの視線がより至近距離で重なって。

「完全勝利、おめでとうございまス。それにしては顔色が悪いでスね」

良く眺めると、思った以上の美女だった。
が、ものすごく酒臭い。
軽薄に浮かぶ青年の微笑みが、ほんの僅かに歪む。

ゾーイの、深い緑色の瞳が、寄せられた顔の目前でぱたぱたと瞬いた。
突然詰められた距離に少し驚きはしたが、慣れてもいる距離だ。
酒に混じって、麝香の匂いが彼の鼻先を少し撫でる。

「……そうだね。らしくなくムキになってしまって、つい深酒を」

頭はくらくらするが、僅かに歪んだ男の表情を見逃さない。
ふっくらと瑞々しく膨れた唇で弧を描いて、小首を傾げる。

「酒臭い女にわざわざ寄ってくる、君はなにものかな?」

アルコールと麝香にむず痒くなったのか、すん、と青年は鼻を鳴らした。
気を取り直して、女性の表情を真似る様に、にまりと笑みを浮かべて。

「名乗るホドのモノではありまセン。ただオネエサンの力になりたいンでス」

言いながら、小さな包みを懐から取り出すと女性の眼前にぶら下げる。

「さぁ。ここに取り出したるは、デンセツの万能薬。かの有名な光のセンシ達も挙って求めたとイウ……」
「万能薬ゥ?」

一文字一文字、わざとらしく発音しながら包みを眺める。
そこはかとなく、生薬のような、というよりは草っぽい香りが漂っている。
何気なく包みに指を伸ばしてみながら。

「そういう“言い伝え”とかばっかり残ってるなあ、光の戦士ってのは」

女性の指が触れる直前、包みが持ち上げられた。
そのまま青年の指先でゆらゆらと揺れている。

「そうデス。ミャクミャクと言い伝えられている、あの光のセンシタチが求めた…………」

並べ立てる文言が、徐々に仰々しく、胡散臭くなっていく。
伝説の植物「メンドラゴラ」がどうの、と説明した所で、ようやく本題に入る。

「………モチロン、二日酔いにも効きまス。万能薬デスから」
「………………ん?」

遠ざけられてしまった包みやその行為には、さほど落胆を示さない。
どころか、それからの話は頭痛やら吐き気やら興味のなさやらで、ほとんど聞いていなかった。
いよいよベンチに寝そべり始めながら、やっと聞き付けた本題に、ははあ、と唸る。

「……なるほどね?私にその薬を売り付けたいのかい?」
「ワア。話が早くて助かりまス」

女性の言葉にこくこくと頷きながら再び跪くと、手の平に包みを置く。

「特別価格、1000ギルでス」
「高いんだか安いんだか分かんないなあ!」

思わず噴き出してしまうと、頭が痛い。
米神を押さえながら、女はからから笑い続けて。

「万能と謳うからには、もっとふんだくれるんじゃないか?いくらまで試したことがある?」
「僕は、苦しんでイル方々の力にナリタイだけデスから……格安でお分けしてるンデスよ~」

そこらの酔っぱらいと同じかと思いきや、意外な手強さを感じた。
実際雑草を干して煎じただけの「万能薬」だが、見透かされないように、反応は見せず。

「さ、楽になりますヨ?さあさあさあ」

柳眉を片方釣り上げると、よくよく青年を観察する。
若いような見た目ではあるが、商人の真似事をしながら、隙を見せないだけの度胸と技量は持っているようだ。
今回はそのポーカーフェイスに免じてやろうかと、笑顔で首を縦に振ろうとした、その時。

「テメェ!性懲りもなくこんなとこでクソみてぇなもん売り付けやがって!!」

聞こえたのは男の怒号だ。
体格の良いハイランダーやらルガディンやらが、3人ほどドカドカと迫ってくる。

青年は一瞬、辟易した表情を浮かべる。
振り返り、怒号の主にひらひらと手を振るその顔は、軽薄な笑顔に戻っていた。

「ドモ~~~……アレ?効きませんでシタか、コッチ」

ぐ、と前腕を立ててみせる。
何の暗喩かは容易に想像できるだろう。
それを見たハイランダーの男が、より判り易く青筋を立て、がなり立てる。

「テメェのインチキ薬のせいで、兄貴は肝心な所で役に立たなくてなァ……女に逃げられたんだぞァ!!」

その言葉に、「兄貴」と思われるルガディンがハイランダーの頭を殴りつけた。
そんなやりとりをよそに、困ったように頭を掻きながら、青年は女性を振り返って見る。

「あっはっはっはっはっは!!!」

ハイランダーの言葉に被さるように響いたのは、ゾーイの爆笑だった。
ぐらぐら痛む頭と戦いながら、空に突き抜けそうなほど軽快な声である。
わざとらしい大声で、美しく笑んでみせながら。

「さぞ誇りが傷付いたことだろう、可哀想に!」

「このアマ……インチキ野郎のツレか!?」
「一緒にとっちめましょう兄貴!」

「おっと近付くなよ。今私に近付いたらな。吐くぞ。こんな美人があられもなくゲロ吐くところを見たいか君たち」

堂々と汚い発言をしながら、女はゆらりと立ち上がる。
ゆーらゆーら歩く姿はまさに爆弾だ。

「ふざけんな、兄貴をコケにしやがって!!」
「こうなったら、腹いせに少し付き合ってもらおうか?姉ちゃんよ」

輩どもの標的が女性に移り始めているのを見て、青年はそろりそろりとその場を離れようとしていた。
抜き足差し足の青年の背中に、嫌な音が突き刺さる。
具体的に言えば、潔く嘔吐く音だの、「このアマまじでやりやがった!!」という男たちの悲鳴だの、カツンと石畳を蹴るヒールの音だの。

袖で唇を拭いながら、やたらとすっきりした顔の女の、豊満な肢体が青年の背中に飛び付いた。


「さて!とびっきりのトラップを仕掛けてあげた礼がてらひとっ走りしてもらうよ!丁寧にね丁寧に」
「えぇ……!?ホントにやっちゃったんデスか!?」

しがみ付かれた勢いに押されるように、女性を背負うとそのまま駆け出す。
雑踏をかき分けて走る青年のその顔には、いつの間にか笑いが浮かんで。

「振り返らない方がいいぞ!出した私もちょっと引いた!」

しっかり首に柔らかな腕を巻き付ければ、密着した体ごしに笑う振動が伝わる。

人気のない方へ、より入り組んだ路地へ駆け抜けていけば、貧民たちが集う無法地帯になっていく。
やがてひやりと冷えた日陰の空気が肩を撫でる頃に、するりとゾーイは青年の背中から滑り降りて、ついでに排水溝にもう一発爆弾を落としてきた。

「…………あー……笑った笑った……」

切らした息を整えながら、青年は改めて声を出して笑った。
走るのに邪魔だった眼鏡を外し、女性が爆撃した排水溝へと投げ込む。

「あは、はー、はー……何なんデスか、アナタ!おかしなヒトですネ」
「君に言われたくないなぁ、“インチキ薬売り”!」

先程のルガディンの男の口真似をしながら、再度袖で唇を拭う。
乱れた赤毛の下の顔は、大分顔色が良くなったようだった。

「これに懲りたら、よっぽど信用されてるものを売るんだね。大人は怖いんだぞ?」
「どんな爆弾を落とされるカ、分かりまセンしね」

女性の言葉に苦笑しつつ、コートの中から薬瓶を二つ取り出す。
冒険者であれば見慣れた物品だ。

「ポーションと万能薬デス。ザンネンながら普通のモノですが」

それを女性に手渡しながら、再びにまりと笑って。

「迷惑料デス。口、早く濯いだ方がイイですヨ」

律儀に手渡された薬たちを見て、ゾーイは不意に表情を取り落とす。
それは驚きからくるもので、すぐ笑みに隠れてしまったが。

「いつまでも口中酸っぱい味じゃあ堪らないからね。ありがたくもらっておくよ」

ゆらゆらとポーションの小瓶を振ってみせると、踊るように背を向けて、冒険者ギルド――――というよりは、そこに併設されている宿屋の方につま先を向けた。

「しばらくはこの辺にいるつもりだし、また会えると良いね、君……ああ、目も、黒曜石みたいだ。隠すよりきっと物が売れるよ」
「アンマリ見られるのはスキじゃないんですケド……」

その目を隠す様に、青年は長い髪をばらけさせて。
女性が行こうとする道の先を見つめる。

「さっきの人達がまだ追って来てるかもしれまセン。人の多い道を行く事をオススメしまス」
「おや、恥ずかしがり屋だね?」

振り向き様甘く笑って、ポーションをラッパ飲みしながら、ゾーイは忠告通りにマーケットを目指しつつふらふら歩き去っていく。
その耳には、遠く駆けてくる重たい足音が聞こえただろうか。

「……居たぞ!!インチキ野郎の方だ!」
「こんにゃろう、今度こそ……」

「……また縁があればイイですネ」

女性が去るのを見届けて、青年は短く呟く。
振り返れば、輩どもが駆け寄ってくるのが見えた。
不気味なほど静まりかえった路地裏、辺りに人影のない事を確認して。

「後片付けしまショウか」

コートから現れたのは一振りの刀。
にまりと細められたその目は、先程までとはまた違った妖しい光を放った。

  • 最終更新:2018-02-28 16:51:47

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