20180308

広大な黄色い土地に、短い草が繁っている。
砂の頭上には少し湿った、星の川が流れていた。
東ザナラーンの夜は、昼間と比べれば別世界のように冷え込む。

初めて過ごす夜のドライボーン。
吹きすさぶ冷たい風すら物珍しく、エレゼンの青年に案内を頼んで、枯れた荒野を歩いていた。

「西の崖にはハイブリッジがかかってる。そこを渡ると黒衣森だ。…向こうに見えるのは、霊災のときに出来た偏向性クリスタル。下には…バーニングウォールと呼ばれるクリスタル群があって…」

手提げのランプを携え、時折炎を作り出して周囲を警戒しながら、エレゼンの青年はアウラの少女の前を行く。
彼の口調は淡々として、半ば独り言のような話し方だ。

彼の手の上の炎が掻き消えては、空気の燃える乾いた匂いが砂風に混じる。
さざめくような星明かりとランプが照らす道には二人分の影が揺れた。
もう何度目か、見えない敵に威嚇するかのような炎を納めれば、火の香りに混じって焼けた肉の匂いが立つ。

「南に行くとリトルアラミゴがあって、その先には……。……ん?」

漂い始めた香りに、怪訝そうに眉をひそめて周囲を見渡す。
冒険者かドライボーンの人間なら、こんな場所で休憩はしないはずだ。
ならば野党?
後ろの少女を制して立ち止まり、彼は警戒の色を強める。

「……静かに」

いつも通り、アウラは呪術師のローブを掴んで半歩後ろを歩いている。
炎のように夜空に向かって聳える橙色のクリスタルの光と、星明り、それから彼の持つランプのおかげで、暗闇に足を取られることは無い。
独り言のような説明に丁寧に耳を傾けながら、指差される方を眺めていたが。

「──…?」

ふと、鼻先に触れた香ばしい香りに、ぴくりと顔を上げた。
すす、と背後に隠れて、僅かに顔を覗かせるようにして周囲を見ている。

その香りは、道を少し外れた岩影から漂ってくるようだった。
仄かに火の灯りが漏れる其処には、ゆらゆらと影が揺れているようだ。
何者かがいるのに間違いはないだろう。

手製の呪具──といってもギルドから支給されたものではない自己流の作り方なのだが、それを握って、彼は抜き足差し足で岩場を横切ろうと試みる。
影の正体を知りたいという好奇心と、もし野党であっても一人くらい自分でもなんとかできるという驕りが、彼の中にはあったのだろう。

「………?」

何かを焼いている匂いがしているのは間違いが無いが、その香りはどうにも香ばしい。
もっと簡単に言うと、美味しそうな、匂いなのだ。
ただ、相手が誰なのか分からない以上、無防備に声を出すのは憚られた。
そこでセイカは、プロスペールの後ろにぴたりと身体を寄せたまま、連れだって通り過ぎる事にした。
薄青の瞳は、興味津々の様子で、香りの方を見ているものの。

二人が覗く其処には、白い長毛の尾が、ぴたぴたと砂地を叩いているのが見えるだろう。
急拵えの石釜とスキレット、その上で豪快に焼かれている肉。
星の下で氷輪のごとく輝く毛並みの、小柄なミコッテの姿。
火の側で丸くなっているようだったか、その耳はせわしなく跳ねている。

「…………3つ数える。その間、素直に出て来なければ、夕飯のタネに加えてやるぞ」

凛と岩肌に響いた声は、明らかに二人連れに向けられていた。
ざらりと剣を抜く音も。

声の様子から、少年か少女かはよく分からなかった。
脅しのような文句と、それに続く金属質の音。
見えはしなくとも、おそらく剣を抜くものなのは分った。
しかし、少女の白いかんばせに、怯えや恐れのきざしはあらわれなかった。
それは、連れ立っている若者の存在を、すっかり信じ切っているから。
どうする?と問うように、その横顔を見上げた。

「ッ!!」

その声にとっさに身構えた彼だったが、一度気持ちを落ち着ける。構えかけた呪具を、しまいはせずとも先よりは降ろして、白皙のミコッテに問いかけた。

「別に、あんたを襲おうとも、夕飯を奪おうなんて気もないよ。むしろ、あんたこそこんな荒野の真ん中で何してるんだ。休める場所なら、向こうに町があるだろう」

「…………ん?」

聞こえた若者の声に、訝しげな表情が振り向いた。
白い肌に赤く戦化粧を施した、ムーンキーパーの顔。
満月を二つ並べたような、黄と青の瞳が、まじまじと二人組の方を見つめる。

「……声が、若いな。こどもか?お前こそこんな時間に、危ないだろうに」

ざらり。
もう一度金属の音が響いたのは、刀身を鞘に納めたからだ。
居住まいを正すと、知らぬ幼い者たちの顔をよく見ようと首を傾げた。

荒野を月明かりが照らしている。

あたりには遠くで風が吹く音、ウルフの遠吠えが山の向こうから聞こえてくる。
ぱち、ぱち、とはじけるたき火を逆光に受け、振り向いた小柄な影に、プロスペールは一度目を瞬く。
そして───驚きの次に来たのは遺憾の念だ。

「……誰が、子どもだって」

がさ、と草を踏み分けて、しかめっ面のエレゼンがミコッテの前に現れる。

「………」

明らかに気分を害した様子のプロスペールを見上げて、密かに目元を和らげる。
ばれてしまったらきっと更に機嫌が悪くなるかもしれないから、可愛らしい等と思ったのは、あくまで自分だけの秘密。
誰とも知れない声の主の前に進み出た彼に続いて、自分も歩みを進めた。
長躯の後ろから、ひょこりと顔だけを覗かせて、ミコッテの様子をうかがっている。

現れた大きな影に、白いミコッテはぎょっと身体を強張らせた。
それにつれて、長くふわふわした毛の生え揃った尻尾も、ぴょんと跳ねる。
「でかいな!エレゼンか。それから、…………?」

色違いの両目が、黒衣の長身の影から覗いた、小さな少女に向く。
まるで見慣れぬものが目の前にあるような、訝しくも、興味を隠せない様子で。
「…………お前は……」

そうだけどなにか、とでも言うように、ふんと鼻を鳴らす長身の青年。…その隣で───

「………。」

好奇心の滲む視線を受けて、アウラは僅かばかり驚いた様子で瞳をまたたいた。
どう応じたら良いのか問うように若者を一度見上げてから、再度ミコッテの方を向いて首を傾げる。

「………どうか、したの……?」

吐息を多く含んだ囁くような声音。

「いや……すまない。お前、アウラ……という種族だったか。こうして自由にしている者は初めて見たから……不躾だったな」

アウラの少女の言葉に、恥じるような調子で俯くことで視線を逸らす。
そのまま火に向き直る様子は、無防備にも見えた。
二人に背を向けたまま、ミコッテはスキレットの上の肉を器用にひっくり返した。
肉の香りが強くなる。

「商品ならば、よく見かけたが。ここいらの町は嫌いだ。どこも乾いていて、無情で……」

……"商品"。
ミコッテの背を見つめながら、彼の目がす、と細められる。
相手の言わんとすることは、分かってしまう。
実際そういう光景を、つい先日、目の当たりにしたのだから。

「………。」

ミコッテの言葉に、アウラはまたしても首を傾げた。
それからまた、プロスペールを見上げて。

「私、まだ…商品……なのかな?」
「何?」

剣呑に細められたミコッテの目が、ぐるりとエレゼンの青年に向いた。
攻撃的で、責めるような目付きだ。

───大きく見張られた目が、アウラを見下ろす。
かと思えば、その目はすっと離れて、正面のミコッテへと向けられた。

「………あんな奴らと一緒にしないで」

するどく刺さるような視線の意を汲んで、エレゼンの彼はそう返す。
少しの苛立ちが混じった声色で。

「………、貴方は、違うね」

ふふ、と少し笑みをこぼしてしまった。

「品物、だったとしても、…望んでここにいるから、平気。」

不遜な青年の様子を、猫の目がじっと見ている。
窺うような、問い詰めるような、真っ直ぐ喉元を狙う刀身のごとき視線だ。
それが、ふと和らいでアウラを見る。
エレゼンが纏う服の裾を握り込む手や、ぴったり寄り添う様子から、よくなついているのだと読み取ったのだろう。
────少し危うい言葉が、聞こえた気がしたが。

「……そうか。無礼を重ねたな。すまない」

わずかに身動ぎすると、二人の側に火の灯りが強くなる。
影になっていたのを退いたのだろう。

「旅は急ぎか?少しあたっていくと良い。冷える夜だろう」

「……その口ぶりからすると、あんたも訳ありみたいだね」

誤解が解けたなら、それでいいか。
…そんなふうに小さくため息を吐いて、彼はミコッテの気遣いに「どうも」とフードを脱いだ。
そして、アウラの少女を伴って、ミコッテに言われるまま火の傍へと歩みを寄せる

「ううん。………、商品、…たくさん見たんだものね…。」

訳有り、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは商品についてだった。
エレゼンについて火の傍まで赴いたなら、勧められるままに腰を下ろした。
骨の髄にまで沁みような荒野の冷え込みに、アウラは慣れている訳では無かった。
炎にあたり、その熱気を肌に感じて、少し息をつく。

「寝物語にするには詰まらない話だ」

微かに笑うような様子を眦に乗せて、ミコッテは鼻先を火に向けた。
石釜からぺろりと飛び出た火の舌が、投げ込まれた枝や薪を飲み込んでいく。
熱くなったスキレットを砂の上に下ろすと、そこに乗ったままの肉を細かくナイフで切り分け始める。

「……お前たちは……冒険者、で良いのか?」

無理に聞き出そう、とは思わなかった。
気丈そうだし、実際腕は立つように見えたけど、その笑みにどこか陰があるように思えたからだ。
ローブの裾を軽く払って砂の上に腰を下ろした青年は、ミコッテの問いにしばらく考えて、

「いいや…厳密には、冒険者候補ってところかな。…まあ、ある程度戦えるってだけで、呼び名のように外を巡ったことはほぼないんだけど。…あ、それと……彼女は違う」

答えと共に、その視線はすい、と隣にちょこんと座ったアウラの方へと注がれる。

「………うん。私……、この人の、商品なの。セイカ、っていう名前。……あなたは?」

どうやら比較的性質の悪い冗談を気にいってしまったらしい。
シリアスな言葉とは裏腹に、どこか歌う様な調子で楽しげに応える。
スキレットが保つ熱のおかげで、火から下ろしても肉は美味しそうな音をあげ、香りを辺りに漂わせていた。

「おまっ……こら!」

セイカと名乗ったアウラの少女の言い分に、ミコッテは色違いの目をぎょっと剥きながら、中途半端な声をあげた。
怒るというよりは、面食らったような。
先ほど確かに“商品”だなんて関係には程遠いと見えたのに、否、そうであったとして、こんなに嬉しそうに自分を商品だと言い切る者がいるのか。
エレゼンとセイカ、どちらにもの申すべきか、うろうろ視線をさ迷わせる。

「………」

ふふ、と吐息で笑う。
たわむれに柔く細められた眼差しは、そのまま隣の若者に向けられた。
ね、そうでしょう?と言わんばかりの表情は、自称とは裏腹に楽しげでもあった。

ちらと移した視線の先で、エレゼンの若者もまた、都合悪そうに顔をしかめている。

「だから…あんたはまたそうやって…」

窘める様な呆れるような、困惑したような口調でそうつぶやくと、

「……よくわからないけど、さ。なんか…気に入られたみたいで…ほんと、よくわかんないけど」

と、そのままどちらの顔とも視線を合わせない方向へ目を逸らして、そのまま黙り込む。

「…………そう……そう、か?」

楽しそうなセイカの様子と、ともすれば気恥ずかしげにも映るエレゼンの様子を、小首を傾げて見つめる。
なにごとか魔術の経験があるらしい青年の方が少女を守っているようだったのに、少女の方がより肝が座っているというか、気持ちが大きいというか。

「……お互いが心地よい関係であるなら、良いんじゃないか。似合いだぞ」

うん、とミコッテはひとつ頷いた。
真っ白な尾がゆらめく。

「私はネムだ。……いつもはこの辺りをねぐらにしている」
「………。」

視線の合わない若者の横顔に、アウラは微笑ましげな視線を向けるだけだった。
殊更に何か言い添えることもせず、困惑したような響きにさえ満足げにしていた。
そして、ゆっくりとまたたきをしながら、ミコッテの少女へと向き直る。

「ネム……。ネムは、…随分……寂しいところに暮らしているのね」
「……そうだな。寂しさに負けて、ついここいらの奴らと毛色の違うお前たちに、声をかけるくらいには」

微かに笑うような気配を唇にのせて、青年の様子を見る。
ネムの、すこし今までと色味の違う言葉に、プロスペールはす、と視線を戻す。

「……毛色が違う、か。」

強かで欲も力もある大人たちに丸め込まれないように、身を守り、あるいはけん制する。どちらかといえば、自分たちはまだ、ここの社会における「いいように扱われやすい側」に、いるんだろう。
……そういう部分を、ふと、見抜かれたような気がした。

ふふ、と笑うような呼気が漏れた。ネムの強張ったままの顔は、にこりともしなかったが。

「見習いの身が、女の子を守りながら夜道を行くのはずいぶんと大変だろう。……お前の名は?」

名前を訊かれた彼が居ずまいを正した折、腰に下げた手製の呪具が砂にかすれてからりと音を立てる。
ギルドの者を真似て作った、そこまでの力は出せない代物。けれど、こちらを舐めてかかる相手の鼻を明かせるくらいにはなりたいと、多少いびつながら彼の対抗心と根気の結晶でもある代物だ。

大変か、どうか。そこに答えるのは憚られたようで、ただ、名前だけをぶっきらぼうに応える。

「………プロスペール」

大変かどうかの真実は良く分からない。おそらく容易い路では無いことは、察せられる。
けれどひとつ確信を持って伝えておきたいことはあった。

「………。ネム、プロスペールの魔法は……、すごいの。……皆、気が付かないだけ……」

まるで自分のことのように誇らしげな響きで、宝箱の蓋を開いて見せるように伝えた。

セイカが見せた、まるでずっと幼いものが大事なものを自慢するような調子に、ネムは微かに顔を歪めた。
不器用ではあるが、笑っているつもりらしい。

「そうか。それなら、安心だな」

褒められ慣れないらしい彼は、なおもばつが悪そうに、軽率だの持ちあげすぎだのとぶつぶつ呟いている。
けれど、その様子は今までセイカとの会話と同じような調子で…それは目の前のミコッテに対する警戒心が、幾分薄れたことの示唆でもあっただろう。

アウラは、ネムに向かってこくんと小さく頷いて見せる。
相変わらず感情のあらわれは希薄だけれど、細められた瞳から嬉しさが滲んでいる。

「ネムは……なぜ、ここに暮らしているの?荒地の夜は、貴方にとっても…優しくは…ないんじゃないの…?」

「…………」

セイカの、まっすぐ核心を突く言葉に、ネムは真っ白な睫毛を伏せた。
手元のステーキを、口の小さな者が食べやすいような大きさにすっかり切り分けている。
表面は濃く焼き色がついて脂に光っているのに、断面から見える中は健康そうな血肉の赤で輝いている。
それらを少し放っておいて、ネムは鞄を漁り始めた。

「……悪いことをしているから。私は此処で良いんだ」

セイカに、というよりは、自分に言い聞かせるような、か細い声だ。

「……? 聞いても、いい…?」

ゆっくりと小首を傾げて、食事の準備をしているらしいネムの横顔を眺めている。
根掘り葉掘り問いただそうという執拗さは無く、下世話な野次馬心も無い、しかし一方で労わるような響きがある訳でも無く、ただ純粋な疑問からくる問いかけといった様子だった。

逸らされていた橙色の目が、ふとネムの方へ向く。プロスペールは眉をひそめて、その言葉の真意を察しようとする。
悪人には見えない。
もし悪人であれば、「悪いことをしている」だなんて話をするときに、今のような顔をするものか、と。

二人の視線の先で、ネムはまた、笑っているつもりで顔を歪めた。

「……幼いものの耳に入れる話じゃないから」

やんわりと言い置くと、ネムは鞄から銀の串を取り出した。
ミコッテ族伝統の串焼き料理をするための、前腕ほどの長さがある輝きだ。
少しだけ迷ってから、フォークがわりにするには手に余りそうなそれを二本、プロスペールとセイカに差し出す。

「代わりに……というわけでもないが、食べるか?」

幼いもの、と言われることがまだやはり遺憾のようだったが、プロスペールにもネムの表情から、それが本人にも言い出しづらい話題であることは察せられた。
そうか、と答えるように一つ瞬きをして、セイカへと視線を移す。同意を求めるように。

「………。」

プロスペールに一つ頷いてから、小さな唇を閉じる。
興味本位の詮索は、ひとまずおしまいにするらしい。
分ったと応える代わりに、差し出された串を受け取った。
長い串を何に使うのか今一つ想像ができていないらしく、珍しく姿を見せている月明かりにかざしては、しげしげと物珍しそうに眺めている。

「……本当はな、それには肉や野菜を刺して炙るんだ」

セイカの所作を見守りながら、もう一本銀の串を取り出した。
それをまるでフォークのように、スキレット上の肉に突き立てる。
じゅう、と肉汁が溢れて、脂溜まりが鉄の上で踊った。
肉を一欠片、そのまま取り上げて。

「でも、今日はこうだ。……まともな食器がなくてすまないが。ああ、あまり振り回すと危ないからな、気を付けるんだぞ」
「……。」

ミコッテ族の食文化については、文献などで知ってはいた。
が、実際に食べてみるのは初めてだ。
セイカとならび、物珍しそうに串を手にするプロスペールの姿は、年相応の空気が滲む。

「………」

ネムのお手本を見て使い方を理解すると、今度はじっと彼女に視線を送る。
両手で串を握り締めたまま、そわそわそわ。
やってみたいらしいが、とりあえず待ての姿勢。

思わず、くすくすと喉の奥が揺れた。
いびつな形であるものの、確かにネムの表情は笑顔だった。
ずっと笑うことを忘れていた頬の筋肉が、やっと柔らかさを取り戻したような笑みだ。

「ここいらに大きなヤギがいただろう。あれの肉だ。臭みはあるが、ハーブや塩コショウで何とかなる。冷めないうちに食べると良い」
「……!」

ぱち、とまたたいた瞳が明るさを増す。

「……ありがとう。いただき、ます…」

そう言って、ネムがやってみたように串で肉を刺すけれど…。
どうにもうまくいかず、もたもたとした手つきで何度かやってみて、漸く串の先に取り上げることが出来た。
脂のしたたる肉の香りが、ハーブの香りと混ざり合って急にお腹が空いてくる。
少し息を吹きかけて冷ました後、小さく齧りついた。

もぐもぐもぐ。

「………!」

美味しかった。

その隣でも、エレゼンの若者が若干不器用な手つきで肉に口を付ける。
ぱち、と目をまたたいたかと思えば、二口三口と食を進めていく。
セイカと同じく、緊張で忘れかけていた空腹を、思い出したようだった。

「うん、上手だ。うまいか?」

手が進み始めた二人の様子を、自分はひとくち食べたっきりで眺める。
子供に声をかけながら見守るような、そんな調子だ。
白い尻尾が嬉しそうに地べたを叩いている。

「何処を目指すにしろ、体力はあった方がいいからな。たくさん食べろ」
「………。」

こくりと頷いて応える。
安心しているのか、食べる速度はゆっくりとしている。
いただいた分を食べ終えると、小さく両手を合わせてごちそうさま。
それから、ポケットに入れていたハンカチで串を拭きつつ。

「ネムも、行こう?ドライボーンを、プロスペールに…案内してもらってるの…」
「私は……」

行儀良く食べ終わったセイカに、瓶に入ったカモミールティーを出してやると、ゆっくり首を振って。

「……このステーキが上手く出来たら……ある男に振る舞ってやろうと思っていてな。森の方に行くつもりなんだ」

次いでプロスペールにもカモミールティーを差し出すと、石釜に薪を放り込む。
暖をとるためだけに炎の舌をちらつかせ続けるそれは、すっかり満足した様子に見えた。
金銀に輝く瞳の形は鋭くつり上がっていて、それでも浮かべる感情は穏やかなものである。

「よかったら、日が昇るまで休んでいくと良い。暗い中を歩き回るのは危ないから」

のんびり岩肌に背を預けて座り直すと、ネムは若い二人の旅人を改めて見つめる。

「………」

あの男に、と言った瞬間のネムの表情が、ひときわ柔らかに見えたのは、気のせいだろうか。
綺麗にふいた串を主の元へ返すと、上品な香りのするカモミールティーを両手で受け取って口を付けた。
周囲を見渡す。それから、燃料の少なくなってきた松明と、まだ夜明けまで時間があるだろう空も。

「森の方…か。わかった。泊めてもらう代わりに、片付けの手伝いくらいは、させてほしい。……あんたも、気を付けて」

口下手な彼の、精一杯の感謝の言葉だった。

「………。ありがとう。」

頷いてささやかな声で応えると、プロスペールにならってアウラも串を返す。
お礼を言いながら受け取ったお茶は、爽やかな花の香りがしていた。
辺りを見回しても、確かに地平線の向こうまで砂地が続き、緑の気配はどこにも無い。
心待ちにするものがある旅は、おそらく苦では無いのだろう。
けれど、森は遠く、果てしない旅路に思われた。

「貴女に、父なる神の加護がありますように…」

囁くように告げると、掌でカップを包み直した。
この日珍しく、ドライボーンに嵐は訪れなかった。
一時の安息の夜を過ごした後、それぞれに道は分たれていく。
広いエオルゼアのほんの片隅で、「また」と手を振って。

  • 最終更新:2018-04-08 14:43:09

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