20180325

クォーリーミルを少し北に歩けば、ウォルナット────クルミが群生している。
日の傾き始めた時間に、ネムはこのウォルナットを求めてやってきた。
パンに混ぜて焼けば風味豊かな味になるし、砕いて甘いものに振りかけても食感が足されて面白い。
森の美味しいもののひとつを、とある男にくれてやろうと、心持ち足を弾ませながら緩やかな傾斜を登っていく。

クルミが群生している部分より少し手前、森に咲く花と背丈の高い草に隠れているところに美しい池がある。
普段は気にせず通り過ぎるであろう場所、しかし、いつもとは異なる違和感がある。
普段は美しく咲き誇っている花々も、青々と伸びる草も、倒され、荒らされていた。

「…………?」

暗がりはむしろ、ムーンキーパーであるネムの庭だ。
宵闇に萎びた草はすぐ視認できた。
その近くに一度膝をついて、まるで誰かが縺れる足で倒れながら進んだような痕跡を見つめる。

その痕跡の先、暗がりの中僅かに落ちている赤い液体───血液。
それは、奥へ、奥へと続いて行っている。

金銀に見紛う黄青のオッドアイを細めると、わざと草を踏む音を立てながら、血痕を追って奥に進む。
手負いでも、これなら気配に気付くだろう。
下手に隠れるよりずっと警戒されないはずだ。

「……誰か、いるのか?」

呼び掛けるでもない、ひとりごちるような声で、池の側に囁く。
かさり、と池の側で草が揺れる。

「だれ?」

男の声だ、と思った。
少しばかり肩が緊張するが、相手は手負い。
万が一があったところで──そう考えながら、ゆっくり歩を進めて、いよいよ人影を水辺に見つけた。



シスネム.jpg



「……そう、だな。お前をそれ以上、傷付けるつもりはない者だ。怪我を?」

赤鋼色の髪としっぽがふわり、と揺れる。
赤と金色の瞳が、ネムの姿を映していた。
男の白いズボンは赤く血で染まり、端正な顔には乾いた血が張り付いている。

「……武器は持ってない、か…」

と小さく口の中で呟く。

「うん、こわぁい人たちに襲われちゃってさぁ…ちょっと休んだらどっか行くから」
「こわーいひと……」

ミコッテの──同種族の男と見ると、自然と緊張は解れた。
それと同時に目に入ったのは、酷く怪我を負っていた様子。
思わずネムはその傍らに駆け寄りながら、顔を覗き込む。

「ちょっと休む程度でどうにかなるのなら、良いけど……見せてみろ。薬なら少しある」
「…この辺にもいっぱいいるでしょぉ?こわぁい人」

ふっ、とネムに向かって自嘲気味に微笑むとゆるゆると首を横に振る。

「きみはここの…グリダニアの人?…助けたらダメだよぉ、僕、精霊に許されてないから」
「私は…………」

頷きかけたが、力なく首を振る。
鞄からポーションを引っ張り出しながら、微笑んでいるつもりで、ぎこちなく頬をひきつらせた。

「……私も、許されない。余所者が余所者を助けるのだから、この森の掟には当てはまらないだろう?」

目を丸くしてぱちくりとネムを見る。
ジっとそのオッドアイの瞳を見つめていたが、ふぅ、と息を吐くと。

「………そっかぁ、君もよそ者なんだねぇ。そしたら、お言葉に甘えちゃおうかなぁ」

と、血に濡れたズボンを捲り、深く傷ついた足を晒した。

酷く傷付いた足に、ネムは思わず、うっと声を漏らした。
男にポーションを握らせると、草で編んだ布を近くの池で濡らし、傷にこびりついた血を拭おうとする。

「一体、誰がこんな……!!」

拭われるたびに軽く眉をしかめ、ミコッテの男は痛そうに息を吐く。

「いたた…、…こわぁい人、だよぉ。君も気を付けるんだよぉ」

ふふ、と笑って言うと、傷口にそっとポーションを振りかけていく。

「ふん。荒っぽい連中なんか、相場は決まってるが……」

男が薬を塗り込んだのを見守ると、もう一枚草布を取り出して細く破き、包帯状にする。
すっかり慣れた手つきで、ぱっくり割けた傷を綴じ合わせるように巻き付けてやって。

「よくここまで逃げてきたな。……このあとのあてはあるのか?」

その手慣れた動作をまじまじと見つめて、男はほうと感嘆の声を上げる。
ネムの問いにふと、顔をあげて。

「……あてなんてないよぉ、精霊に許されてない僕を受け入れてくれる場所なんてここにはないんだから」

と苦々しく微笑んだ。

「…………」

その言葉に、ネムは痛々しげに顔を歪める。
精霊の許しを得なければ、住まいどころか生活さえ与えられない。
森で過ごす者たちが、これからも森で過ごすために精霊と交わした契約。
その意味はずいぶん昔に、口を酸っぱくして教えられていた、が。
うんうん唸って、ふと、明るい表情を思いっきり上げる。

「……そうだ!お前、この森を北に抜けろ。桟橋があるから、そこからラベンダーベッドに行くんだ。あそこは余所者のために、精霊が住まう許しをくれた場所。傷を癒す時間くらいは、お目こぼしくださるだろう」
「ラベンダーベッド…あぁ、冒険者居住区のことか、確かにあそこなら…」

何かを考えるように、ぶつぶつと呟くと。

「このままウルダハへ向かうよりはよっぽどいいねぇ…ありがとぉ、行ってみるよぉ。休む場所位はありそうだぁ」

そう、にっこりと笑うと、よいしょ、ともたれていた岩に手をついて立ち上がる。

「うん、それが良い。歩けそうか?」

当然のような調子で、ネムは男の肩に手を添えて介助する。
断らなければそのままついていきそうな様子だ。

「おかげさまでバッチシだよぉ」

と、肩に添えられた手をやんわりと外して首を振る。

「一人で大丈夫だよぉ、君は君で何処か行くところだったんじゃないかい?」
「にゃ……そうか……うーん……大丈夫か……?」

男の様子をまじまじ眺め倒しつつ、不安げに唸っていたが。

「……あっ、じゃあ、せめてこれを持っていくと良い。食べないと体力がもたないからな」

ごそごそとポシェットから簡素なフラットブレッドを取り出すと、男に渡そうとする。

きょとん、と男は目を丸くしてパンを見つめる。
受け取るか、否か、悩むように手をさまよわせた後、

「……ありがとぉ」

と、フラットブレッドを受け取った。

「それじゃあ…えっとぉ、……僕はチャ・シス。君は?」

チャ・シスと名乗ったミコッテの男がブレッドを受けとると、真っ白な尾が嬉しそうに跳ねた。
その表情は、あまり変わりはなかったが。

「ネムだ。……気を付けていくんだぞ」
「わかった、ネム、また出会う機会があったら」

そういうと、にっこり笑ってひらひら、と手を振り北へと歩を進めて行く。

「……転ばないようにな……!」

また、の言葉には応えられなかった。
歩き去っていくチャ・シスの背中を、ネムは心配そうに、木々に隠れて見えなくなるまで見守った。



森をずっと進み、ちらりと後ろを振り返る。
ネムの姿が見えない事を確認すると、ふう、と息を吐いた。

「…はぁ、」

そして、手に持っていたフラットブレッドをまるでゴミを捨てるかのように放り投げた。
目ざとくそれを見つけたヴァルチャーがギャアギャアと騒ぎながら掠め取って行く。
その様子をふうん、とチャ・シスは眺めていた。

「僕を油断させようとしてたのかなぁ~なんて思ってたけど…尾行してる気配もない、食べ物に毒も入ってない。なんだ、アレは、ただの物好きで馬鹿な女か」

先程とは打って変わって冷めた声でそう呟く。
掠め取ったブラッドをつつく鳥に、腰に携えていたナイフを投げつければそれは的確に心臓を貫いた。
ギャッ、と声をあげて倒れた鳥からナイフを引き抜き、汚れたズボンで血をぬぐう。

「今日の夕飯はこれでいいや」

そう呟いて、鳥を担いだ。
ふ、と鳥がつっついていたブレッドに目を向ける。

「……あの子が死んだ歳くらいかぁ」

そう呟くと、再び北へと歩き出した。

  • 最終更新:2018-03-26 21:29:39

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