20180327

リムサ・ロミンサの港。
海賊や商人、漁師すら見当たらない静かな一画で、ひとり、アウラ・レンの女が釣糸を垂らしていた。
その傍らには古風な魚籠があって、長い間愛用されているらしいそこには数匹の魚が入っていた。
急ぎの漁ではないのか、空と海の青が混じる彼方を、薔薇色の瞳で眺めてリラックスしている。

「……うぅ~ん……」

吐息交じりの小さな声と微かな靴音が、静かな波音に交じる。
青い水面を難しい顔で見渡す、蒼銀の髪の女性。
薄い衣の色と同じ、白い鱗は、彼女もまたアウラ・レンである事を示していた。

微かに桟橋が軋む音を聞き付けて、釣りをしていた方はおっとり意識を背後に向ける。

「……こんなところに、同業の方かしら?」

声に振り向き、ぱ、と金の眼を丸めた蒼銀のアウラは、やはり静かに歩み寄ると、両手の五指を合わせて微笑む。

「あら、此処で同族にお会いできるとは思っていませんでした! お魚釣りの邪魔をしてしまいましたか?」
「いいえ、構わないわ。もうノルマは終えているから」

同族、の言葉に、薔薇色のアウラは肩越しに視線を向ける。
この辺りで偶然にアウラ同士が出会うことなど、まったく無に等しい。
釣りざおの先をくねらせると、素直に針が手元までとんできた。

「でも本当に、同族なんて珍しいわ。何かお探し?」

ふわりと翻る釣針を見て、蒼銀のアウラは柔らかい動作で胸元に指先を添える。

「はい、そうなんです、釣り人のアウラさん。……えぇと、私はササメと申します。あなたは?」
「美しいお名前。お髪の色に似合いだわ」

目元を和ませながら、蒼銀に輝く髪を見つめる。
体を向け直すと、会釈して。

「わたしはソウビ。これも何かのご縁だもの、良かったらお手伝いするわ」
「そ、そうですかー? あはは、ありがとうございます……」

大人びて落ち着いた姿とは不釣合いに、頭の花飾りを弄って照れ臭そうにへにゃり、と笑う。
だがそれも一瞬で、すぐに控えめな微笑みを取り戻すと、考え込むような表情で人差し指をその唇に沈ませた。

「うぅん、ではお言葉に甘えて話させて頂きますね。実はとある場所にある孤児院の子供達に、魚を食べさせてあげたいんです。土地柄こういった所でとれる真っ当な魚は手に入りづらく、どうしても栄養が偏りがちで……」

「そこで、私がこのリムサ・ロミンサに来たというわけです。 ただ、人通りの多い外商通りを利用するのはちょっと、難しくて、ですね……」

言い淀むササメの様子に、ああ、とソウビは声をあげる。
不服げに、真っ白な鱗の尻尾を揺らしながら。

「注目されてしまう、で済めば良い方だものね、わたしたち」

物珍しさで視線を集めるだけでなく、ならず者からのあらぬ誘いや商人が値踏みする手もある。
この地において極少数の民族であるからこその悩みのせいだろうと、ソウビは思った。

「そういうことなら、わたしの出番ね。お魚はどのくらい必要なのかしら」
「えっ。……いえいえ、頂けません! そのお魚は、ソウビさんが生きていく為の糧ではありませんか!」

目を丸くして、正面に広げた手のひらを振る。
困ったように両の眉が下がり、白い尾が不規則に揺れた。

「あら。そういう貴女だって……」

慌てるササメの様子に、ソウビは思わず口許に手を添えて笑う。

「孤児院のこどものために、わざわざここまでやってきたのでしょう?きっと、遠い道なのに」
「それはその通りなんですけれど…… 子供達とは前々から仲良しですが、ソウビさんと私は同じアウラ・レンとは言え、今お会いしたばかりでしょう?」

長い睫毛を伏せながら、首元の白い鱗を撫でる。
難しい顔で、ちらりとソウビの傍らの魚籠に視線を向けた。

「そもそもソウビさんからしたら、私の話だって物乞いの為の作り話かもしれないわけですし…… ウルダハではそういう話、よくありますよ?」
「水臭いことを言わないで。“明けの父”から生まれたわたしたちじゃない」

遠慮がちな慎ましいササメの仕草に、するりと白蛇が前進する滑らかさで歩み寄る。
魚籠にはまるまる太った魚が美しくぬめりを帯びていて、きっとこどもたちにはご馳走になるだろう。

「それにわたしも、売り物にならない傷物を体よく押し付けようとしているかもよ。うふふ。どうする?」
「…………」

魚籠の中身をじっと見下ろす。
数秒の沈黙の後、新雪を思わせる、控えめで淡い微笑みを見せた。

「……ふふ、優しくて、強かな方ですね。では、ありがたく頂きましょう。傷でも毒でも、纏めて飲み込むくらいでなければ、この地まで来て生き残る事などできませんものね?」
「やさしい貴女と、天の神々に至上の感謝を。お礼と言っては何ですが、一緒にお弁当を食べませんか?遠くまで足を運ぶので、お弁当を作ってもらってきたんです。」

肩に下げた鞄を開けると、やや大きめの包みを取り出す。
両手に持ち顔の横に掲げると、にこりと笑った。

「お弁当!素敵……」

嬉しそうに尻尾を跳ねさせると、ふとソウビは自分の腹を見下ろす。
今日もずいぶん朝早くから魚を釣っていたが、あまりに夢中になっていて、すっかり食事を忘れていた。
魚籠にアイスシャードをいくつか入れて保冷してしまうと、うきうきとササメの瞳を覗き込む。

「貴女のおかげで、お腹がすいたことに気付けたわ。ふふ、海でも眺めながら食べましょう。ここからの眺めがまた美しいの」
「まぁ、この青い海を見ながらお弁当……なんて素敵な贅沢なのでしょう! 早速頂きましょうか、きっと美味しいと思いますから!」

幼い少女のように、両手を合わせ小さく跳ねてはしゃぐササメ。
解いた包みを下に敷き弁当を開ければ、ラノシア付近ではあまり見られない食材を主とした、色彩豊かな料理が見えた。

桟橋から、水面に足をつけるように腰かけて、ササメが荷ほどくのを行儀良く待っている。
お弁当の中身を珍しそうに眺めながら、ふとササメに視線を移す。

「やっぱり、ずいぶんと遠いところからいらっしゃったのね。どちらから?」
「ふふ、何処だと思いますか? まぁ、私自身は色々なところをふらふらしていますから…… 作ってもらうのもこのお弁当を頂いた方だけじゃ、ないんですけどね。」

包みの上に広げた弁当は、冷めてもある程度の味を保てる内容。
山の都特有の料理の詰まった箱をソウビの前に差し出し、自らも手を合わせる。

「まあ、いじわるね」

薔薇色の瞳を細めてくすくす笑うと、ササメに倣って手を合わせる。

「お料理を作ってくれる方々と、神々の恵みに感謝しなければなりませんね。では、いただきます!」
「それから、今日の出会いにも感謝を。いただきます」

山の都の料理は、箸でつつくものではないらしい。
銀のフォークを不馴れに使って、ぱくりと一口飲み込んだところで。

「美味しい!やっぱり誰かに作ってもらうご飯はとっても美味しいですね~……!」

挽肉のキャベツ巻きを飲み込んでから、ササメは片頬に手をそえてにこりと笑う。

「それじゃあ、貴女自身のお話が聞きたいわ。どうしてこちらの大陸に?」

二つ目を口にしようとしたところで、ササメはソウビの質問に目を丸めた。

「……ふふ、ソウビさんこそ意地悪じゃありませんか? 私のような者がこちらに来た理由なんて勿論、故郷の東方にはいられなくなったからですよ?」

まあ、とソウビは口許を覆った。
その仕草も、悪びれているというには程遠い、のんびりしたものではあったが。
柔らかそうな白パンに手を伸ばし、まるで握り飯でも食うような調子で齧る。

「ごめんなさい、失礼だったわね。……私自身が、お魚をとりたいばっかりにこっちに来た身だから……そういう機微に疎くって」
「……ふふっ、冗談ですから気になさらないでください。こちらの暮らしはとても充実していますし、勿論此処に来るまでだって、辛いとか嫌だとか思ったことなんて一度もないですよ?」

くすくすと笑いながら、ササメは片手で口元を覆う。

「そう?……貴女も、とても強いひとね。雪のようだわと思ったけれど、ずっと強固で熱いみたい」

ササメの言葉に、ほっと唇を緩める。
鈍いような反応しかしないソウビだが、故郷のことに触れてしまった罪悪感はあったようだ。

それから、フォークを持たない側の手で、ササメは人差し指を立てて。

「でも、お魚を釣るだけなら向こうでもできるのに、そのためにこちらに渡ってくるなんて。何か、釣りたいお魚でも?」

すぐ爪先に届きそうな水面の上で、足をゆらゆら遊ばせながら、ソウビはもう一口パンをかじる。

「何か特別なものがあるわけじゃあないのだけど。此処とあちらでは、ずいぶん環境が違うでしょう?当然、棲んでいるものも違うから……うふふ。好奇心よ」
「わぁ……とても素敵ですね。憧れます、そういうの。何に縛られるでもなく、知らないものを見るために、海を渡って……」
「そういうと聞こえは良いけれど、はしたない女の放蕩よ。わるいことが好きなの」

ササメは感じ入るように眼を細めて、水平線の彼方に視線を送る。
手にとったパンをひとつ齧って、隣に座るソウビに振り返った。

「イシュガルドでは、スープやパスタが美味しいんですよ。高いところからの景色もとても凄くて…… だからこの辺りの海を見るのは久しぶりなんですけど、こちらはこちらでやっぱり、とても素敵ですね。釣りをしながら、一日中眺めていられそう……」

くすくすと軽やかな声でソウビが笑うと、薔薇色の髪がまるで花弁のように優しく揺れる。
柔らかなパンの感触を楽しむと、ソテーされたキノコにフォークを刺す。

「でも、ふふ、じゃあ貴女、今日はイシュガルドからいらっしゃったのね?どうりで見慣れないものばかりだわ」
「あら、口が滑ってしまいましたね。あはは、あそこは他にも個人的な興味を引かれるものがあるので、訪ねることが多いのですよね」

倣うようにくすくす笑って言ってから、そこで思い出したように、ぽん、と手を叩いた。

「……そうです! 私、占術師をしているのですけど……良かったら、ソウビさんの事も占わせて頂けませんか? はしたない放蕩、なんて言いますけど……この先の旅で、少しでも指標になるかもしれませんから!」
「うらない?……ふふ、そういえば、イシュガルドの民は星を読み解くのだったわね?是非見ていただきたいわ」

いそいそと膝を揃えて座り直すと、白い鱗の生え揃った自身の手指などを見下ろして。

「……手相じゃないのだから、手を見せることはないかしらね……」
「うぅん、確かにイシュガルドでもそうなのですけど…… ……まぁ、専門的な話をしてもしょうがないですよね。 はい、要は“うらない”です!私の占術は、そのまま楽にしていて頂ければ大丈夫ですよ。」

ある程度を食べ終わると、一度フォークを置く。
ササメが片手を天に掲げれば、神秘的に輝く天球儀が現れた。
何枚ものカードが、規則的にその周囲を廻っている。

「まあ、綺麗……」

惑星のように踊るカードを見上げ、ソウビは歓声をあげる。
星空をそこに凝縮したような、遥かな光だ。
輝きをその目に移り込ませて、うきうきとササメの仕草を見つめる。

「では、これよりソウビさんの星を読みます…………」

瞼を閉じ、天球儀を小さく掲げる。
数秒の沈黙の後、規則的に廻るカードの中から、二枚が淡い光を帯びた。
それらを手に取り、ササメはゆっくり瞼を上げる。

「《ハルオーネの槍》と《世界樹の幹》……」

「ハルオーネの槍を新たな道を開く、と解釈すると…… 最近、何か出会いでもありましたか? 二枚目と合わせれば、それがソウビさんの世界を広げてくれるかもしれませんね。」
「出会い?……ふふ、今日貴女と出会ったことかもしれないわよ?自惚れてくれないの?」

悪戯っぽく笑いながら、ソウビは睫毛の先を上げてみせる。

「ええ? ……いえ、まあ、無いとは言えませんけど……占い手の存在自体が占術に組み込まれてるというのも……変じゃないですか? それに、今までじゃなくてこれからの出会いを指しているかもしれませんし……」

面食らったように、目を丸めた後はにかみ気味に苦笑する。
それから、手に持った女神の描かれたカードを、ソウビの姿と見比べるようにして。

「もしくは…… 戦神の槍、そしてそれに重ねられた世界樹の幹……」

「今はまだ、強く鋭い、研がれた牙を隠している…… そんな解釈も、できるかもしれませんね?」

「……ふふふ。それこそ、イシュガルドの民と禍根を残す、ドラゴンのような……」

手にしたフォークの柄をつるりと指でなぞってみせると、その切っ先をゆっくりエフトキッシュに沈める。
にまりと笑みに細められた薔薇色の瞳や、長物を扱うために皮膚の硬化した箇所のある手は、ササメにどう映るだろうか。

「……なんて。ふふふ」
「私は…… 結構興味があります、竜族の皆さんも。なんて、イシュガルドで言ったら、冗談じゃ済ませて貰えないのでしょうけど」

手に持ったカードに隠れて口元は見えないが、その眼は穏やかに細められている。
やがてカードを下ろして、天球儀に戻すと、首をかしげてにこりと笑った。

「竜は圧倒的な力だけでなく、深い知性も併せ持つもの。その力を無闇に誇示することなど、しないのでしょうね」

おっとり笑いながらキッシュを口に含んだが、ササメを見つめていた目が、微かに色を変えたようだった。
すっかり食べ終わって空になった弁当箱の上を、海鳥の影が過ぎていく。

「そう……。……わたしも、興味が出てきたわ。竜と、貴女に」

軽い動作で立ち上がると、ずいと薔薇色に輝く瞳をササメに寄せる。
刃のような尻尾をゆらめかせれば、上品な花の香りが漂った。

「まぁ……ありがとうございます。 子供達にお魚を分けてくれた恩人なのですもの、そんな方に少しでも気にかけて頂けるなんて、素敵なことです」

両手を合わせ、控えめに笑う。
微笑みで伏せられた金の瞳は心から嬉しそうで、しかし薔薇色に煌く瞳と、無駄の無い佇まいをしっかりと映していた。

「恩人だなんて大袈裟ね。美味しくお魚を食べてくれるひとのもとに獲物がいくのだから、わたしこそ感謝をしたいわ?お弁当も、すっかりご馳走になってしまったわね」

冷えた魚籠をそっとササメに手渡すと、間近の金の瞳に笑いかける。
詰めた距離に驚きもしなければ引くでもない、向かい合ったふたりの爪先。

「……ねえ、遠い道のりだけど、また会いに来てくれるかしら?わたしが行くのでも良いわ」
「……貴女が望んでくれるなら、もちろんです。 お弁当は私が作ったわけでもありませんし、今度はちゃんとしたお礼をしたいですから…… ですからきっと、またすぐに、海が見渡せるこの地を訪ねてきますね」
魚籠を受け取り、息を吹けばかかるような───お互い、一息に相手の心臓を貫けるような───距離で、また微笑みを見せた。
弁当を片付けて包みに戻すと、深く頭を下げてお辞儀をする。

「お世話になりました、ソウビさん。子供達にも貴女のこと、伝えておきますね?」
「ええ、ふふ、今からとても楽しみだわ。何せ……“同族”と。お友だちになる機会なんて、めっきり減ってしまったから」

片付けはじめたササメの邪魔をしないよう、するりするりと距離を取る。
娘らしくはしゃいだような、軽やかな動作だ。
ササメの礼に、自分も腰を折ることで返すと、笑顔で手を振って。

「またね、ササメちゃん。道中お気を付けて」
「ふふっ、ありがとうございます。 ソウビさんも、お元気で!」

曇りの無い笑顔で返すと、大きく手を振って、ササメは踵を返した。来た時と同じように、微かな靴音を響かせながら────そして、背を見せていながら、隙を一切感じさせないまま────蒼銀のアウラの後姿は、やがて見えなくなった。

  • 最終更新:2018-04-02 17:49:14

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