20180411

ザナラーンの西の果て、ベスパーベイ。
さまざまな物品が海運経由でもたらされる、小さくもそれなりに栄えた町だ。

そんな中に、こじんまりと営む酒場がある。
外れに位置する場所もあって、人はまばらで、酔いたい者が思い思いに酒を煽っている。
ササメを呼び止めたのは、そんな酒場から困った顔を覗かせた銅刃団の隊士だった。

「ああ、あんた。冒険者か?」

目元までを覆っていたヴェールを外すと、少し困惑したような表情と白い角が露になった。
暫し無言で考え込んでいたが、やがてササメの唇は控えめで透き通ったような声を紡ぐ。

「えーと…… 銅刃団の隊士さん? 私に何か御用ですか?」

ちら、と一瞬店内に視線を向ければ、自分の存在に気がついているのは、未だ目の前にいる男を除き他にいない。

「できれば、あまり目立ちたくないのですけど……」

見えた白い角と、ちらつく鱗に、彼女の種族に気付いたのだろう。
幸いごく少数の酔いどれしかいない店の中に手招きをすると、隊士の男は声をひそめる。

「まあ、もうこの時間は……勇み足のコブ連れか、酔っぱらいしかいないだろう。地味な仕事が良いなら尚更、少し話を聞いてくれ」

手招きに従い店に入ると、苦笑するように口元を覆って笑った。

「……ふふ、お気遣い感謝します。何か困りごとですか?何でも仰ってください!」
「ありがたい。ところでそっちを見てくれ」

心なしか疲れた声で、ササメの視線を店の隅の方に促す。

そこには死体があった。

否、空き樽に上半身を突っ込んで寝ているというあられもない状態から、死体にと見紛ったに過ぎない。
体つきや衣服から、女性だと思われた。
樽の中で安らかな寝息が響き渡っている。
周囲で酒を飲む者は誰もその様子を気にしておらず、ただマスターと隊士だけがとても疲れていた。
名も知らぬ男が一人、カウンターで酒に溺れそうになりながら痙攣している。

「飲むだけ飲んで歌うだけ歌ったらやっと静かになってな……だがどこに送り届けたもんか、さっぱり……あんた、話を聞いてみちゃくれないか?」

「…………」

先程は視線が下に向かわなかった為に気付かなかったが、突然目に入ってきた謎の光景に、ササメはぽかんと口を開けて立ち尽くす。
だがそれも束の間、ガッツポーズのように両手を構えて自信に満ちた表情を見せる。

「事情は把握しました。私にお任せを!」

すたすたと樽の傍へ歩いていくと、両膝を抱きこむようにしてしゃがみ、腰の辺りをそっと微かに手で揺すって、控えめな声で呼びかけた。

「あのう、大丈夫ですか?」

迷惑な女をササメに任せた隊士は、助かったと言わんばかりに大きく息を吐きつつ、カウンターに突っ伏していた男を引きずって外に出ていった。
男は「それでも俺はミコッテだ」と繰り返し呟いていた。

「……んん…………このお尻から尻尾にかけての……ラインが……」

うわ言が樽の中で響いている。揺すられて意識が物質界に戻ってきたようだ。

「尻……尾……?」

店を出る男達を首を傾げつつ横目で見送り、謎の言葉に改めて樽に隠れていない下半身を見下ろす。
本人は尻尾を持たない種族である事を確認し、まだ酔い潰れているのかと揺すり続ける。

「此処、わかります? ベスパーベイの酒場なんですけど…… こんな寝方では身体を痛めてしまいますから、何とか起きられませんか?」
「……違う……ララフェルはイチゴ味………………あ?」

何者かに呼び掛けられているのに、やっと気付いたらしい。
ごん、と軽く頭をぶつける音。
次いでぐっとしなやかな身体が伸ばされて、軟体生物か何かのようにずるりと上半身が出てきた。
目映い赤毛の美人だ。

「…………何だ……あの野郎が使い物にならなくなったからって……次はどこのどいつだ……」

眠そうに瞑ったままの目を擦って、尚もむにゃむにゃ続ける。

意味不明な言葉に再度首を傾げるも、酔っ払いの相手はある程度慣れている。
だらしなく樽に身を突っ込んだ姿と激しくイメージの異なる美貌が現れたことには驚いたが、ササメは立ち上がると手早くマスターに水を要求し、グラスを受取って再び酔い潰れたミッドランダーの下へ戻る。

「とりあえず、お水をどうぞ? 少しは楽になりますよ。具合の悪いところとか、痛むところはありませんか?」
「水……」

自分を気遣っているのだろう、女性の声に、ゆっくり長い睫毛を上げる。
深い緑色の瞳が、まるで光でも湛えているようにきらめいている。
ササメの────アウラ・レンの姿を目にするや否や、その眼光はさらに輝きを増したようだった。

「…………あっ……」

「?」

それまでとは様子が変わったように思い、どこか具合が悪いと判断したのか、心配そうな表情で覗き込んだ。

「大丈夫ですか? この辺りに、薬屋はあったでしょうか……」

「アウラだーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

覗き込んできたササメをその豊満な胸に迎え入れるように、あるいはもうむしゃぶりつくように、ものすごい勢いで飛び付いた。
やたらと通る声は無駄にでかく、びりびりと酒場の壁が震える。

「きゃああああっ!?」

流石に想定外な反応に、成す術なく謎の女性の腕の中に収まる。
アウラである事で恐れられる事はあっても、抱き付かれた事など一度もない。
当初の落ち着いた印象から大きくかけ離れた間の抜けた悲鳴を上げ、ササメは名も知らぬミッドランダーの腕と胸に捕らわれた。
衝撃で宙を舞い床に落ちかけたグラスが、瞬時に細い指で受け止められ落下を免れたのは、赤毛のミッドランダーの視界には入っていないだろう。

抱き付くどころか、背中やら腰やらをたっぷり撫でつけていくミッドランダーの女。
肌の柔らかさと、特徴的な鱗の感覚を、刻み付けようとするような執拗な手指だ。
わずかに、本当にわずかに体を離して、至近距離のササメの瞳をうっとり見つめる。
酒臭さに混じるのは、麝香の甘い香りだ。

「ああ~~~まさかアウラ派ミコッテ派戦争してたらモノホンが飛び込んでくるなんてそんな話ある?うつくし……つやつや……鱗……ああ…………」
「ちょ、ちょっ!? 酔ってますか、酔ってますよね!? 待っひぁんっ!? な、なななななんていう所に触るんですか!?」

白い鱗に指が触れるたび、高い悲鳴を上げる。
彼女の鱗は通常の肌とは触覚が異なるようだ。
ぴん、と白い尾先が上を向き、考えられない事をされたかのようなパニック気味の表情で、間近で見つめられる金の眼が泳ぐ。

そのすっかり慌てた金の瞳に、女の瞳の緑が映り込むほど顔を近づける。
すらりと長い手指はいよいよ尻尾の付け根やら首筋の鱗やらに伸びて、全身くまなくまさぐって。

「まずこの尻尾の造詣だよ……美しい曲線と華やかなヒレだよ!素晴らしい……君の肢体のしなやかさを強調しているね!」

興奮した調子で続けながら、首を撫でていた指先がササメの頬にそうっと触れる。
まるで骨董品や宝石を扱うかのような。

「この角の形状も……アウラの力強さがあるのに丸みは女性的といえる……アウラ最高……いいにおい……鱗……ああ……あああ…………」
「ちょっ……ひぁっ……待っ…… …………ス、ストーーーップ!!!」

アウラ特有の鱗や尾に触れられる度、鼻にかかった声が漏れる。
元々真っ赤な頬も徐々に赤みを増していき、ついに臨界点に達したのか、持っていたグラスを床に置き、両手のひらで顔と顔を遮り後ろに身を引く。

「あなたはこれ以上なく酔っ払っています!!に、においとか、いくら女性同士だからといって明らかにおかしいです!!だからこのお水を飲んでください、今すぐに!」

最低限の距離を確保してから、一度置いた水入りのグラスを両手で強く突きつけた。その声は荒い息混じりで、心底切実に、という気持ちが見てとれる。

「ああんっ」

女の唇から、心底残念そうな、悩ましい声が漏れた。
その血色の良い頬や眼差しには、すっかり酒の余韻は残っていなかったが、他ならぬアウラの頼みなので素直に水を飲むことにした。
さりげなく手の甲や手首に生え揃った鱗に触りながら、グラスを受けとる。

「ありがとう、美しいアウラのお嬢さん」

ぐいと水を呷る喉が鳴って、口角から零れた透明が一筋、胸元に落ちていく。
それからぺろりと舌先で唇を拭って。

「よーーーし!!再開してもいいかな!?」

「あ、あれぇっ……!? ま、まさか素……!?」

すす、と座り込んだまま若干後ずさる。
何とかこれ以上の蛮行を防がねばと煙でも上がりそうな熱い頭で思考した結果、やや上ずった声で口を開いた。

「あ、あのっ、初対面でそ、そういう恥ずかしい事はよ、よくないと思うんです! ま、まずはあなたの名前と、あなたがどういう方なのかを教えて頂けませんか?」
「ん?確かにそれもそうだね。失敬失敬」

完全に飛び付く姿勢でいたが、存外とあっさり納得して立ち上がる。
踊るようにテーブルをひとつ占領すると、麝香のとおりに甘い笑みでササメを誘う。

「そういうことなら、床に座り込んだままっていうのも若すぎるしね。エールでも?それともワイン?」
「え…… あ、は、はぁ……」

完全に勢いに押され、困惑しつつもテーブルの向かいに座る。
性格故か、この隙に逃げ出すなどといった発想は無いようだった。

「私はコーヒーで…… あの、そもそもですけど、どうしてあんな所で寝ていたんですか?」
「えー?暗いし冷たいし静かだし。ちょうどよくてね」
「ええ……だからって酒場の樽を選ばなくても……それにようやく静かになった、ってさっきの隊士さんが言ってましたけど、何をしてたんですか……? 連れて行かれた方も様子がおかしかったですし……」

一連の流れをすっかり見てみぬ振りをしていたマスターに、女はからから笑いながら注文とギル硬貨を放り投げる。
やがて砂糖壷とミルクが添えられた温かなコーヒーと、大きなジョッキになみなみ注がれたエールがやって来るだろう。
それを待たずして、女は豊満なバストを机に乗せるようにして身を乗り出した。

「さて、自己紹介だったね。私はゾーイ。吟遊詩人さ」

呆れ気味に口元を片手で覆いながらも、ササメはその言葉には真摯に耳を傾ける。
ようやく聞き出せた名前と素性に、軽く目を丸めた。

「……という事は、ゾーイさんはたまたまこの辺りを訪れた冒険者さんなんですか?」
「そうとも!まあちょっとここいらに用事があって……飲んで帰ろうと思ったらあの野郎が……あれどこ行った?まあいいや。女の子はミコッテが最高とか抜かすから」

運ばれてきたエールを、直接店員が抱えたトレイから掠めとると、泡の髭をたくわえていかにも深刻そうな顔をする。

「身体に分からせてやったんだよ。アウラが男女問わず最高だ、とね」

「………………」

目の前に置かれたコーヒーに手をつけることも忘れ、ただ唖然としていたが、しばらくしてくす、と口元を手で覆った。

「…………ぷっ……ふふっ………… ……樽で寝るのもびっくりしましたけど……面白い人ですね、ゾーイさんって。」

ササメは続ける。

「こちらの人でアウラにそんな感想をもつ方、初めて見ました。ヒューランからしたら私達の鱗や角なんて、変なのでしょう?流石にそんなに力説されたら恥ずかしいですけど…… そういう風に感じる人がいるっていうのは、悪い気はしませんね。」

「変だって!?愚の骨頂だね、そんなことを言う愚か者がいるとは恥ずかしい!!」

金属製のジョッキを机に叩きつけると、ゾーイは大袈裟に背をそらして嘆息する。
獰猛に顔を歪めれば、生気溢れる獣のような形相だ。

「君たちアウラは美しい。至高の人種だと私は思っているよ。白亜の鱗も、黒曜の角も、剣のような尻尾の先だって、もっと堂々と誇ったらいいんだ」

勢いよく立ち上がった勢いのまま、カウンターに手を伸ばしてギル硬貨を叩きつける。
うんざり顔のマスターが、ジョッキにおかわりを注ぎ始めた。

「そして私に見せ付けてくれ!!!興奮したい!!!!」

「ええー……まぁ、感じ方は人それぞれですけど……アウラが好きな理由とか、あるんですか?」

表現力豊かなゾーイの仕草や声に、くすくすと笑みを漏らして。
あ、と思い出したように人差し指を立てた。

「ごめんなさい、名乗っていませんでしたね。私はササメと言います。」
「ササメか、綺麗な名前だ……レンの女性は、確かその名を美しいものからとるんだったね。君は何から頂いたんだい?」

エールをまた煽りながら、うっとりとササメを眺める。
白い鱗や肌もさることながら、金色の瞳や蒼銀の髪はまるで鉱石を溶かし込んだようだ。

「流石に、よくご存知ですね…… 細雪というのは、東方で薄く、まばらに降る雪を意味します。ザナラーンではなかなか雪を見る機会はないでしょうか、ね?」

上品に口元を覆いながら、自らの名の由来を解説するのは少し気恥ずかしいのか、薄く頬を染める。

「詩人さんなら、細雪を美しい歌にできるのかもしれませんが…… ふふ、クルザスの辺りに行ったことがあれば、情景の想像もつくでしょうか……」

ああ、とゾーイの唇から吐息が漏れた。
懐かしい景色とともに遠い日を思い出して、感傷に浸るような。
それもその一瞬のことで、次に口を開く頃には元通りのうっとりした笑顔になっていた。

「なるほど、君にぴったりだ。白き曇天、雪景色、繊細な景観が立ち居振舞いに表れて……私はね、そういうところも好きなんだ」

一息にジョッキを呷ると、歌うように語り出す。

「美しいものがすべて詰まった君たちを、愛さずにいられるだろうか。いや、無理だね。アイラブアウラ!!語ると夜が明けるけどもそれでもいいかな!?!!?」
「……え、えぇーと…… ふふ、詩人さんだけあって、お上手ですね……」

微かに染まった頬に片手を当て、ササメは恥ずかしそうに笑う。
ようやく少し冷めたコーヒーに口をつけ、一つ息を吐いて。

「ご自身がこんなに美人なのに、そこまでこだわりがあるだなんて…… ゾーイさんって、不思議ですね。あなたの歌、いつか聞いてみたいです。」
「いつか?」

にまりと、ゾーイは紅く彩った唇の端を上げる。
その手にいつの間にか掲げられていたのは使い込まれた竪琴で、指が六弦と踊れば旋律が耳朶を撫でる。

「再会を予感させてくれるのは嬉しいけれど、水くさいじゃあないか。私はいつだって君のために歌ってあげるよ?」

とろん。
睦言のような甘い音色と、熱を帯びた眼差しがササメに纏った。
「せめて一曲、いかがかな」
「…………」

両目を丸めて少し驚いたような表情の後、考え込むように瞠目し、コーヒーを口にする。
更にしばらくしてから、席を立ち、ゾーイの隣に並ぶようにして。

「……うん。そうですね……あなたの歌は、きっと何度でも耳を傾けてしまうものなのだと思います」

竪琴に添えられた白い指に、鱗を覆い隠すような、白い手袋越しの指が触れた。
それはゆっくりと手の甲から腕へと這い、肩まで昇ろうかという時───不意にゾーイの横顔に近付いたササメの唇。
それが薄く開かれ、彼女の「角」とは大きく異なる、白い耳を甘く噛んだ。

「きっと、あなたなら知っているのでしょう。雪は優しく地を包むだけでなく、時に無慈悲な牙を剥くものであることを」

ゆっくりと顔を離して、内緒話をした時のように、柔らかそうな唇の前で人差し指を立てる。
金の両目が、慈しむように細められて。

「そんなあなたの、素敵な歌を。是非、聞かせていただけますか?」

ササメの、金の瞳と柔らかい唇が近付いてくるのを、きょとと瞬いた瞳が見送っていた。
そのまま無防備に接近を許して、触れる歯に甘く息を漏らす。

「ん……っ」

不意に粟立つ背筋と、蕩けそうな快感に、思わずその肢体が机に寄りかかる。
紅潮した頬に高揚の笑みを浮かべて。

「……勿論……」

吐息混じりにゾーイが囁けば、爪弾く指に竪琴が吟う。
恋の歌か、戦の歌か、あるいは遠い故郷の歌か────二人の密事を覆うかのように、夕闇の帳が降りていった。

  • 最終更新:2018-04-27 18:22:15

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