20180520

クルザス中央高地―――
常に雪がつもり、晴れの日が僅かであるこの土地。
深く積もった雪をかき分けて、数人の人影が隊列を組んで歩みを進めている。
銀色の甲冑を着た騎士たちの中でもひときわ目立つのは、青いローブを着た金髪の男。
ジャンシアヌ・サフィール―――サフィール家の三男坊だ。

貴族の三男坊が騎士を引き連れてこの土地に来たのにはワケがある。
かの凶悪な魔獣、ベヒーモスの姿が確認されたとの報告があったのだ。
イシュガルドでは、ドラゴンとの戦い以外での功績はそれほどでもない。しかし、ベヒーモスという魔獣は上位のドラゴンと並ぶほどの脅威だ。
そこで”たいした中流貴族ではない家の三男坊”であるジャンシアヌにベヒーモスの縄張りの調査という酷く危険で、面倒な仕事が回り回ってきたのであった。

「……おかしいな、静かだね」

縄張りに足を踏み込む。
確かに、ベヒーモスがいた、という痕跡はちらほら見られる。
しかし、周囲には他の魔獣どころかベヒーモスの姿さえみられなかった。
ゆっくり、慎重に奥に進んでいくと、恐らくベヒーモスのねぐらであっただろう、開けた場所にたどり着いた。


そこには、ただ屍のみがあった。
報告に上がっていたベヒーモスの、頭蓋を叩き割られた無惨な姿。白銀世界はその血で汚れて、赤い花でも咲き乱れているかのようだった。
血痕は酸化して黒くくすむ間もないまま、点々と南東の岩影に続いている。そばにあるのは、引きずるような足跡だ。

「ジャンシアヌ様…これは…」

護衛の騎士が緊張した面持ちで剣を抜く。
一方のジャンシアヌは、ベヒーモスの死体にも動じず、天球儀を持ちクルクルと回す。

「…だいじょうぶだよ、なんたって今日の運勢は最高だったからね」
「……」

騎士達の気の抜けたようなため息を他所に、ジャンシアヌは足跡の方へと歩を進める。
私が、という兵士を手で制し、血痕と足跡が続く岩陰を覗きこんだ。


まずジャンシアヌの目に移ったのは、鮮血と見紛う赤い髪だろう。降り積もった雪の中において、一際目立つ色。それから、細い腕に抱え込まれた大振りの斧。途中引きずって雪に漱いだのか、付着していただろう汚れはとれていて、鈍い輝きを放っていた。
岩肌に背を預けるようにして、深い寝息で薄い胸を上下させる少女。その身体には特徴的な、黒曜の鱗が散りばめられていた。
ジャンシアヌに気付いていないのか、気付いていて尚体を休めることを優先しているのか、瞼は閉じられたままだ。

状況的に考えてベヒーモスを屠ったのは恐らくこの少女だろう。まず怪我はないか、と瞼を閉じる少女の全身を観察する。
そして、ドラゴンに見紛う黒曜の鱗をそのサファイアの瞳に映す。

「アウラか……」

岩陰をじっと見ているジャンシアヌに、騎士たちがおそるおそる声を掛ける。

「怪我人だ、運搬用のキャリッジと毛布と…ポーションを持ってきてくれないかな。ぼくが見てるから」

エオルゼアでは珍しい、アウラという種族を知らない者は多いだろう。
ドラゴンにどこか似ているその容姿に異端者と勘違いするものもいるだろう、今は下手な混乱は避けたい。

「…きみ、だいじょうぶかい?」
少女に声をかけながら、ジャンシアヌはそっと、その鱗が見えないよう自分が着ていたローブを少女にかけようとする。
ジャンシアヌの声と、体に触れる温かな布の感覚に、アウラのヘーゼル色の瞳がゆっくりと開かれた。未だ微睡む獣のような、穏やかな調子だ。
それから幾度か瞬いて、物珍しい生き物を見るような目でジャンシアヌを眺めて、のんびり小首を傾げる。

「だい、じょうぶ?です」

長らく人の言葉を口にしていないような、ぎこちない喉の動き。
斧を握っていた手が離れて、そっとローブを押し返す。

「寒い、ので。あなたが着たままが、良いです」

「だいじょうぶだよ、いっぱい着てるし、寒いのは慣れているんだ。毛布を持ってきてもらっているからね」

そう言って穏やかに微笑むと、その手を押し返して少女の体へローブを着せた。

「きみ、名前は?どこから来たんだい?」

ジャンシアヌの手を拒みきれず、すっかりローブに身を包む形になった少女は、微かに困惑した様子で唇を開閉させた。

「名前……わからない、です」

岩ばかりの谷に吹き荒ぶ風に、紛れてしまいそうな声。自身が置かれている状況が奇妙であることに自覚はあるのか、ジャンシアヌに鼻先を寄せて、内緒話でもするように更に声を潜める。

「わたし……何も、覚えてない……気付いたらいました」

「記憶喪失……頭でもうったのかな」

そう呟きながら、少女のヘーゼル色の瞳をジッと見つめる。

「…何も覚えていないのなら、行き場所もないだろう。ここではゆっくり話を聞く事もできないだろうし…ぼくの家にいこう、うん、そうだ、それがいい」

「家……」

おうむ返しに口にして、自身よりずっと大きなエレゼンの長身を見上げる。それから、物言いたげに唇をむずむずさせて、先程とは反対側に首を傾げた。

「優しいの、どうしてですか。わたし……」

うろうろと、まるで言い訳でも探すように視線を巡らせて、ふとその視線が斧に留まる。もたもたとそれを差し出す様子は、どんくさい小動物の動きに似ている。

「危ないから、これ……あの、取り上げた方が、良いです?」

少女のおどおどとした、困惑したような可愛らしい行動にふふ、とおかしそうに小さく笑う。

「やさしいかなぁ…?このまま君をほっといたら死んでしまうし…別に斧も君が持ってて貰ってかまわない」

不安だったら預かるけど、と少女の前に手を差し出す。
それまでの彼女にとっては唯一の爪であっただろう、重厚な斧をすんなりジャンシアヌに渡してしまうと、小柄な体を身動ぎさせてローブに埋める。エレゼン男性とアウラ女性では、上背がかなり違うため、もはや毛布でも被っているように見えた。

「だって……突然、わたしが襲ったらどうしますか。この辺りのドラゴンや、獣のように」

「えぇ~?」

と言ってふふ、と悪戯っぽく笑うと少女の頭にそっとフードをかけようと手を伸ばす。

「いいんだ、その時はその時。ぼく、なれてるからね、そういうの」

穏やかに語るその声色は、何処か冷たく、僅かに寂しそうであった。

「…………」

ジャンシアヌの、僅かに影差したその表情を、アウラの少女は被せられたフードの下からじっと見つめていた。そのうちに、黒い鱗が散りばめられた指がジャンシアヌの頬を目指して伸びてきて、体温を移していく。

「慣れるのは、良くないですね。分かりました」

伸びた指をそのまま閉じたり開いたりして、斧を返せと言わんばかりだ、

「では、そういうの、が来たらわたしが殺します。温かいのお礼です。大丈夫です」

少女の言葉に驚いたように目を丸くすると、何処か嬉しそうに目を細める。

「…ふふ、君はやさしいね。ありがとう」

そう言うと、フードの上からくしゃりと少女の頭を撫で、斧を少女の前に差し出す。

「あの魔獣を倒したんだ、君の強さには期待できそうだしね」

突然頭に触れる男の手に、少女は警戒も拒否も示さない。むしろ聞き分けのよい獣のように、心地良さそうに目を細めた。
斧を握り直すと、軽い動作で立ち上がる。

「そこそこ……なかなか?戦えます。ご安心を。着いてゆきます」

ローブの裾を雪の上に引きずって、2、3歩ジャンシアヌに近付いた。お付きの騎士や家のメイドがこの汚れを見たら、卒倒しかねない。それに気付いたのか、少女はもたもたと裾を片手でたくしあげた。

「あぁ、ごめんね…ぼくのローブじゃ大きいよね。いいよ、引きずって」

動きにくかったら破いてしまってもいいけど、とお付きの騎士やメイドが聞いたら怒られかねないことをサラリというと、そろそろキャリッジが到着するかな、と自分の背後を伺う。
遠くから騎士がジャンシアヌを呼ぶ声と、複数の足音、チョコボのクエーという鳴き声が聞こえてきた。

「あぁ、きたきた…それじゃあ、ついておいで…えっと、そうだ、名前…名前どうしようかな」

引きずっても良いと言われても、やはり質の良い生地を汚すのは憚られて、少し苦労をしながらもたもたと雪の上を歩く。
厚い雲から微かに届く光を雪原が反射して、少女の赤い髪を照らした。極寒に咲く、赤い花弁のような。
キャリッジの音と気配を視線で捉えているような素振りから、のんびりとジャンシアヌの顔に目を向ける。

「分からない……ない、ので、お好きに呼んでください。ワンとか、ニャンとか」
「ワンとかニャンって…」

ペットじゃないんだから、と苦笑する。名前かぁ、名前…とぶつぶつ言いながらうーん、と暫く悩む。
じっと、紅花のような少女の髪をみて、はっと何か閃いたした顔をし、

「…ピヴワヌ、うん、そうだ。ピヴワヌにしよう」

と少女―――ピヴワヌに向かってにっこりと笑った。

「ピヴワヌ?……ピヴワヌ……」

耳馴染みのない言葉を、何度か自分で繰り返す。まるで乏しかった表情に、ほんの僅か、喜色が見えたのはその間だけだった。ピヴワヌ────椿の色の髪を揺らして、再び顔をあげれば、やはりぼんやりとしているような真顔である。

「ピヴワヌです。着いていきます。……あなたの、お名前は?」
「…あぁ、ごめんね。ぼくはジャンシアヌ、ジャンシアヌ・サフィール。イシュガルドの貴族…って言ってもわかるかな?まぁ、ちょっとだけ偉い人」
「ジャン、シアヌ。ジャンシアヌ様ですね。わかりました」

おっとり頷くと、ちょうど二人の横に着いたチョコボキャリッジを見つめた。逞しい体躯の黒チョコボが行儀良く二匹並んでいて、数人の騎士がジャンシアヌの姿を見留めて駆けてくる。

「ジャンシアヌ様!…その方は、…」

騎士達が不審そうに斧を持つピヴワヌをジロジロと見ている。
そっと、騎士たちの不躾な視線を遮るようにピヴワヌの前に立つと、

「岩陰にかくれてたから、保護したんだ」

と穏やかに、されどこれ以上の言及は許さない、とばかりに答える。

「そうだ、ベヒーモスから使えそうな物は剥いでおいてくれ、あと…」

と騎士の一人から毛布を受け取りながら、隊の長であろう騎士に現場の指示を出す。

「ぼくはこの子を医師に診せなければならないから、先に出るよ、あとは頼んだ。…おいで、ピヴワヌ」

ハッ、と敬礼する騎士に軽く手を振り、キャリッジへと乗り込んだ。
騎士たちの視線から庇い、キャリッジへと手招きするジャンシアヌに、ピヴワヌは従順に寄り添った。なおも不審そうな視線を向ける騎士たちを横目に眺めながら、それほどの興味も示さずに。

「はい。ジャンシアヌ様」

────まるで、親と刷り込まれた対象についていく雛鳥のようであったと、このとき護衛を担当していた騎士は後程語る。
雪雲の向こうで日が傾き始めた。影と寒さの増す道を、ジャンシアヌたちを乗せたキャリッジは、車輪の音高く走っていく。轍は長く、イシュガルドまで続いていた。


  • 最終更新:2018-05-20 20:47:44

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード