20180603

ザナラーンの空には、今日も太陽が輝いている。日射しは肌を焼きそうなほど強く、風はからりと乾いていて、熱と砂の香りがした。
商売の盛んなウルダハでは、特に市場が賑わいを見せる。色とりどりの布や宝石、出所の分からない肉や野菜、薬に染料。活気付いて頭上を飛び交う声。冒険者ギルド付近の、ルビーロード国際市場。そこにまた、一台の荷馬車が引かれてきて、しばらくののちに忙しなく去っていった。

それにひらひらと手を振る大柄な人影があった。
周囲から一つ抜け出たその頭部には、黒い双角が生え並んでいる。
あまり見る事の無いアウラ・ゼラを物珍しげに眺める周囲の目を知ってか知らずか、その本人は呑気にきょろきょろと辺りを見回している。

その視界に、甘酸っぱい果実の色が映り込む。

冒険者ギルドも兼ねている酒場「クイックサンド」から早足に出てきたのは、匂い立つばかりに美しいミコッテの女だ。ただその表情は、怒りや嫌悪といった感情でぶすくれていて、甘やかな色の視線も鋭く研がれている。

「カ・エリゼ……!!待ってくれ、今日こそ話を……」

そんな彼女にとりすがるように、ミッドランダーの男が追ってくる。声は聞いているのだろう、カ・エリゼと呼ばれたミコッテは鬱陶しげに耳を震わせて、ふと鋭い瞳孔で辺りを見回した。その際、悪目立ちしているアウラ・ゼラの男に目が留まる。

市場の中をふらふらと歩きつつ。
ララフェルの芸人の楽しげな口上やミコッテの踊り子たちの悩ましげな視線に気を取られていると、視界の端にふと鮮やかな色が入り込む。
思わず目で追うと、その彩の持ち主であるミコッテの、いやに鋭い視線に射貫かれた。

無遠慮にアウラを見つめるカ・エリゼの目が、まるで汚いものを眺めるように細められる。まるでウルダハを歩き慣れていない、長旅後の様子が、冒険者どころか浮浪者にでも映ったのだろう。
ついと反らす視線が、アウラの肌を掻いていく。

「カ・エリゼ!!」

ミッドランダーの、もはや怒号のような声音を綺麗に無視して、靴音高くルビーロード国際市場を──アウラの横を通って雑踏に消えようとしている。
トラブルだ、痴話喧嘩だろうかと、周辺の誰もがミコッテとミッドランダーを下卑た視線で無遠慮に眺めている。

先程までその視線の対象であったアウラは、横を通り過ぎるミコッテを目で追いながら。

「カ・エリゼ」

見知らぬミッドランダーが未練がましく叫ぶその名を口にした。

聞き慣れない男の声に、すらりと伸びた耳だけが反応した。驚いたように、ぴん、と跳ねた甘い色以外、感情は見えない。
そのままアウラも無視するかと思われた足が、2、3歩進んだ先で歩を緩める。

ミコッテが反応したのを見て、アウラが嬉しそうに口角を上げた。何かを期待した野次馬が口笛を鳴らす。

「目が合ったぞ、カ・エリゼ」

ミコッテを追っていたミッドランダーの視線が、馴れ馴れしいアウラへと対象を変えたのを見て、また別の血気盛んそうなルガディンが煽るような歓声を上げた。

「小汚いおのぼりさんが、目障りなところにいるものだから」

声質まで甘くあるのに、吐き出される言葉は熾烈だ。肩越しに再度向けられた眼差しは、不機嫌でごうごうと燃えている。自分よりもずっと巨躯であろうと、そもそも知らぬ顔であろうとも、彼女は高慢な態度を変えないようだった。

「仕事が欲しいの?なら手始めに、そこの煩いのを噴水にでも放り投げてきて頂戴」

まるで荒事を助長するような言葉だ。俄に周囲が興奮で沸き立つ。
見慣れないアウラに視線を移していたミッドランダーは、カ・エリゼの物言いに、苛立たしげに首を振る。

「ああ、くそ。あの子はいつもあんな調子なんだ……あんた、真に受けないでくれよ。邪魔しないでくれ」
「小汚い?」

その言葉に、自分の装いをまじまじと見る。
過酷な旅であったのだろう、擦り切れ、破れ、千切れたものを、無理矢理補修したような、確かにみすぼらしい装いだ。

「……なぁ、あんたもそう思うか?小汚いって」

目の前のミッドランダーに視線を戻すと、アウラは苦笑しながらそう聞いた。

「えっ?いや……」

まさか会話を続けてくるとは思わなかったのだろう、ミッドランダーはたじろぐが、それよりもずんずん先に進んでいくカ・エリゼを気にしているようだった。

「……まあ、新しい服ならそこいらで売ってるだろう、買い揃えれば良いんじゃないか」
「そうか。そうかぁ……買い替え……」

僅かに悲しげな顔で頷くと、去ろうとするカ・エリゼをようやく振り返って。

「カ・エリゼ、いい服屋を知らないか?とは言っても、あまり金はないんだが……」

アウラの男の言葉に、返事はない。仕事と言い捨てていった割に、見届けることも報酬を与えることも考えていないようだった。ふわふわと甘い色の尻尾が、少し離れたところで優雅に揺れる。

「そんなの他所で聞いてくれ!行った行った!お前らも、見世物じゃないぞ!」

いよいよ憤慨したミッドランダーが、アウラの男を押し退けてカ・エリゼに追いすがろうとする。叱りを受けた野次馬たちは、それでも楽しそうにげらげらと笑い合っている。

「いやいや。待て待て」

アウラは苦笑いを浮かべたまま、傍で煽っていたルガディンの襟元を掴むとそのまま片手で放り投げた。
カ・エリゼの耳にはルガディンの呆けた驚嘆が聞こえただろうか。彼はそのまま側の露店に突っ込み、盛大な音を立てて動かなくなった。

「待ってくれ。目が合ったぞ、カ・エリゼ」

それまで、場外闘技でも囃しているようだった熱気が静まり返った。踊り子たちの小さな悲鳴が良く響く。そそくさとその場を離れる野次馬たち。カ・エリゼを追おうとしていたミッドランダーまで呆然と足を止めて、突然の暴挙に至ったアウラを見上げるのみ。
相次いだ物音と悲鳴に、カ・エリゼはやっと振り向いた。目の前の惨状に、何が起こったかすべて推し量ることはできないものの、異国のアウラが自分の足を止めんと何かしたことは明らかだ。

「……だったら、何だって言うの?」

散り散りに去る群衆の中。
漸く振り向いたカ・エリゼに、アウラはにこりと懐っこい笑顔を見せた。

「俺はここに来たばかりだ。ちょっと力を貸してくれないかと……」

周囲の状況や傍のミッドランダーさえ意に介さない様子で、さらりと告げる。

見た目通りに周囲に怯えられる様子と、見た目に反する笑顔と。アウラの男を、角の先から背負った大剣まで、まじまじと眺めてからカ・エリゼは口を開いた。

「嫌よ」

瑞々しく膨れた唇から、拒絶の言葉。しかし爪先がアウラに向いて、石畳を蹴りながら歩み寄っていく。挑戦的な視線で、アウラの笑顔を射抜きながら。

「そう言ったらどうするの?力ずくで従えてみる?」

アウラの笑顔が強張り、そのままがくりと項垂れる。

「………嫌か。わかった」

すんなりと諦めの言葉を口にした……か、と思えば。

「じゃあ先に飯にしよう。安くてうまい飯屋を知ってるか?」
「嫌だって言ってるでしょう。あんたに付き合うのはごめんなの。その角は飾り?」

いよいよアウラの目の前まで迫ると、ずいと鼻先を寄せる。側のミッドランダーなど、まるでいないような調子だ。細い指先を伸ばせば、果実のような香りがする。
いかにもか弱そうな指は、意外なほど力強くアウラの角を掴んだ。そのままぐんぐん引っ張って頭を揺らす。その、あまりに恐れを知らない様子に、悲鳴をあげたのはやはり怯えた踊り子たちだ。

「いっそ折りとった方が、よく聞こえるかもしれないわね」
「おっ?お、お?おおお」

頭がぐいと引き下ろされ、上下左右に揺れる。
角を掴まれたまま、カ・エリゼから漂う華やかな香りにくらくらとしながら、それでもぐっと顔を上げた。
近距離で視線が重なる。

「……角に触れたな。お前、俺の角に」
「だったら何?」

そのまま角を、まるでハンドルのように扱って、アウラが顔を上げるままに鼻先を寄せた。互いの呼吸が混じり合う。
美しい顔を怒気に歪めて、噛み付くように声を荒げる。

「ばかは嫌いよ。何の得にもならないし、何の役にも立たないんだから。ナンパがしたいならそこのブスでもひっかけなさい」

燃える眼光を一瞬だけ踊り子たちに向けると、カ・エリゼはアウラを突き放す。
ぶす呼ばわりされたことよりは、アウラの注意がこちらに逸れるのではないかということの方が重要のようで、蠱惑的な衣装を纏った踊り子たちは道の端で小さくなる。

突き離された勢いのままそっぽを向いたアウラの表情を、カ・エリゼは伺うことは出来ない。
爪先に力が込められ、じゃり、と静かに足元が鳴る。
再び、ゆっくりとカ・エリゼに向けられた、アウラの表情は──

「またまたぁ、そんな事言って!お前は角に触ったんだぞ、俺の角に」

アウラはにっと歯を見せ笑いながら、自慢げに角を撫でてみせる。

「アウラの角はとても大切なものだ。親密な者しか触れないし、触れさせない。つまり──」

つ、と角を沿った指先が、びしっとカ・エリゼに向いた。

「お前は俺と仲良くなりたいんだ!!」
「ばかは嫌いよ」

もう一度、重要なことだと言わんばかりに繰り返す。
そんなカ・エリゼに、硬直の解けたミッドランダーが声をかけようとしたが、突如走った冷気で足元が凍り動けなくなった。このウルダハの気温で、自然と氷が発生することは有り得ないし、明らかに魔力を帯びている。カ・エリゼが奮った力だ。

「そうね、文化を知らなかったとはいえ、勘違いさせて悪かったわ。はっきり、その角ぶち折ってあげても、友愛を示したことになるの?」

甘い色の瞳が、憤怒とエーテルの波で、俄に輝きを増した。今にも詠唱を始めそうな勢いである。

「角か?もし折れてもまた生えるぞ、心配するな」

何処かズレた返答だが、本人は自慢げな表情を浮かべている。

「だから、安心して触れても………」

そこまで言った所で、ようやくミッドランダーの様子に、そして周囲の魔力の流れに気付いたようだ。
だからと言って何をするでもなく、カ・エリゼに首を傾げてみせた。

安心、という言葉に、いよいよ瞳孔が鋭く収縮した。冷たい氷の気配が一転、砂まで焦がす炎になる。熟れた唇から詠唱が蜜のように零れて、次に一陣の炎が、アウラの角を狙って発射された。────ただそれは、魔力を向けられたアウラしか感じ得ないことであったが、相手の能力を見越して放たれたものだ。見た目こそ派手に映るかもしれないが、最小威力で、牽制のための。

「もう近寄らないで」

火花が爆ぜる音に混じって、小さな声が聞こえた。

「おおっ!?」

間の抜けた声と共に、アウラの頭部が一瞬炎に覆われる。
カ・エリゼの思惑通り威力こそ低かったものの、その光景は側の踊り子たちが甲高い悲鳴を上げるに値するものだった。

「あ、あっつ、熱っ……」

響く悲鳴と裏腹に、アウラはやはり呑気に角をぱたぱたと払っている。

「…………」

呪具である杖を握る手に、力がこもったのが分かった。カ・エリゼはそれっきり何も言わず、踵を返して、今度こそその場を去ろうとする。

「カ・エリゼ!……あんたも、本当に余計な真似をしてくれるな!」

代わりに激昂の声を上げたのは、足を凍らされて身動きできなくなったミッドランダーだった。
石畳を蹴り上げて離れていってしまうカ・エリゼの背を目で追っている。

「余計か?良く判らんが」

動けないでいるミッドランダーの肩を、慰めるようにぽんと叩いて。

「ふふ、まあ任せておけ。仲良くなって戻る」

そう言い残すと、去ろうとするカ・エリゼの背を追い始めて。

「待て、カ・エリゼ!折るつもりなら火力が足らないぞ。おぉい!」
「いや、そういうことでは……」

呆れたようなミッドランダーの声が、アウラの背にぶつかるわけでもなく、石畳に落ちていった。

自分を追ってきた気配を感じて、カ・エリゼは苛立たしげに息を吐く。
振り返りはせず、また歩調を緩めることもない。するすると雑踏を掻い潜って、人目のない、影の方へ。

「……本当に折られたいの?」
「折ってどうする?また生えるぞ」

大きな図体で器用に人混みをかき分け、距離を離す事なくカ・エリゼの後に付く。きょろきょろと辺りを興味深げに見回しているのは変わらない。

「人通りも少なくなってきたが、こっちには何がある?あれか、隠れ家的な店が……」
「痛い目を見たいのかってことよ。アウラっていうのは皆知能が低いのかしら……」

吐き捨てるように言いながら、カ・エリゼはこめかみを押さえる。心なしか頭痛を感じるような。

「近寄らないで、とも言ったはずよ。誰が一緒に来て良いと言ったの」
「こら、アウラを馬鹿にするな!じゃあミコッテは意地悪な奴ばかりか、お前みたいに!」

ふん、と不機嫌そうに顔を背けてみせた。それでもこちらからは去ろうとはせず。

「そうよ。知らなかったの?」

しれっと嘘を吐きながら、ふと甘い色に燃える眼光でアウラを睨み上げる。先程放出したエーテルの名残か、瞳の奥ではつやつやと、光が踊っているようだった。

「親切で可愛いララフェルにでも頼ったら良いわ。用が足せれば誰でも良いんでしょう?」
「うーん……でも、な」

自分のものと、カ・エリゼの瞳を交互に指差して、にっと笑う。
瞳の輪郭が、薄青く光っている。カ・エリゼにも見えるだろうか。

「お前と目が合った」
「知らないわよ。それ、アウラの口説き文句?」

指の動きに釣られたのか、アウラの瞳に見入る。見とれているわけではない、むしろ挑戦的で、視線で以て眼球を抉ろうとするかのような眼差しだ。

「それとも、目が合った人に何がなんでも世話にならないと死ぬの?迷惑だからそのまま死んで。嫌なら他の手頃なひとと目を合わせるのね」
「……ああ、ひどい言われようだ」

とは言うものの傷ついた様子はなく、大仰に呆れたような素振りを見せる。続けて、溜息交じりに腹を撫でて。

「確かにこのままじゃ死ぬな。腹が減った」
「そう。御愁傷様」

鼻を鳴らすと、またそっぽを向いてしまう。それから、くらりと尻尾が揺れた。アウラの背後を指すような動作を取ると、ぱたりと女らしい臀部のあたりに収まる。

「食べれるところなら、ちょうど反対方向よ。死ぬ前に行き着けるもんなら行ってくれば」
「そうか!教えてくれてありがとう、カ・エリゼ」

何度めかの懐っこい笑顔。
そのまま、まさにカ・エリゼの眼前に片手を差し出した。分厚く大きな指に、細かな鱗が見て取れる。

「お礼にメシを奢ろう。さぁ行くぞ」

不意に眼前に現れた手に、カ・エリゼの歩みが止まった。いつの間にかすぐ背後に、しかも今にも触れられそうなほど近くに迫っているのだ。反射的に、アウラの脛を狙って踵を跳ね上げる。

「ひとりで行って」
「ぁいた!!?」

泣き所への不意打ちはさすがに効いたのか、その場にがくりと崩れた。よほどイイ所へ入ったのか、奇妙なうめき声を発して悶絶している。

「……か、カ・エリゼ!」
「ふん」

そのまま歩き去るかと思った爪先が、くるりとアウラに向く。凶暴な手指が、今度はアウラの前髪を掴み上げて、引っ張るように上向かせようとする。

「それとも?あんたが、あたしと仲良くしたいの?くっさい汚い格好で、よくも色気付いたもんね」
「ようやく分かったか!そうだ、仲良くしたいぞ」

ぐいと髪を持ち上げられたまま、嬉しそうに笑う。
くさい、きたないは聞かなかったことにしたらしい。

「まずは飯だな。飯を食えばだいたい上手くいく」

訝しげに細められた、甘い色の瞳が、アウラの笑顔を射抜く。

「あたしはあんたと仲良くしたくないんだけど。案内役もセックスの相手も別で見つけて頂戴」
「何だ?そこまで求めてると思われてたのか……安心しろ、俺はそこまで無粋じゃないぞ。いいか、そもそも性交というものをそんなに軽々しく……」

ぶつぶつくどくどと、講義が始まった。童貞に毛が生えたような聞くに堪えない話だ。

「うるさいわよ心の童貞。店でしか女に相手されないようなのが語らないで」

カ・エリゼは、それをばっさり切り捨てた。訝しげな視線をそのままアウラに近づけて、じろじろと瞳や鱗、表情を観察しているようだ。時折、よく見えるようにと前髪を引っ張り上げながら。

「……身体目当てじゃないなら、本当に何、あんた?魔法に興味がありそうでもないし……」
「ど、どう……」

いかにもショックを受けた風な顔で、カ・エリゼに見られるがまま、されるがままで。
髪を引かれるたびに「いたい、いたい」と小さく声を上げている。

「むしろ何で身体目当てだと思うんだ………まったく」
「美人でしょう、あたし」

堂々と言い切った。誇るように、長い睫毛の先を上下させると、カ・エリゼは至近距離で甘く笑う。

「……だから、さっきみたいにしつこいのが絡んできて嫌なの。あんたがもしそうだったら、見た目は最低、誘い方は下手くそな、最悪・声をかけられたくない男ワーストワンだったわね」
「確かにな。まあ……美人だな。さっきの男は友達じゃないのか?可哀想な事をしたかと思ったが」

先程のミッドランダーが居るであろう方角へふと視線を移す。
自分への評価はとことん聞こえないふりを通すつもりのようだ。

自分に、というより、自分の女というさがに興味がないのだと分かるや否や、アウラを撫でる視線に興味が混じり始めていた。しかし、友達、という言葉に再度表情が凍る。怒りだけではない、憎悪と呼べる強い負の感情だ。

「まさか。…………大嫌いな、憎んでるやつのひとりよ」

そう言って、またアウラの観察を再開する。

憎んでいる、の言葉に僅かに物騒なものを感じたが、カ・エリゼが自分に興味を持ち始めた事の方が重要だった。

「もてるんだな?意地悪なのに」
「その意地悪にのこのこ付いてきたのはどうして?旅を長くしてきたのなら、ミコッテなんか珍しいものでもないでしょう」

彼女の問いに、先程と同じようにお互いの瞳を交互に指差して見せる。

「言ってるだろ、目が合った。………何かがキたんだよ、ビリっとな」

アウラが先程から執拗に繰り返す言葉には、やはり不機嫌そうな顔をする。息が混じるほど顔を近付けて、淡く輝く光輪の碧眼を見つめて、小首を傾げた。カ・エリゼがいちいち動くたびに、ふわりと甘酸っぱい香りが広がる。

「……一目惚れってこと?」
「そうかも知れないし、違うかもしれないが──」

不機嫌そうなカ・エリゼとは逆に、今までとは違う、不敵な笑み。

「お前とは、何かあると思ったのさ」

妙に自信ありげな口調。ナンテナ、と小さく呟くと、その表情も先程までと同様、朗らかに崩れた。

その様子を、先程よりはずっと軟化した、果実色の瞳がアウラを見ていた。平静でさえいれば、髪から爪先まで蜜でも湛えているのではないかと思えるほど、甘く美しい容姿だ。

「そう。……やっぱり下手ね、あんた」

何がとは言わず、カ・エリゼは鼻を鳴らした。それから今まで掴んでいた前髪を放して、代わりに角に触れる。指先がするすると、硬くざらついた器官を悩ましくなぞっていく。────焼けた痕でも残っていないか、確認するような触れ方だ。

「……良いわ。そこまで言うなら、少しは相手にしてあげる」
「ほんとか!?どうしたいきなり!!嬉しいぞ」

はっはっは、と遂に嬉しそうに笑い声を上げると、再びカ・エリゼに片手を差し出した。

「忘れてた!俺はアラヴ。アラヴ・ニグ・バ……アラヴ・ニグだ」
「名乗らなくっても良かったんだけど」

アラヴと名乗った男の手を、取ることはなかった。触っていた角を無遠慮に掴むと、立てと言わんばかりに引き上げる。

「臭くて汚くてうるさいし下手だけど、虫除けには丁度いいわ。もしあの男がまた来たら、退治してくれるわね?」

そう言い放つカ・エリゼは、甘やかな笑顔だった。美貌で幾人も黙らせてきた者特有の、有無も文句も言わさぬ迫力。

「退治?そんなに悪い奴じゃなさそうだったけどなあ……」

そこまで言うと、わざとらしく首を傾げる。自分への評価はとことん聞こえないふりをするつもりのようだ。

「そんな事より、そうだな……そうやって笑ってた方がいいぞ。そりゃあ、褒めざるを得ない」
「じゃあ褒めてみなさいよ。下手な文句だったら置いていくわ」

にまりと笑みを深めると、香る身体を近付ける。新しく手に入った玩具でも弄ぶような表情で、カ・エリゼはアラヴを見上げた。

「そんなに華美な言葉が必要かあ?えーっと……」

きょろきょろと目が泳ぐ。あーでもない、こーでもないと一人でぶつぶつと繰り返しつつ。

「………かわいいぞ。機嫌のいいクァールみたいで」

アラヴがそう口にした途端、腹に向けてカ・エリゼの拳が飛んだ。

「置いてくわ」

クァールが唸るような低い声で言い捨てていきながら、アラヴの腰を柔らかい毛並みの尻尾が撫でていく。

「グェーー!?……可愛いだろ、クァール!!」

不意打ちに野太い呻き声を上げつつ、カ・エリゼの尻尾に誘われるようによたよたと後に続く。

「うう……すきっ腹に響くぜ……」

健気についてくる背後の巨体を、カ・エリゼは肩越しに窺う。ここまでして怒る様子も見せないのは、温厚が過ぎるのか、知能に決定的な欠陥があるのか。それとも、この程度感情を煮立たすほどでもないのか────
いずれかは分からないが、これまで言い寄られた男の誰より、面白い存在ではある。

「……それで。奢ってくれるって言ったけど。足りるんでしょうね」
「大丈夫大丈夫……」

からからと笑いつつ、カ・エリゼに追いついて。
財布であろう革袋を眼前に持ち上げると、硬貨が鳴った。中身はあまり多くはなさそうだが……不意に耳元でぼそりと呟く。

「………走るくらいの余力は残しておけよ」

くすぐったそうに耳を跳ねさせると、不機嫌そうな目をアラヴに向ける。

「下手くそな上に貧乏で情けないってどうしようもないわね。……良いわよ、あたしが出してあげても。そのあと奴隷のように働いてくれるなら」

アラヴの角めがけて、囁くように笑う。

「食い逃げよりも、あたしのために体力を使う方が嬉しいでしょう?」

囁きに反応し、苦笑しつつ首を傾げて。

「何やらされんだか……ま、しょうがない!カ・エリゼの為にな!」

そこまで言うと同時に、アラヴの腹の虫が盛大に鳴り響いた。

「本当に締まらないわね」

嗜めるように、ぺちっとアラヴの腹を叩きながら、カ・エリゼが向かう先は「クイックサンド」だ。冒険者たちが集うそこならば、料理も酒も安く、長旅でぼろぼろの格好の者がいてもそう気にはされない。
道中、先程の踊り子たちのそばを通りがかってびくつかれながらも、例のミッドランダーはいなかったので良しとした。

「たくさん食べていいのよ。あたしが長く使えるように」

そう言って巨体を恐れず見上げるカ・エリゼは楽しそうに見えたと、後程、誰かが語るのだった。

  • 最終更新:2018-06-04 21:08:49

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