20180611

ザナラーンの西の果て、ベスパーベイからは、リムサ・ロミンサへの海路が通じていた。船に揺られて碧海を渡り、カ・エリゼは白亜の港に足を着ける。その旅に着いてきたアウラの大男を、億劫そうな仕草で肩越しに見上げれば、彼女がまとう甘い果実のような香りが潮風に漂う。

「少しは慣れたの、服」
「どう見える?もっと見ろ、カ・エリゼ」

カ・エリゼの問いに応えながら、嬉しそうに真新しい上衣をひらりとつまみ上げる。
新たに纏ったポンチョはカ・エリゼに買い与えられたものだ。その前に身体を清めさせられたが、その面倒も見てもらっていた。

「このヒラヒラは悪くないが、中の服はなんだか窮屈だぞ」
「臭くて汚いのがましになったくらいで、喜んでんじゃないわよ」

はしゃいだ様子のアラヴから、つんと鼻先を背けると、興味の薄い様子でさっさと歩き始めてしまう。船着き場から少し歩けば、賑わうマーケットの様子が見えた。道行く人は、華やかなカ・エリゼの姿にことごとく視線を送るが、同時にずっと背の高い男をすげなく扱う高慢さに驚くようだった。

「窮屈なのは、我慢して。こっちではそれが普通なの」
「お前がそう言うなら、って……むー。ちゃんと見ろ、お前が買ってくれた服だぞ!」

とは言いつつ、完全な窮屈さに我慢できなかったのか、下衣はそれまでのボロを身に付けていた。破れた裾がひらひらと揺れている。
足早に進むカ・エリゼとは逆に、周囲の様子を興味深げに見回しながら大股で後に続く。それでも距離が開かないのは、体格の差のせいだろうか。

「はいはい。見た見た」

まるで母親に構ってほしい男児のようなアラヴに、カ・エリゼはうっすら微笑んだようだった。

なんだかんだと言いあいながらマーケットを過ぎて行く二人。なんともなしにすれ違った男がふと、足を止めて振り返った。

「……あれ、カ・エリゼ?」

どこか呑気で、穏やかで、だけど不思議と辺りの喧騒にかき消されない、凛とした声が二人を、カ・エリゼを捉えた。

男の声がまっすぐ伸びた耳朶に触れた瞬間、カ・エリゼの表情が強張る。甘い色の瞳が剣呑に細められて、ただその奥で僅か安堵したような、切っ先の錆びた針のような視線を向ける。

「…………まだ生きてたの?」

吐き出されたのは冷たく煮えた言葉であった。

「あ~その冷たいかんじ、やっぱりカ・エリゼだ」

カ・エリゼの視線にも、冷えた言葉にも全く動じることなくやぁ、と片手を上げる。

「うん、ぼくは元気だよ。きみも元気そうでなによりなにより。そっちのお友達もこんにちは~」

そう言って、アラヴにもぺこん、と頭を下げてにこっと笑った。

カ・エリゼに少し遅れてその場に着くと、アラヴは彼女と対面している男に目を向けた。
警戒する様子もなく笑う男に訝しげに片眉を上げつつ。ウルダハでの一件を思い出し、庇うようにカ・エリゼのと男の間に立った。

「こんにちは!それで何だ、カ・エリゼの友達か?それともナンパか?」
「どっちも友達じゃないんだけど」

鋭く舌を打つカ・エリゼは、前に進み出たアラヴをそのままにさせておいた。特に自分の身を守れと命じた覚えはないが、本人が壁になりたいのならそうすればいい。

「ナンパって体の補導かしら?」
「ナンパッテティーノホドゥー?」

カ・エリゼの言葉を聞こえたように繰り返して、男に向き直る。

「……それなのか?」

いまいち釈然としない顔で男に尋ねると、その顔のままカ・エリゼを振り返る。
一方の男は、えー!と嫌そうな顔をすると、

「今日はおしごとないのにおしごとするのヤダよ~、ナンパも補導もしないよ~…それに、カ・エリゼをナンパする理由もつれてく理由もないもん…」

といやいや、と首を横に振る。
そして、釈然としない顔をしているアラヴに顔を向けると、

「ふつうにお友達を見かけたから声をかけただけだよ?」

と小首を傾げて微笑んだ。

「友達じゃないったら」

唾でも吐き散らしそうな苦々しい顔で、カ・エリゼはふいと男から鼻先を背ける。細い瞳孔に鋭さが増した。

「よくも友達気分でいられるもんだわ。さすが、平和ボケ連中とつるんでるだけあるわね」

対する男は気にする風でもなくうふふ、と笑う。

「みんなだいぶ頭のお花畑もなくなってきてるよ、それに比例して人は減ってるんだ、あの時よりね。きみにとっては、よいことかな?」

殺伐としながらも浅くない繋がりを感じさせるやりとりに、アラヴはあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべつつ、二人を交互に見やる。

「むん……何だ?話が見えないぞ!友達じゃない割に、仲良さそうに話しているじゃないか……!?」

人は減っている。その意味するところは多くある。知らず、カ・エリゼは眉根を寄せて表情を険しくしていたが、アラヴの困惑に細く息を抜く。

「仲良くないから、離れたんでしょ」

アラヴの背に守られながら、腕を組む。

「仲良くできるわけないわ。……人の死の上でのうのうと、救世主ごっこなんかして……」

憎々しげな、低い唸り声。俯いた眼差しに、睫毛の影が落ちた。
ふふふ、とカ・エリゼの様子に男はどこか嬉しそうに笑う。

「ごっこでも、やれる人がやらないと…結局皆しんでしまうからね。君がどう思おうが、何をいおうが、ぼくは戦う、君はそれを憎む、それだけ」

そしてアラヴの方を向き、

「ぼくはこの子がね、いたいけな少女のときから知ってるんだ、だからね、仲良しにお話できるの~」

とえへへ~と害のまったく無い顔で笑う。

「いたいけな……だと?」

色々と情報が出てきた所で聞きたい事は色々あったが、最後の言葉に全てかき消された。
一瞬カ・エリゼを確かめるように見て、アラヴは男に向き直り。

「……いたいけ、な………だ、と?」

訝しげに、探るように、ゆっくりと聞き直した。
そんなアラヴの脛を、カ・エリゼの踵が襲った。

「余計なことを言わない」

問題発言をした当の本人は、

「そうそう、いたいけな~かわいい~ミコッテの女の子だったんだよ~」

とにこにこと笑いながら余計なことを言ってのける。

「燃やされたいの!!」

声を荒げるカ・エリゼの様子は、過去の暴露を恥ずかしがると言うよりは、まったく意図が掴めない男に苛立つ調子であった。

「ギイイイイイ」

蹲ったアラヴが発するその唸りは蹴り上げられた脛の痛みからか、彼の目には仲良さそうに見える二人への嫉妬からか。
恨めしそうに二人を睨むと、ずい、と再び二人の間に立ち塞がるようにして。

「……何だか面白くないぞ!」

さらに男に詰め寄ろうとしたところで、カ・エリゼの小柄な体は、容易くアラヴの巨体に阻まれた。

「はぁ……?」

子供のような言い分に、小首を傾げる。
間に入って来たアラヴを見て男はきょとん、としたが、

「あ~…ごめんね、つい話しこんじゃった。きみをのけ者にしようとしたわけじゃないんだ」

と、徐々に可愛い子供を見るような、微笑ましい様子でふふ、と笑う。

「ぼくは、アステル。君のおなまえは?」
「お前はアステルか!そうか」

ふん、と不満げに鼻を鳴らして。

「俺はアラヴ。アラヴ・ニグ……だ!」

細身のアステルには見えない身体の分厚さを誇るように、ずいと胸を張って見せた。

「アラヴ、かぁ…すごい筋肉だなぁ、おっきいしかっこいい~いいなぁ~ぼくも筋肉ほしい~ふんふん…」

アラヴの行動の意図を知ってか知らずか、アステルは興味深そうにアラヴの体を観察し始める。
先程の緊迫した雰囲気など忘れてしまったかのようだ。

「万年もやしのあんたには無理よ」

つられて、カ・エリゼの肩の緊張も、知らずと解れているようだった。それを自覚してなのかは分からないが、じゃれあい始めた男たちを置いてさっさと歩き出してしまう。

「おい待てカ・エリゼ!まだ何も聞いてないぞ」

言いながら、わざと「フン!」とアステルを押しのけるように体当たりしつつ、彼女の後に続こうとする。
当のアステルは、

「わぁ~」

と呑気に声を上げながら、体当たりの勢いを受け流しつつ、くるん、と二人の方向へ向いてのんびりと後を付いていく。
先程までとは違い、つかつかと足早にカ・エリゼの背後につくと、アラヴは耳元でぼそぼそと呟く。

「おい、おい、カ・エリゼ。あいつ、ついてくるぞ……なあ」

言いながら、背負った大剣の柄に手を掛ける。その顔は至って真剣だ。
くすぐったそうに耳を跳ねさせると、アラヴの方を見ようともせず、距離を離そうとするでもなくカ・エリゼは囁く。

「……だめよ。良いわ、放っておいて……」

苦々しく吐き捨てるような口調は、物思いに沈んでいるようでもあったが、ふとそれまでの感情とはまったく繋がらない笑みが溢れる。

「なぁに、そんなに嫌だったの?こんな町中で、斬り合おうなんて思った?」
「斬り合うまでもない。引っ掛けて放り投げてやる」

ふんふんと鼻息荒く言い放ちつつ、アステルを振り返るとぎらりと笑って見せた。
先日見せた、大柄なルガディンを片手で投げ飛ばす腕力を考えると、容易にやってのけるだろうが──
当のアステルは微笑んだまま、不思議そうに首をかしげて後ろをとことこついてきている。
自分が投げ飛ばされるなど一切思っていないような、無害そうな───敵意を見せられても、全く変わらない呑気な、余裕にすら見える雰囲気が逆に不気味でさえある。

奇妙な敵対関係に、カ・エリゼは、呆れたように笑った。こんな風に犬のような喧嘩をする誰かを眺めながら、馬鹿ね、と笑った記憶が、あるような。
後ろをついてくるアステルから、その表情を隠すように、頑なに前を向き続けた。細い指で、アラヴの袖を手繰り寄せる。

「だめよ。おおごとになって、ゆっくり過ごせなくなるのは嫌だもの。……これで我慢して」

袖から、アラヴの手指の鱗に触れる。

「………む。お前が良いなら、それでいい」

カ・エリゼがアステルを庇うようにも思えて不満を覚えたが、触れる指先にそれもかき消えた。
その手に引かれるまま、また周りの様々なものに心奪われ、能天気な表情に戻ったアラヴは呑気にカ・エリゼの後に続く。

「───まぁ、」

攻撃してこないなら、いいかな。呑気な笑顔の裏でぼんやりとアステルはそう考えていた。
アラヴという男は、巴術士に従うカーバンクルのように、忠実にカ・エリゼに従っているようだ。
暴力的で荒々しい男で、カ・エリゼをどうにかしようかと思っているのではと勘繰ったが、どうやら杞憂であったようだ。彼は純粋無垢で、カ・エリゼが大好きなだけなのだと”あの力”が無くとも分かるくらいであった。
もういいだろう、と段々と歩く速度を遅くしていく。

「……あの子をよろしくね」

そうしてやがて足を止めて、アステルは人混みに消えて行く二人の背中を見送った。

  • 最終更新:2018-06-14 01:05:41

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