20180625

リムサ・ロミンサの宿場、ミズンマストの一室。一面すりガラスの窓は開け放たれていて、夕暮れの光と、潮風が入り込んでくる。
湯あみを終えたカ・エリゼは、濡れた髪を拭いながら卓上ランプに火を灯す。体を拭く布と下着のみを纏った肢体に、炎の影がちらついた。同室に居る男には全く感じることはないのだろう、甘やかな色の尾を揺らして、カ・エリゼは清潔なベッドの上で悠々と体を伸ばす。

部屋の隅で彼女の帰りを待っていた巨体は、横目でついついその様子を追いながら、湧き上がる邪心を振り払うように顔を背ける。
わざとらしく憮然とした表情を浮かべたままのアラヴは、自分の態度に何の反応も示さないカ・エリゼへの反抗心を表す様に、座っていた椅子をぎいぎいと軋ませた。

椅子の軋む音に耳を跳ねさせるも、カ・エリゼは視線を向けることなく、広げた布の上で爪にやすりをかけ始める。

「何か言いたいことでもあるの?」

蜜のような声が、可笑しそうに笑みを含んでいる。
その口をへの字に結んだまま、アラヴがカ・エリゼへ向き直る。
突き出した下唇が、つん、と責めるように彼女を指した。

「……あの男の話だ!アステルとかいう、あの!」

そこまで言うと再び視線を逸らし、唇を固く結ぶ。

「別の男の話をしてあげるような間柄ではないんだけど?」

口調ほど冷たくはなく、むしろカ・エリゼの語気には、拗ねた様子のアラヴを面白がる響きがあった。爪を研ぐ音が止んで、やっと長い睫毛の先がアラヴに向く。

「あいつ自身の話はどうでもいい!」

一瞬声を荒げたが、カ・エリゼの視線が此方を向いているのに気付いて口を閉じる。

「……あいつは、俺の知らないお前の話をいっぱい知っているようだ。気に食わん」

吐き捨てるように続けると、再び目を逸らして押し黙った。
くくっと喉の奥で笑う声。それから、爪をやする音が再開した。

「そりゃあ、会ったばかりの図々しいあんたに比べればね。……昔馴染みなのは間違いないし」

整えた爪をランプの明かりに掲げれば、艶々と輝くようだった。指先に、ふぅ、と息を吹きかけて、カ・エリゼは満足に枕にもたれる。

「それで?気に食わなかったらどうするの?」
「……あいつに何かしたところで、どうしようもない事は俺でもわかる」

言いながら、部屋の片隅に立て掛けてある自分の大剣に目を向けた。
正直、先程これをあの男に振るおうとした時よりは、随分頭が冷えている。

「俺もお前のことが知りたいぞ。アイツが知っているであろうことも、全部だ」
「嫌よ」

アラヴの言葉を半ば分断するようにして、すげなく拒否した。ベッドサイドの棚に置いていた、甘い果実の香油に手を伸ばしながら、カ・エリゼは鼻を鳴らす。

「何でそんな意地悪をするんだ!ずるいぞ……アイツがずるい!」

ぎいぎい喚き立てながら、椅子に座ったままで跳ね回る。
時刻を考えると、苦情が来てもおかしくない騒がしさで。

「うるさい。摘まみ出すわよ」

言いながら、カ・エリゼはアラヴに手招きをしてみせる。甘く、ともすれば優しく見える微笑みで。
その所作に絡め取られたように、ぴたりと動きを止めて。

誘われるままベッドに横たわるカ・エリゼに歩み寄る。背後で椅子が倒れ、耳障りな音を立てた。

従順な様子に笑みを深めたカ・エリゼは、肩にかけた布が滑り落ちるのも厭わずに、アラヴに指先を伸ばした。

────香油をたっぷりつけた手のひらで、アラヴの顔面を襲う。

一瞬、カ・エリゼの細い指先の感触。
……そして、突然の水気と強い香り。
「ギャオオ」と間抜けな悲鳴を上げてひっくり返った。

アラヴが床で悶える姿を、素知らぬすまし顔で見守りながら、丁度良い量になった香油で尾を撫でる。

「何も知らないという点では、お互い様でしょう。あんたも何も話さないし」
「むー……むううう……!」

ひいひいと叫びながらポンチョの裾で顔を拭うが、今度はそちらに強い匂いが移ったことに顔をしかめている。

カ・エリゼの言葉にようやく起き上がると、彼女が横たわるベッドの端に顎を乗せた。

「……俺の事を知りたいのか?良いぞ、何が聞きたい?」
「別に何も?」

行儀の悪い犬のようなアラヴを眺めながら、尾に香油を馴染ませると、櫛で毛並みを整え始める。ひとかきするごとに、滑らかな光を帯びていく。

「あんたが何処の誰かなんかどうでもいいし、知っても馬鹿でうるさい馬鹿なのは変わらないもの」
「馬鹿馬鹿言うな!意地悪な奴め!」

むう、と再び突き出された下唇がカ・エリゼを向いた。

「お前に近づくために馬鹿なふりをしていたらどうする?どうだ?実は賢い男だったら……」

言いながら、その目はカ・エリゼの手入れを追って左右している。
アラヴの言い分に、じろりとカ・エリゼの眸が向いた。よくよく見れば、左右で僅かに色の違う、甘酸っぱい色の猫の目だ。それをアラヴにずいと近付ければ、真っ白な首と胸元が張り出された。

「ふぅん?」
「何だ!どうなんだ!」

語気強く言い放つが、その視線は無防備に開け放たれた胸元を凝視している。
驚くほど真っ直ぐな視線で。

「……つまり?あたしにこうやって……」

滑らかな肌が、またアラヴに迫る。香油に混じって、女の肌の匂いが鼻先に感じられるほど。

「あんたが馬鹿だと油断させておいて、近付いて……そのあとは?」
「……そのあとは……」

カ・エリゼの言葉を短く繰り返して、一つ深呼吸する。
そして意外な事に、ふと目を閉じた。

「ふん。近づいて話をして、仲良くなる。それだけだ」

目を閉じてしまったアラヴの、角や鱗の輝き、その奥の人肌をじっと眺めて、カ・エリゼは「そう」と呆れた声を漏らした。
ベッド脇、アラヴの近くで、丸めた身体を横たえる。

「仲良くなってどうするの?」

「……一緒に居る」

少し考えるような間を置いて、短く答えた。大した事は考えていないようだった。

「ダメか?何か企んでなきゃ駄目か?」

僅かに見張られたカ・エリゼの瞳が、じっとアラヴを見つめる。何も企みもない、この男は今のところ、自分に何も望んでいない。近くにいたいだけなのか。

「……駄目かどうかは、知らないけど」

シーツをなぞる指が、アラヴの角に触れる。

「そんなにあたしの側が良いの?」
「そうだ!」

ぱっと顔を上げると、「やっと分かったか」と言わんばかりに笑みを浮かべた。
角に触れる指先に寄り添うように頭を傾げて。

「俺はお前の全てを理解するぞ。俺は賢いからな」

寄り添うアラヴの、角や、頬の鱗を、探るように撫でてみる。光輪を持つ瞳の側にも指を這わせて、独特な青い輝きを覗いた。

「……すべて?」

甘い色の瞳に、微かな感情の炎をちらつかせる。

「あんたには、分かんないわ。きっと誰のことも、憎んだことなんかないんだから」

「そんな事はないぞ?」

相反して、アラヴはにこやかな顔のまま続ける。

「憎いものがある。深く、深く、憎むものがあるぞ」

その表情のまま言い放つ様は、何処か怖気を煽るようでもあって。

「だが、それはもうどうしようもないものだ。だから俺はそれを見ない。そんなものを追う位なら、お前を見ているぞ。カ・エリゼ」

「…………。そう……」

アラヴが、憎むものがある、と言い出すことがあまりにも普段の調子からはかけ離れていて、カ・エリゼはしばらく言葉を失う。
黒耀の鱗をざらざら指で撫でて、ふと、また意地悪く微笑む。

「何を憎んでいるの?まず、それを教えなさい」

「俺だ」

アラヴの双眸の中で、光輪が鈍く光る。

「この身に流れる血が。この世界に生まれ落ちた俺自身が」

その言葉から一瞬間を置いて、再び口角を上げてみせた。

「どうしようもないものだろう?はは」

まさか、素直に教えるとは思わなかったし、自身を否定する言葉が飛び出るとも考えなかった。
カ・エリゼは、特に強がる様子もない、奇妙に凪いだアラヴの表情を見て。子供をあやすような、爪先の整った指が、アラヴの前髪を撫でた。

「どうしようもないわね。可哀想に」

詰まらなそうに言い捨てながら、カ・エリゼはアラヴから手を放して、寝返りを打って薄い腹を上に向ける。

「可哀想ぶってるのが一番嫌いよ。……その点、あんたは、ましね」
「全てはどうしようもない事だ、嘆いても仕方ないだろう?それでも生きていかねばならないからな」

名残惜しそうにカ・エリゼの指先を目で追いつつ。再びベッドの端に顎を乗せると、ゆらゆらと頭を揺らした。

「なあ。お前の話もしてくれ、カ・エリゼ」
「どうしようかしら」

つんと鼻先を反らしながら、尻尾の手入れを再開する。香油の匂いがひとかきごとに広がって、部屋を埋めるようだった。
尾の付け根に櫛をあてて、悩ましく腰を捻らせて、またカ・エリゼは意地悪く笑む。

「例えば、どんなことを知りたいの?答えるかどうかは別だけど」

香油の匂いにすん、と鼻を鳴らして。

「なんでもいい。お前の好きなもの、嫌いなもの。夢、昔話……お前が俺に話しても良いって思った事なら、何でも聞きたいぞ」
「そういうのが一番困るの。みっともなく自分語りなんて、柄じゃあないんだから」

くしけずったばかりの尾が、アラヴの鼻先をぴんと叩く。

「それとも、自分ではとても訊けないことが知りたい?」
「きけないこと……?」

眼前で揺れる尻尾を追いながら、ふと首を傾げて。

「それは、良く判らん……例えばどんな事だ?教えてくれ」

機微の通じない様子のアラヴに、呆れた溜め息を漏らす。

「女のからだのこととか?」
「…………なるほど……確かに……」

うん、うんとゆっくり頷くと、間抜けなほど陽気な笑顔を浮かべて。

「それで、どんな事を教えてくれるんだ?カ・エリゼの身体の──」

「馬鹿ね」

べしゃり。香油の刑に処した。

「答えるかどうかは別よ」

「ギャオオオ」と先程と同じような悲鳴を上げて、絨毯の上をのたうち回った。濃い匂いが鼻に残ってむずむずする。

「やめろそれ!鼻が利かなくなる!」

ぐしぐしと鼻をこすりながら叫ぶ。良く見ると目が潤んでいた。

大きな愛玩犬のように転げ回る様子を愉快そうに眺めてから、体にかけていた布で、アラヴの鼻を拭ってやる。硬質な鱗の感覚が伝わってくる。

「そんなに良い鼻をしてるようには見えないけど?」

素直に鼻を拭かれながら、うーうーと唸り声を漏らしている。
布の下から現れたのは、先程と同じへの字口。

「何を……俺の鼻は人狼族並みの、っ」

その人狼族並みの鼻は、ぐすぐすと音を鳴らしてすっかり台無しになってしまっている。
くっくっと可笑しそうに喉を鳴らして笑いながら、カ・エリゼはアウラ族の鼻筋や頬も拭ってやる。

「はいはい。アウラは皆そう?あんたが特別に鼻が良いのかしら」
「他の奴らはわからん、が……」

わざとらしい不機嫌顔のままカ・エリゼに世話されていたが、次第に顔が緩んでいく。

「……俺は、お前がこの街の何処に居たって見つけ出すぞ。お前の匂いでな!」
「この匂い、独特だものね」

自身の尾をくねらせながら、カ・エリゼは自信満々のアラヴの顔中を拭いてやる。それでも香りが残っていて、まるでカ・エリゼの持ち物にでもなったようだった。

「ふふ。同じ匂いになったわ」
「そうか。そうだな。俺とお前、一つになったようだ!」

カ・エリゼの言葉に嬉しそうに笑うと、大きく深呼吸して。
次の瞬間、盛大にくしゃみをした。

「ちょっと!唾なんか飛ばさないでよ、汚い」

悲鳴をあげて、それまでアラヴを拭いていた布を押し付けると、カ・エリゼはげんなりとベッドの向こう側に寄った。なるべく距離をとりたいらしい。

「むずむずするものをなすったのはお前なのにっ……」

カ・エリゼの背にぶーぶーと文句をつけつつ、やはりベッドの端に顎を乗せて、その身を眺めている。

「……むー……怒るな」
「怒るでしょ、くしゃみなんか引っかけられそうになったら」

警戒したように身体を丸めてアラヴを睨む。せっかくとかした尻尾が逆立っていた。

「馬鹿な犬みたい」
「犬とは何だ!犬とは!」

ベッドに顎を乗せたままがうがうと喚きたてる様は、犬と言われても仕方ないように見えるが、やはり本人に自覚はなく。

「だが許す!だからおあいこにしよう?どうだ」
「いや」

即答。体ごと顔を背ければ、真っ白な背中と甘い色の尾だけが見えた。シーツの上では尻尾の先がぴたぴたと踊っている。

「なーあー。ずるいぞカ・エリゼ」

ベッドの上に手を伸ばすと、揺れる尻尾の先に指先で触れて。柔らかい毛並の中に体温を感じる。

「ずるくない……」

アラヴの手のなかで、温かな尾が蠢いた。つるりと逃げ出していく際に、誘うように指をなぞっていく。
そのくせアラヴを見る目は不機嫌そうで、肩越しにじろりと睨んでいる。

「誰が触って良いと言ったの」
「何だ。駄目なら言ってくれ」

そう言いつつ、無遠慮に尻尾を追おうとして指先を伸ばす。
カ・エリゼの視線に気付いたものの、首を傾げて誤魔化そうとして。

「駄目に決まってるでしょ。気安く触らないで」

拒絶の言葉を吐くわりに、視線を鋭く研ぐ割りに、カ・エリゼの尾はアラヴの手に一度収まるのを待ってから逃げるようだった。再度握られては抜け出して、もう一度と触れられては逃げる。

「駄目かあ……でもふかふかだなぁ」

カ・エリゼの言葉をよそに、しっぽの手触りに顔を緩ませて。
無遠慮だが強く握るような事はせず、むしろ尻尾側にあやされる様に追い続けている。

「手入れしてるもの。ぼさぼさじゃあみっともないでしょう」

手触りを誉められるのは悪い気がしないのか、諦めたようにアラヴの手に尻尾が収まった。動かしすぎて疲れたのもあったかもしれない。短毛がつやつやとして、波が打っているようにも思えた。

「あんたは手入れが楽そうで良いわね。拭いたりすればそれでいいの?」

シーツの上に頬杖をついて、カ・エリゼはアラヴを、その尻尾を指差す。

「そうだぞ。良く拭く」

くるりと持ち上がった尾が、カ・エリゼを指した。彼女の物とは全く違った、棘と鱗に覆われた無骨な尾だ。

「たまにとげとげが刺さる。お前のが羨ましいな」
「刺さる?」

そんなに硬質なのかと、興味津々に身を起こしたカ・エリゼの指が、アラヴの尾に伸びた。有無を言わさず、むんずと掴む。

「ぎえ!!こらっ」

引っ張られた勢いでベッドに尻もちをつく形で腰を降ろした。カ・エリゼの手の中で、釣られた魚のように長い尾が暴れる。

「何よ。おとなしくしなさい」

ぎゅっと柔らかいシーツに、押し付けるようにして尻尾を捕まえると、まったく無遠慮に撫で付け始めた。
カ・エリゼのものと違い、石材なのではと思うほど硬く鋭い尾は、確かに皮膚を突き破りそうな刺が立派に生え揃っている。その先端を指でつついて。

「ふうん。折って針仕事に使えそうね」
「駄目だぞ、そんなばちあたりな!」

アラヴの尻尾自体が「駄目だぞ」と言っているかのように、カ・エリゼを指す。

「お前の尻尾だって、何かに使えそうじゃないか……ええと……」
「枕カバーとか?」

ぎゅう。生意気な尻尾の先をシーツに押し込めて、柔らかい場所はないものかと揉み始めた。刺の根本や、尾の裏、尾の付け根まで。

「あまり聞かないけれど、こっそり出回っているかもしれないわね?ミコッテの毛皮を使った小物」

「あいいあああ………やぁめえろおおおお……」

尻尾のあらゆる部分を揉まれ続け、ついにへなへなとベッドの上へ倒れこんだ。
のたうち回りまではしないものの、くすぐったそうに身を震わせている。

「……」

アラヴの様子に、カ・エリゼの何かに火がついたらしい。ここにいろと言わんばかりにアラヴの肩を押して、ベッドの上でうつぶせにさせると、毛についた埃などを払うためのブラシを取り出した。
あろうことにそいつで、アラヴの尻尾をくすぐり始める。

「う、うぉいい、カ・エリゼ!」

柔らかいマットに身を沈められ、されるがままにブラッシングを受ける。

「や、やめ……ひいいいいいいい!!」

味わった事の無い感覚に悲鳴を上げながら、ぶるぶると身を震わせ続けて。

「意外と敏感なのね。もっと鈍いものかと思ってたけど」

鱗の向きに合わせて掃いたり、刺の間を払ったりと、丹念に丁寧に手入れをしていると見せかけて遊んでいる。
自分よりもずっと大きな体のアラヴが、反撃すらしてこないことが愉快だ。
付け根あたりをくしけずってやりながら、空いている片方の手で尻尾の先をくすぐる。

「ふふふ。気持ちいい?」
「ぎえっ……変だ……変な感じだ……ぎええ……」

奇声を上げ、身悶えしながらも、為されるがまま身を震わせている。どうやら嫌ではないらしい、が。

「か、勘弁……勘弁してくれ……」

懇願するアラヴに、満足そうな笑顔のカ・エリゼが、尻尾を放すことで応える。

「それじゃあ、次は角ね?こっちを向きなさい」
「ま、まだ何かやるのか……?」

ぶつぶつとこぼしながら、のっそりと身を起こすと素直にカ・エリゼの方へ向き直る。
その様はどこか、何かを期待する様にも見えて。

「……この前も言ったが、角は大事なものだ。いくらまた生えると言ってもだな……」

アラヴの言葉を遮って、カ・エリゼはその頬に手を添える。片手に、ブラシを持って。

「これで、きれいにしてあげる。こうやって……」

ブラシの毛束を、さらりとアラヴの角に這わせた。これがなかなか鱗の間の汚れをとるようで、手入れの体を保っている。

「ぎ、っ……ぎょ、おお………!」

まさに痒い所に手が届くといった様で汚れがこそぎ取られていくのを感じ、心地良さとくすぐったさにまたもや奇妙な悶え声を上げている。やはり止めようとはしない。

「カ・エリゼ、まて、これは、くすぐったいぞ……!?」
「そう」

適当に相槌を打って続行する。悶える様子が何とも可笑しくて、仄かに可愛らしさも感じ始めたところだった。
顔の横にすらりと伸びた角を、撫で下ろすようにブラシでくしけずる。時々爪の先で、かりかりと刺激して。

「良い声を上げるわね。ふふっ……」
「むうう!これは、これはダメだ……」

ぶんぶんと顔を振って拒否しようとする。が、すぐにされるがまま、ひたりと動きを止めて。

「気持ちいい、が!……面白くないぞ!良い様にされて……!」
「そう?……本当に?」

ずいとアラヴに顔を近付ける。至近距離で笑みながら、徐々にアラヴに顔を寄せて、ベッドに押し倒さんとして。

「もっとしてほしいわよね?アラヴ?」

「もっと……し、し………し……」

引きつった唇の奥で、きりきりと歯ぎしりの音がする。
僅かな間の後。

「……知らぁあああああん!!」

そう叫ぶと、ベッドの上でその巨体をぎゅっと縮めるように丸まった。そのまま知らん知らんと叫び続けている。

「知らんぞおお!俺はぁ……うおお……」

急に叫び声を上げたアラヴに、カ・エリゼはぎょっと身をすくませた。巨大なだんごむし状になったアラヴの髪を、ついでのようにといてやりながら、その体の上に乗り上げる。

「ふぅん?」
「……むー」

カ・エリゼが乗った位では、ぎゅっと丸まったままびくともしない。髪を梳かれていると、うんうんと心地よさげな唸り声が聞こえてきた。

「……やっぱり、馬鹿な犬みたい」

笑みを含んだ声でそう言ってのけると、ブラシをベッドの脇に放って、指で直に角を撫で始めた。
鋭利な形状を確かめながら、熱を移していくような、ゆったりした仕草だ。
唇さえ寄せて、くすくすと笑い声をあげる。

「可愛いのね、アラヴ」
「……また馬鹿とか言う!」

丸まったままもそもそと呟いたが、可愛い、の言葉にまたもぞもぞとうずくまった。
しかしそのまま、カ・エリゼの行為は受け入れていて。

「不満?」

一方のカ・エリゼは、可笑しそうに笑うまま、アラヴの体の上ですっかりリラックスしていた。丁度良いクッションか枕のようだ。下着のみで露出の多い肌を重ねて、のんびりと尾をくねらせている。

「バカじゃない……」

カ・エリゼを乗せたまま、諦めたようにもぞもぞとその身を伸ばした。改めてマットの上に身を投げ出す様に横たえて、ようやく一息吐く。

アラヴの胸の上に寝そべって、カ・エリゼは青く光る瞳を見下ろす。会ったときこそ長旅のあとでひどく汚れた巨体だったが、共に行動するようになってからは湯あみをさせているため、清潔な状態を保っている。体が絡むのも、特に気にならない。

「馬鹿よ。……でも、ふふ、ずっと昔の人間が、自分より大きなモノを顎で使いたがったのも、分かるわ。気分が良いのね」

そのアウラ独特の双眸が、よく見えるように前髪を掻いて分けてやる。

「そんなに良いものか?……わからん……」

カ・エリゼの体温が心地よい。気も体も緩み、思わずあくびが出た。

「……まあ、お前が良いなら何よりだ。俺はうれしい」
「良いものよ。特に素直で、従順な……そういうものを従えていると、自分がそれに見合う者のように思えてくる」

言いながら、カ・エリゼの瞳が暗く陰る。表情こそ微笑んでいるが、潜むのは何者かへの軽蔑か。
しかし眠たげなアラヴのあくびに、膨れた肺に押し上げられて、呆れた吐息に感情が霧散する。

「あたしの寝床になるつもり?」

「俺は、お前と見合う男になるぞ」

カ・エリゼの真意など知る由もなく、あくび交じりに呑気に呟いて。

「……まずは、お前の寝床に見合う男になろうか?ははは」

まるで害意のないアラヴの、そんな言葉にふとカ・エリゼの眉間が緩む。逞しい胸に頬をつけると、そのまま丸くなって。

「寝返りを打ったら刺を折り取って縫い針にするわよ」

どうやらそこで寝ることにしたらしい。呼吸が寝息に変わっていく。

「駄目だぞ、ばちあたりな……」

言いつつ、自分の傍でカ・エリゼがリラックスしきっているのを嬉しく思い、笑みが浮かぶ。
彼女の穏やかな寝息につられるように、かくん、と大口を開けて、間抜けな寝息を漏らし始めた。

寝床に他人の体温があるのは、いつ以来か。アラヴは人というより、動物やペットに近しい気もするが。
心音を聞きながら、カ・エリゼは微睡んでいく。今日は、恨み言を吐きながら眠りにつかなくてもよい。

  • 最終更新:2018-06-25 23:29:39

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