20180627

多くの人で賑わうウルダハの市場、サファイアアベニュー。その喧騒を避けるようにして、裏路地に足を踏み入れた一人の影があった。
白亜の鱗を晒したままの、薔薇色のアウラ────ソウビは、つまらなそうに乾いた風を角の先で撫でていた。
水場も少なければ、新鮮な魚が多いわけでもない。獲物が見当たらず、つまらない。見聞を広めるためにとここまで来たものの、ソウビにとって魅力がある土地ではなかった。
市場の喧騒を離れて、しんと冷えた裏路地の奥へ、するすると歩を進めていく。

からん、からん、と路地奥から高い音が響く。無造作に捨てられた安い酒の瓶が、赤いヒールに蹴られて静まった路地を転がった。
かつ、かつ、と続いて聞こえる靴音。更に吐息がそれに混じって間もなく、暗い路地の奥から蒼銀の髪と白い角、アウラ・レンの女性が現れる。 薄暗さで服装などは見えづらいが、何かに怯えたような表情、その顔立ちは十分確認できる。

「…………あ、貴女は…………!」
「……まあ」

その様子に気づいているのか、いないのか。ソウビはおっとりと、驚嘆の声を上げた。

「ササメちゃん?うふふ、こんなところで奇遇ね……」

それから、同族の友人に歩み寄ろうとする。全く他意のない、軽い足取りで。

「ま、待っ…………!!」

咄嗟に、静止するように片手を翳す────が、遅い。
ソウビが踏み込んだ距離だけで、薄闇で見えなかったササメの姿が、はっきりとではないが見えてくる。
蒼銀の髪と白と青の衣服、そしてそれには異質すぎる鮮烈な赤。身体の所々、その白い鱗にもべたりと塗られたそれは、まだ乾いていないのがその場でもわかる。
そして片手に持っている、この地ではそう目にしない細長い剣────刀からは、ぽたぽたと鮮やかな赤が滴り落ち、路地に道を作っていた。

ソウビの、鮮やかな薄紅に光る瞳が、一瞬だけ見張られた。制止の声を無視して、見た目よりずっと強い力で石畳を蹴り上げ、ずいとササメの眼前に進み出る。強い血の香りだ。

「……だめよ、ササメちゃん」

硬質な鱗に覆われた指先が、そっと刀を握るササメの手に添えられる。

「血が落ちてしまっているわ?よぅく拭かないと、目敏い誰かに追われてしまうわよ」
「……あ、……ああ……!!」

焦りと恐怖の滲んだ表情が、より強く怖れの色に染まる。思わず手放した刀がからん、と地に転がり、空いた両手で血の付着した自らの衣服を覆おうとする。
一歩、二歩とその脚が後退した。

「ごめんなさい、ごめんなさい……!! 私、貴女の前で普通の女のような振りをして、こんな……!!」

「ササメちゃん」

混乱した様子のササメを、壁際まで追い詰めるように、後退されれば前進する。鉄錆にも似た臭いに薔薇の芳香が混じるほど近付いて、何の躊躇いなく、ソウビは血みどろのササメの頬に触れた。

「わたしは貴女のお友達よ。大丈夫。こっちへ来て?」
「……ソ、ソウビさん……」

はぁ、はぁ、と半開きの唇から漏れる吐息。瞳孔の開いた金の眼が、恐る恐るといった様子でソウビの顔を映す。
多少は落ち着いたのか周囲を見回すと、背後から小さく、何かを怖れているような話し声と足音が聞こえてきた。

「……あら、あら……」

物音を聞き付けたソウビは、やはりおっとりと小首を傾げた。傷ひとつ負った様子がないのに、頭から血を被っている────つまり何者かの血を大量に浴びたササメと連れ立っている態度にしては、緩慢すぎるようだった。
その調子のまま、ササメが取り落とした刀を拾い上げる。

「これは……大事なものかしら?」
「……そ、それは……」

唇を開きかけるが、また口を閉ざす。それを2・3度繰り返して。
肯定したくはないが、否定もまたできない────泳ぐ目線と眉を下げた表情が、言葉の代わりに答えを返した。

「うふふ。それじゃあ、だめね」

ササメに微笑んでみせると、ソウビは臆面なく、既に汚れてしまっていたササメの衣服に刀身を滑らせ、血を拭き取ってしまった。流れる動作で鞘に入れてしまうと、さらりと金属が擦れ合う独特の音がする。

「跡になるのもそうだけれど……錆びてしまっては勿体ないわ。とっても綺麗な刀だもの」

それから、惜しそうに、声の聞こえる裏路地の向こう側を見やってから、先立って一歩駆ける。

「さあ。鬼に捕まってしまわないうちに」
「…………あ、あ…………」

血に濡れた自らの衣服と、鞘に収まった刀を交互に見て、押されるようによろよろとソウビの後を追う。
その姿は細雪のように弱弱しく、鋭く煌く刀にはとてもそぐわないものだった。
複数人の足音と話し声を背に、再びヒールの靴音が裏路地に響く。
今にも掻き消えてしまいそうなササメの手に、ソウビはそっと指を絡めて、引いた。あまりここいらの土地には詳しくないが、人気のない方を選んでいけば、まず目につかない。見られたとしても────

運が良かったか、勘が良かったのか、路地裏を走り抜けた先は全くの無人だ。足音も遠くに紛れてしまっていた。
影にササメを座らせると、ソウビはそっと辺りを窺う。

「…………うふふ。良かった」
「……ソ、ソウビさん、貴女は……」

ぺたん、と床に座り込み、両手を身体の前について、荒く吐息を漏らしながらソウビを見上げる。
片手を上げ、やや乱れた衣服に付着した血を人差し指ですくって。

「……人斬りを、匿うのですか……」
「あら。そうしない方が良かったかしら?」

薔薇色の瞳を細めて微笑みながら、ソウビはしきりに辺りを見渡している。やはり緊張感に欠ける、のんびりとした動作だ。その視線は、裁縫師ギルドが廃棄した布切れの束に留まって、採寸の間違った大振りの布を当然のように引っ張り出してくる。

「わたし、ササメちゃんは理由なしに人を斬れない人と思っているのだけど」
「……買い被りです。私は人斬り…… ……最初から、そういうものだったんです」

手持ち無沙汰に乱れた衣服を片手で直し、微かに覗いていた下着を隠す。
血がべったりと付着したてのひらを開き、それを金色の眼が冷たく見下ろした。

「もう、斬らないと決めたのに……そのために、このエオルゼアに来たのに…… ……でも、だめでした。我慢して、受け入れようとしたのに…… 気付いたら、私……刀を握っていて……」

ぽつぽつと溢すように続けるササメに、ソウビは柔らかく目を細める。

「斬らないと決めていたのに、覆してしまうほど、嫌なことがあったのね?例えば……」

ササメの頭から布を被せてやると、呼気が混じるほど、角の先が触れあいそうなほど唇を近付けて。

「怖い男の人に、無理矢理暴かれそうになったとか」

被せられた布をぎゅ、と両手で握り、目の前まで迫った薔薇色の瞳と目線を交える。やがていたたまれなく逸らした眼を閉じて、自らを暴かれるような感覚に眉を下げた。

「……殺人者は、殺人者です。サファイアアベニューを避けて、あの通りに入った私が悪いのですし……」

布を深く被り、微かに上目を覗かせ、遠慮気味に唇を開く。

「……ソウビさん、今ならまだ間に合います。私は、此処にいますから…… 他人の振りをして、人通りのある場所まで行ってください。また、大きな恩ができてしまいましたけど…… いつか、きっとお返ししますから……」

逸らされた目線を無理に追うことなく、ソウビはくすくすと喉の奥で笑う。こんなにも腰の低い女性が、むせかえるほどの鮮血を浴びるほどに斬りつけるとは、誰も考えないだろう。
やがてこちらに、遠慮がちに向けられたササメの上目に、ソウビは甘く笑った。

「いやぁよ」
「……ど、どうして……」

一瞬だけ目を見開いて、ぎゅ、と再び両手で布を掴む。
いやいやと横に首を振って、微かに覗く瞳が懇願するようにじっとソウビを見つめる。

「お、お願いします…… 恩人を、巻き込みたくないんです……」
「うふふ。恩人……それも素敵だけど、わたしはやっぱりササメちゃんの“おともだち”が良いわ」

ササメに肩を寄せると、傍らに無造作に置かれた刀をするりと撫でる。素人目にも業物と分かるそれは、ササメの指に握られれば、どんな風に踊るのだろう。
ソウビが、不必要に縮めた距離で浮かべたのは、親愛とも愉悦ともつかない、白蛇のような笑みだった。

「わたしはね……あなたが人斬りなら、とっても都合が良いと思っているのよ」

迫るソウビの微笑、艶かしさと美しさを備えたそれに、思わず吐息を零す。それでいて逸らしたり後退したりはせず、むしろ自らも無意識に指を寄せて。

「…………どういうこと、ですか…………?」
「価値観が近いから」

何事もないようにソウビは言い放つ。俄に、微かに輝きを増したようなササメの金色の瞳を、深く覗き込む。

「わたしの獲物は、人に限らないけれど。肉を貫く感触も、浴びる血の熱さも、光を失う目も……ふふ、ねえ、ササメちゃん。あなたも知っているでしょう?」

寄せられた指に、爪先が絡む。

「興奮、高揚、快感、全能感……はしたなくって、気持ちいいわよね?……それを隠さなくっちゃいけない寂しさも、わたしたちきっと同じだわ」

「…………!」

まるで信じられないものを見たかのように、金色の眼が見開く。血に濡れた自らの手から血が移る事も忘れ、ソウビの手の甲を指でなぞって。
零れた吐息が、ソウビのそれと交じり合う。ソウビの腕が、脚が、牙が、どこかうっとりとした金の眼に映されていた。

「…………貴女、は…………」

にまり。白蛇が笑った。なぞられた鱗に、血の赤で模様ができる。

「ね。だから、恩なんて感じなくたって良いのよ。わたしは“同族”を見つけて嬉しいの。それだけ」

ソウビも自ら、血の感覚を求めて、よりササメの手に指を絡ませた。ソウビの手は、長物を扱うために、皮膚の硬化した箇所がある。

「ねえ、ササメちゃん。今夜はわたしの部屋に来たら良いわ……砂時計亭に宿をとってるの。湯あみをして、すっかり綺麗にしちゃいましょう?」

甘い蜜で絡めとるような、優しい声でソウビは囁く。

「それから、もっとお話が聞きたいわ。その途中で我慢がならなくなったら…………あたしと、遊んでくれるわよね」
「……ソウビ、さん…………」

酔いしれるように、金色の両目を細める。雑音の存在しない静寂の中、息と息が交じり合う距離でじっと見つめ合う。
血が付着してしまったソウビの手をとり、硬化した皮膚を指で確かめるように撫でながら、血に濡れた手の甲の鱗に唇を近付け────そっと、掠めるように舌を這わせた。
白い鱗についた血を舐めとって、ゆっくりと顔を上げる。まるで甘い蜜に溺れているような、その表情を。

「…………私で、良ければ。 もうずっと、お世話になってしまっていますけど」

舌先が触れる瞬間、うなじの産毛が逆立つ感覚が走る。知らず熱い息を漏らして、ソウビはササメの唇を指でなぞる。

「気にしないでって言ってるのに。ふふ、ほら……行きましょう?大丈夫、お部屋に入るまで、そうしていたらバレないわ」

ササメ被せた布を直しながら、自分のものとはかたちの違う角を撫でていく。悩ましく誘う、甘い手つきで。

「んっ……。……あはは…… ……ありがとうございます、ソウビさん」

ようやく、普段通りの笑顔を見せて────その全身は返り血に汚れたままだが────立ち上がる。
ソウビの指が触れた唇を指でなぞり返して、隣に寄り添った。

「難民の振りをすれば、そこまで目立たないと思いますし…… クイックサンドの受付とは知り合いですから、きっと大丈夫です。……さぁ、一緒に行きましょう?」
「ええ。今宵はきっと、楽しくって長い夜になるわ」

ササメの笑顔に、ソウビもいつも通りのおっとりした微笑を向けた。年相応にはしゃぐ、娘のように声を弾ませて。
互いの指を布の下で絡め、二人のアウラは寄り添いクイックサンドに向かう。微かに壁に残された血痕は、酸化して黒ずみ、やがて目立たぬ染みとなっていった。

  • 最終更新:2018-06-28 11:35:06

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