20180702

ウルダハは今日も暑い。石造りの壁と石畳に、強い陽光が反射して、光輝く富の都の様相だ。
風通しのよく、動きやすい衣装を纏うゾーイは、麝香の気配を風下に送りながら、機嫌よくサファイアアベニューを歩いていた。
先日フリーカンパニーに籍を置くこととなったため、宛がわれた部屋に置く調度品を見繕いにきたのだ。
家具はグリダニアの木製のものが好ましいが、絨毯などの織物は、やはりウルダハのものが良い。
鼻唄など口ずさむ、羽のように軽い足取りの美女は、知らず開かれた雑踏の中を進んでいく。

「……お待ちなさい、そこな行くお方」

そんなゾーイに声を掛ける者があった。
陽炎立つウルダハの街中で分厚いローブを着込み、深々とフードを被っているその姿は、言うまでもなく怪しい。

「良くない相が出ておりまする……。ひとつ占って進ぜましょうか」

僅かに見える口元から、もそもそと不吉な言葉が紡がれる。

「うん?」

自分を呼び止めているらしいローブの人物に、ゾーイは何の疑いもなさそうな顔を向けた。
声質からして、どうやら男だ。しかも若い。紅を塗った唇をにまりと釣り上げると、ローブの中身を覗き込もうと男の前にしゃがみこんだ。

「占いねぇ、少し懐かしい響きだ。どれ、やってもらおうじゃないか?」
「よろしい……それでは」

碌にゾーイの方を見もしないまま、ローブの男は懐から拳大の水晶玉を取り出すと、そのままブツブツと何やら唱え始めた。

「めんどらー、めんどらー……ごーら、ごら………見えてきました……近いうち、あなたに禍が訪れます……おお!何と恐ろしい……」

石畳の上の水晶だけを見つめるように俯いたまま、次々とおどろおどろしい台詞を吐く。
それを煽るように、手指をわきわきとうねらせて。

手指の動きを眺めながら、ゾーイはおかしそうに笑んで、しかし声音だけは怯えたように繕って。

「禍!ああ、なんてことだ……私はどうすれば良いんだい、占い師さん?」
「フフフ……ご安心召されよ。そんなアナタの様な方の為に、準備しているモノがあるのでス」

トントン拍子に話が進んで気が緩んだのか、繕いが甘くなっているのに本人は気付いていない。
蠢いていた指がローブの裾をふわりと持ち上げると、現れたのは怪しげな文字のようなものが書き込まれた札だった。

「この護符を身につけなされ……さすれば、あらゆる禍から、アナタを────」

ここぞとばかりにフードの奥から現れた営業スマイル。
本日のカモの姿を確認して、その男……クイはそのまま固まった。

硬直した男の眼前で、女神じみたかんばせが、にっこりと笑った。

「なるほどぉ。是非一枚頂きたいけれど……あいにく持ち合わせがなくってね?」

何やら楽しそうな笑顔のまま、ゾーイは石畳の上に置かれたままだった水晶を取り上げた。その透明ごしに、ローブの男を────いつぞや出会った、詐欺師の青年を見つめた。深い緑の瞳が光る。

「今日これからの君の運命を予言してあげよう。それで交換といこうじゃないか」

「……え、えート。お代は結構でス」

楽しそうな女神の笑みに、営業スマイルの口角を引きつらせながら護符を一枚ちぎり取る。

ゾーイの眼前に差し出されたそれが、安っぽくひらりと揺れて。

「……さー、どうぞ?サービスでス。なので」

そこまで言うと、更に引きつった顔になったクイは「しーーーーー」と人差し指を立てた。

「あっはっはっはそう怯えないでおくれよ、悪いようにはしないから」

差し出された護符もどきを受け取ると思われた右手が、意外な力強さでクイの手を掴んだ。左の手では相変わらず、水晶(であるのかすら怪しい透明の石)を弄んでいる。

「ふんふん。年の頃は20かそこら。遠いところから来たんだね?……何か武道をやってるな、剣とか槍に近いかな?」

ゾーイの「占い」にクイは黙りこくっていたが、掴まれた指先が焦りを表す様に宙を掻いている。
その両目は警戒する様にくるくると周囲を見渡して。

「……ナンのつもりでスか?アレでスか?僕を捕えに来ましタカ?」

焦るクイに、ゾーイはますます笑みを深める。水晶ごしの顔を寄せると、麝香の香りも近付いた。

「残念なことに、このままでは君の予想した通りのことが起きるね。私が渾身の力で叫び、君は駆け付けた不滅隊に突き出され、身柄を拘束されてしまう」

────と、ここでクイの手が不意に解放される。自由になった指先に、そっと水晶を返しながら、ゾーイは小首を傾げる。

「しかし、それを回避するまじないがある。知りたいかい?」
「まじない……」

受け取った水晶──もちろん偽物だが──を覗き込むと、逆さまの女神の微笑みが見える。

「……こんなとこで厄介事は嫌でス。どーしたらイイですカ」

諦めたように項垂れると、はあー、と長い溜息を一つ吐いて。
クイの返答を待ちかねたと言わんばかりに、ゾーイは破顔した。

「私と酒を飲む!」

「………。……はあー??」

思わず拍子抜けしたような、間抜けな声を上げた。

「……本気でスか?それ」
「本気本気。ほんとほんと。美女と一緒に酒が飲めるなんて、ツキが回ってきそうじゃないか?」

ぴょんと跳ねるように身軽に立ち上がると、さあ付いてこいとクイの腕を引っ張る。

「クイックサンドで良いかな?人が多いとこだと君はまずいかな?」
「え、えぇー?困りまス……困りませンケド困りマス!」

ゾーイの真意が読めないまま、腕を引かれるまま立ち上がる。その弾みで懐からインチキ護符の束が落ちた。

「あ、ああ!ゴフ……」

ウルダハの熱い風に吹かれ、護符がひらひらと散っていく。

「あっはっはっは!どうせ、草乾かした安い紙に自分で書いたんだろ?くれてやれくれてやれ!」

からから大笑いしながら、ゾーイはクイの手を引いてずんずん歩き出した。彼が困ると言うので行き先を変える、こともしないらしい。

「あー、完全に口の気分がクイックサンドになってきた。あそこのエールが妙に美味しいんだよね、さすが金持ちの都」
「……あーもう、待って、待ってくだサイ!モウ!」

商売道具を隠す必要もなくなったのか、ただ自棄になったのか、羽織っていた分厚いローブを脱ぎ捨てながら。
ずんずんと進むゾーイに引かれるまま、大人しくその後に着いてきてしまった。

颯爽とクイックサンドに足を踏み入れれば、おそらく馴染んだ人物なのだろうゾーイに、顔役のモモディが手を振った。適当な椅子にクイを座らせると、自分はそのすぐ横の席に腰を下ろす。
机の上に両肘をついて、やっと露になった青年の顔を覗く。

「そういえば自己紹介をしたんだっけ?私はゾーイ、しがない詩人さ」

周囲の冒険者やモモディを居心地悪そうに眺めつつ、勧められるまま席に着いた。
不意に名乗ったゾーイを見ると、改めてにまりと笑顔を浮かべて。

「ゾーイサン、デスか。コレはコレは、ご丁寧に、どうも」

名乗らないまま深々と頭を下げた。ここまで来て、未だに自分の素性は誤魔化すつもりのようだ。

頑なな様子の青年に、ゾーイはやはり気分を害した様子もなく笑っているだけだ。
近くに来た店員にエールを頼むと、黒曜石のような瞳を眺めて。

「何か飲むだろう?詐欺師のボク?」

わざとらしく、少し声を張った。

「まぁあああああああ!!!」

ゾーイの言葉尻に被せるようにして奇声を上げると、周囲の人々が一斉にこちらへ視線を向ける。それを愛想笑いで躱すと、改めてゾーイを引きつった顔で見た。

「……クイでス。クイ・イスミ」
「クイか。良い名前だね!響きは東方のものかな」

恨めしげに引きつったクイの表情を、どこ吹く風で微笑ましく見つめるゾーイ。

「それじゃあ改めて、クイは何を飲む?……あれ、酒は飲めるのかい?」
「飲めまス。そういうノには慣れてマスから」

悪びれる素振りも見せないゾーイに抗うのを諦めたのか、椅子の背もたれに深く身を預けて。

「あまり種類は知りませン、けど。お姉サンよりかはきっと強いと思いまス」
「おー?言ったな、生意気に!」

とりあえずエールを2つ、と店員に注文して、ゾーイは身を乗り出す。机の上に豊満な胸部が乗った。

「こちらの方の酒は詳しくないってことかな?じゃあまずはエールさ、今日みたいに暑い日に飲むのが最高」

はしゃぐ子供のように上機嫌で、酒の次はつまみだと、メニューをあれこれめくり始める。

「……」

楽しそうなゾーイを見て、気が抜けたように苦笑する。逃亡は諦め、彼女に付き合う事に決めたようだ。

「……言っておきまスけど僕、あんまりおカネ持ってないデスからネ?……誰かサンに商売の邪魔をされたバッカリに」
「おや、それは悪いことをしたね?」

そんなことは微塵も思っていないだろう朗らかな笑顔で、ゾーイは言ってのけた。

「安心するといいさ、自分で口説いた年下の男の子に金を出させるなんて野暮はしないよ。どーんとお姉さんに任せたまえ!」

それから、運ばれてきた二人ぶんのエールを店員から受け取って、泡の少ない方をクイに渡す。高く杯を掲げて。

「さあ、乾杯しよう。二回も騙しから始まった出会いにね!」
「騙っ………も、モウ!」

渾身の嫌味も躱された上に完全な子供扱いで思う所はあったが、やはり諦めたように杯を掲げて。

「……ハイ。このおかしな星の巡りに、乾杯」
「ふふっ」

ぐいとエールを煽った口で、思わずと言ったように笑う。唇の上についた泡を、行儀悪く舌で舐めた。

「なかなか洒落た言い回しもできるじゃないか。こっちに来てからもう長いのかい?」

ゾーイにつられるように、クイもぐっとエールを煽る。
先程まで分厚いローブに包まれて熱くなっていた身体に、良く冷えたエールが沁み込んでいく。

「……かふ」

杯の半分ほどを一気に流し込んだところで一息つき。

「そう、でスね……もう、何年になるノカ……」

言いつつ、もたもたと指折り数える。

「あは、良い飲みっぷり!」

囃しながら、自分もクイと同量飲み進めた。ここで飲むエールは苦味に独特の香りがあって、ゾーイのお気に入りだ。
クイの指を眺めながら、片手がぺらりとメニューをめくる。

「ふぅん。その間、ずーっとあんなチャチな商売を?」
「チャチ……まあ、ソウですネ……」

再びエールを煽ると、ひく、とクイの身体が揺れた。
何か思い出そうとして、視線が左右に揺れる。

「薬売りに、占い師に……。アトは、装飾品も売ったり。着けてるだけで大金持ちにナレマス、って」
「よくやるなあ。まあ、色々な商人がいるウルダハだからこそ出来る技だ」

早速酔いが回り始めたらしいクイを、ゾーイはよく観察してみる。今よりずっと幼い時に、単身でエオルゼアにやってきたらしい青年。何故とか何のためにとか、話題としては事欠かない。

「……君だったら、商売より、うんと儲けられる仕事があると思うのにな。例えば……」

地神ノフィカに愛された、深緑の眸がにまりと細められる。

「用心棒とか、傭兵とか。そういうのには興味がない?」

「ヨージンボー。ヨーヘー」

んんー、と唸りながら。その手はゾーイの死角で無意識に、羽織ったコートの下の得物に添えられる。

「……争ったりトカそういうノ、アンマリ好きじゃありまセン」
「ふふ、そう?」

メニュー上の文字を何となしになぞりながら、ゾーイは空になった杯を振った。彼女の飲みっぷりには慣れっこなのだろう、機敏な様子の店員が、さっさと杯を持っていって、並々とエールを満たして戻ってきてくれた。

「それじゃあしょうがないか。あ、大道芸とかは?やってみると快感だぞぉ」
「そっちの方が楽しそうでス。旅芸人とカ」

言いつつ残りのエールを飲み干すと、ゾーイのついでにと店員が杯を満たしていく。それをまた、一気に中程まで煽って。

「けふっ。ひっく。うまっ……うまいでス」
「うまいだろー!エールは地方によって味が違うんだ。ラノシア地方のものが有名だけど、私はここのエールがいっとう好きさ」

ほろりと酔った頬が薄く色付いて、仕草が緩慢になる。酒の進む様子に、ゾーイも負けじとエールを含んだ。

「……ふはぁ。芸をしながら旅をしたら、あちこちで酒が飲めるぞぅ」
「そんな暮らしモ、良いかも知れないですケドねえ……」

杯を一旦置き、長い溜息を吐く。ゾーイに比べて幾らか赤みの強くなった顔が、へへ、と笑みを浮かべて。

「僕、運動神経がニブイんデス。それでもデキマスかね?」

その、赤ら顔の笑みが、あどけない幼子のように見えた。ゾーイが表情を取り落としたのは一瞬で、クイの言葉を肯定するようにすぐさま笑顔になる。

「出来るとも。芸というのは多種多様だからね。天にかけた梯子を登るも、傘で枡を転がすも……私のように歌うのも」

整えた爪先で杯を弾くと、ちりん、と鈴のような音が鳴った。

「ふふ。君は、どんなことがしてみたいんだい?」
「そうでスねぇ………歌もイイですケド」

そう言いつつ、ふと考え込んで。

「命をかけてみたいでス」

再び顔を上げたクイは、あっけらかんと笑った。

「いのちを?」

あまりに無邪気な様子で言ってのけるクイに、ゾーイは鸚鵡のように言葉を繰り返す。何とも純粋に物騒な。

「……例えば……猛獣を操ってみたりとか?」

じわり、と、目を細めて。

「んん、猛獣かぁ……操る、よりも……」

言わんとしたことを代弁する様に得物を玩ぶ自らの手に気付き、慌ててその手で杯を煽る。
残っていたエールを一気に飲み干し、空になった杯がテーブルに転がった。

「…………。クイ?」

唐突に沈黙した青年に、まるで寝付いた子供を起こさぬようにと足を忍ばせるような、そんな調子で声をかける。

「……操るよりモ、僕が先に食べられチャいそうでス!だからダメですネ、あはは」

先程と同じ調子で笑って見せると、転がった杯を掲げて。

「もう一杯飲んでもイイですカ、ゾーイ?もう頼んじゃいマシたけど!」

すっかり気が緩んだ様子の、それでいて領域は頑なに守り続けているクイを、ゾーイが見ていた。すっかりエールが気に入ったらしい彼に、ふと、同じ年頃の誰かを思い出す。今度はゾーイが、何かを誤魔化すように髪を振る番だった。

「もちろん!好きなだけ飲むと良いさ。肴も何か頼もう?」
「確か二、何か食べタイでス……一気に二杯も飲んだから……すごく気持ちがよくテ」

ゾーイの様子に気付く事もなく、なみなみ注がれた三杯目のエールに口をつけた。
徐々に余韻の表し方も乱れていく。

「けふ……っかぁああああ!!んま……」
「あはは!私より飲めるとか言ってたのはどこの口かな~~~?」

からかうように笑いながら、自身も三杯目を頼む頃には、すっかりいつもの調子だ。ザナラーンの天日に干された果物や、厚切りの肉、香辛料がふんだんに使われた料理など、楽しそうに頼む。

「まだまだ時間はあるからね。楽しませてくれよ、クイ?」
「……モチロン!僕はまだまだイケマスよ、ゾーイ!」

次々と並ぶ肴に目を爛々と輝かせながら、変わらないペースでエールを流し込んでいく。

散々飲み食いした挙句、すっかり酔い潰れた二人が砂時計亭の一室に放り込まれたのは、その日の夜更けの事であった。

  • 最終更新:2018-07-04 21:21:02

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