20180716
森の都グリダニアには、真昼の穏やかな陽光が降り注いでいた。商店街から少し歩く場所に位置する、工芸「フェン・イル」。革細工の最高峰と名高いその工芸店の近くには、革細工ギルドが併設されていた。
新市街地から、ギルドを目指して真っ直ぐ歩いてくるのは、赤毛のミコッテだ。少女といって差し支えないような面立ちをしている。
緑色の大きな目をくるくると巡らせて、陽光で熱くなった頭のてっぺんや尻尾の先を楽しんでいる。
フェン・イルの前には一台のチョコボキャリッジが止まっていて、屈強な男達が次々と荷を下ろし、房内へ運びこんでいた。
「トロトロやってんなよ、日暮れまでに終わらねえぞ!」
白い髭を蓄えた初老の、親方らしき男が檄を飛ばした。男達はそれに反応して「押忍」と声を揃えつつ、作業の速度を上げる。
赤毛のミコッテの視線が、ふとそちらに向いた。親方の姿に、ぴょんと長毛の生え揃った尻尾を跳ねさせて、人懐っこく寄っていく。
「よう、セルヴァの親父!まぁた若いのコキ使ってんのか?」
仕事中に突然声を掛けられた親方はむっとしてそちらへ視線を向けたが、相手を確認した途端朗らかに破顔した。
「……おう、タニャか!久しぶりだな。革細工ギルドに用があるんなら、良いタイミングだぜ」
言いながら、傍の荷をばしばしと叩いて見せる。
「やった!ちょうど仕事で使う革ァ探しに来てさ。マイセンタも人使いが荒いったら……」
親方に劣らない、威勢の良い口ぶりで、タニャと呼ばれたミコッテはからりと笑顔を見せた。セルヴァは顔見知りの商人だ。金さえ出せば、きちんと質の良いものを自分にも売ってくれる。本来グリダニアの人間でないタニャは、よく嫌がらせをされたもので、セルヴァのように分け隔てない人間は有り難かった。
親方が叩くにつられて、箱の中身を覗こうとちょろちょろ歩み寄る。
「荷が崩れますよ」
苦笑交じりの穏やかな声。
その主は親方に叩かれた荷を持ち上げようとしたところで、寄ってきたタニャに気付き、そちらに目を向ける。
突然聞こえたように思えた男声に、タニャも丸い瞳を上げた。思いの外、近い距離で視線が重なる。
頬の傷。赤く染まったところのある髪と、どうにも鋭い眼光。
タニャの視界に入ったのは、どうも堅気と思えないような見た目の、しかもやたらと上背のある男で、先程まで人懐っこくしていた顔が徐々に険しくなる。
「……親父ィ。何だこいつ」
目の前のミコッテの少女に目が合った途端悪態を吐かれ、男は戸惑うように苦笑いした。
「あー……えぇと?」
「気にすんなロッソ!この娘は上客でなぁ」
「……そうでしたか。毎度どうも」
親方の言葉を聞き、ロッソと呼ばれた男は改めてタニャに頭を下げると、荷運びに戻る。
「ずいぶん柄の悪ィの使ってんじゃねーか?どうしたんだよ、コレ」
顔つきの鋭さに警戒でもしているのか、タニャは荷運びに戻った男の後ろをついて、うろうろと目を覗き込もうとする。
「柄の悪い……?」
お互い様では、と口にしそうになったが何とか堪える。そのままタニャに構わないように荷を持ち上げて。
「おうコラ。ガンくれといて、どうも、じゃねーぞコラ」
「……あの、困ります。邪魔をされると」
絡まれていても、やはり穏やかな口調で。
「あんだぁー?柄も悪けりゃノリも悪ぃのかよ」
失礼な、と言わんばかりに尻尾の毛を逆立てて、なおもタニャはロッソの背に張り付いている。彼の仕事ぶりを見張っているつもりだ。
「お前何処のモンだよ。親父に取り入って何かしようってヤツじゃーねぇだろうな」
「参ったな、働きたいだけなんだけど……」
作業の手は止めないまま、ロッソが再度親方を見る。
「タニャ、新入りをいじめねぇでやってくれや。それより商品見て行けよ」
ようやく見かねた親方がタニャの気を紛らわせようとして。
「いじめてねーよ!こいつがのらくらするから!」
がう、と唇をめくれば、ムーンキーパー特有の鋭い犬歯が見えた。
「おい、ロッソ!荷をいくつか開けてやれ」
納得はしていないようだが、とりあえずセルヴァ一行の新入りというのは間違いないのだ。ロッソが運んだ荷の隣にしゃがみこんで、タニャはぺしぺしと尻尾の先で箱を叩く。
「親父に免じて、まあこれ以上は言わないでやるけどな。ほらー、開けろよー」
「納品数が足らなくなりますよ……やれやれ」
「どうせ納品したあとアタシが買うんだから、同じ同じ」
親方の言葉に小さく頷くと、仕方ないといった様子で箱を開く。
「どうぞ。ギルドで扱う商品だから、品質は問題ないと思うけど」
尚も生意気な態度のタニャに対して、何とか口角を上げて笑顔を作る。
不遜な態度の割りに、箱の縁に両手を揃えて中を覗き込む様子は、利口な猫のようにも見えた。猪から取れる生皮や、蛇の革、様々に素材が詰まっていて、それを眺めるタニャの目もだんだん楽しそうに輝いていった。
「ふーん……今日も良いの入れてきたなぁ。これ欲しいな……これも……」
荷をいくつか開いてやって、親方に「これでいいのか」と目配せする。彼が頷くのを見、ようやく荷運びに戻ろうとして。
「では、俺はこれで。気が済んだら言って下さい」
楽しそうなタニャを見て、ふと安堵の笑みがこぼれた。
「うん!」
機嫌が良くなったのか、元気に返事をして顔を上げる。と、その過程でロッソの手が目に入った。木の箱を運ぶ手。
「待ちな、ちょっと」
タニャの手が、さっとロッソの袖を掴む。少女の手にしては、荒れてかさついた手だ。
危なく木箱を取り落としそうになったが、すんでの所でバランスを取り直す。
「っ、とと……危ないよ?」
その表情と声色は穏やかなままだが、僅かに焦りが感じられた。
「……まだ何か?不良品でもあったかな」
とりあえず木箱を置け、と指で示してから、ぺたぺたとロッソの手を握る。何かを探る手つきだ。測っているような、なぞっているような。
突然の行為の理由が分からず、ロッソは呆気に取られて。
「……うん……大丈夫かな」
気が済んだらしいタニャは、自分の鞄の中から、革製のミトンを取り出してロッソに押し付ける。飾りなどはないシンプルなものだが、丁寧に仕上げられた丈夫なものだ。
「トゲだの釘だの刺さったら商売になんねぇだろ?新入りならもっと気ィつかいな」
「ん……え、俺に?」
抱えていた木箱を一旦降ろすとミトンを手に取った。しっかりとした出来に、ほう、と声を上げる。
「……でも、碌に礼も出来ないんだけど」
「そりゃ、ボロ着てるとこで持ち合わせなんかないのは分かるよ!」
可笑しそうに口角を上げれば、やはり犬歯が覗く。
「親父だって、荷物運ばせてるときに怪我したなんていったら気にするだろ。お前も……」
改めて、タニャの緑色の目がロッソを無遠慮に眺める。真っ直ぐ、射抜くような視線だ。
「……見た目よりはぼんやりしてる奴みたいだし。疑うようなこと言って悪かったな」
「ぼんやり……」
そこだけ繰り返して苦笑する。
どのような見た目に見えているかは気になったが、その視線と言葉の真っ直ぐさに、不遜な印象は大分和らいだ。
「……では、ありがたく使わせてもらいます。ありがとう」
ミトンを早速付けてみると、良く手に馴染む。
ふと親方を見ると、「そういう娘なんだ」と言わんばかりに、楽しそうに笑っている。
「おう!」
人懐っこく笑ってから、楽しそうなセルヴァ親方をちらりとだけ見て、ロッソに顔を寄せた。口周りに手を添えて、内緒話でもするように。
「……アタシ、ここらじゃはぐれ者でさ。散々やりあったもんだから、お前みたいに何かやってそうなの見ると、つい気が立っちまって。……親父にはその頃からずいぶん世話になったんだ。裏切らないでやってくれよな」
明るい陽光に、タニャの大きな目がにんまりと輝く。
彼女についても自分への評価についても気になる所はあったが、親方への心遣いは確かなようだった。
それに黙って微笑むと、一つ頷いて。
「勿論。俺も親方には大恩があるから……」
「くるぁああロッソ!テメェいつまで油売ってやがる!!」
と、そこで丁度、親方の怒号が飛んだ。
「おっ。怒られてんぞ新入り!行ってきな行ってきな!」
引き留め続けたのはタニャの方だったのだが、自分はまったく関係ないとでもいうような顔つきで、からから笑いながらロッソの背を押し出す。
それから、赤い尾で軌跡を残しながら、くるりと踵を返して親方のもとに走っていった。
「親父ー!今日のやつも納品前に予約させろよー!あのボアの皮がさ……、」
なつっこい声が遠ざかる。
慌てて木箱を抱え直すと、嵐の様に現れ、去っていったタニャの背を眺める。
仲間たちからの羨ましげな視線を感じ、それにもまた僅かに苦笑して。
「……やれやれ……」
まだまだ仕事は残っている。気を取り直す様に一つ深呼吸して、ミトンの中でその手に力を込めた。
- 最終更新:2018-07-17 15:37:16