20180728

ザナラーンの砂地と黒衣森を繋ぐ、ウェルイック森林。その中を、チョコボキャリッジが3台、隊列を組んで忙しなく走っていく。
商人セルヴァが率いる商隊は、砂の都であり商売の都であるウルダハを目指して、グリダニアを出発した。日も傾いてきた時分、道の先にはひとまずの目的地であるハイブリッジが見え始めている。この辺りはアマルジャ族が徘徊していることもあって、チョコボの足を急がせているのだった。
そんなキャリッジの1台から、ピンと伸びた赤毛の耳が飛び出した。辺りを警戒するように緑色の目を光らせるタニャは、ウルダハまで旅するこの商隊の護衛を仰せつかっていた。同乗している下働きの男たちは、ずっと小柄なミコッテの少女の後ろ姿に、物珍しげな、あるいは心苦しげな、さらには花を愛でるような視線を送っている。

その男達の中の一人が、流れていく風景をぼんやりと眺めていた。黒髪の中に僅かに混じった赤い色が、乾いた風に吹かれてなびいている。

黒衣森を抜ければ徐々に緑は減り、砂と大岩の荒野が現れた。ようやく道程の半分、といった所だろうか。
まだまだ先は長い。それを思ってか、その男──ロッソは、退屈そうに溜息をついた。

その溜め息を耳敏く聞き付けて、タニャはぐるりと視線を背後に向けた。同時に、それまでタニャのくねる尾など見ていた男たちの視線が一斉に逸らされる。俄に巻き起こったそよ風に、タニャは首を傾げて。

「何だよ。緊張感ねぇなあ」

そのままロッソににじり寄った。わざわざ側に腰かけると、腰に据えた細剣が音を立てる。

「……そう?そう見えるかな」

傍へ来たタニャを笑顔で迎えつつ、乱れた前髪を撫でる。何となしに一瞬、彼女の細剣を目で追って。

「まあ、俺達は荷運びだからね。君を頼りにしてるって事さ」

ロッソのその言葉に、周囲の男達も改めて色々な意味を込めた視線をタニャへ向ける。

「どーだか。アタシみたいなのに喧嘩任せらんねぇと思ってるやつもいるんじゃねぇか?」

鼻息とともに吹き出したタニャの言葉は、意外なほどさっぱりした調子だった。ロッソの横で胡座をかくと、警戒するように耳の先を跳ねさせながらも、暇潰しにと革細工を始める。揺れるキャリッジの中でもあまり精度が変わらない器用な手は、少女らしくなく荒れているものの、傭兵としては綺麗なものだ。

「アタシは背が伸びなかったし、女だしな。見た目でばっちり信用されるルガディンなら違ぇんだろーけど」
「そんな事は……」

言いつつ周りの男達を見れば、確かに彼女に対する信頼よりも、戸惑いやからかいの気を感じる。
それを確認してから気まずそうにタニャに目を向けるが、彼女自身はそれを気にしていない様で、ほっと一息ついた。

「でも、きっと君は腕がいいんだろうね。俺はその……そういうのはよく判らないけれど」

言い淀んだように見えたロッソに、タニャは大きな目を向ける。それが笑みの形に細くなって、くしゃりと破顔した。

「いーんだよ、下手な気使わなくて!」

タニャは気安く、自分の得物を撫でる。

「まあ、そこらの奴よりは戦えるさ。それも、何かありゃ分かるだろ……なんもないのが一番だけどな」

それから革を縫い合わせる作業を再開しようとして、まじまじとロッソを見上げて。

「マジに何もやってねぇのか?堅気の顔じゃーねぇぞお前」
「この間から酷い言われようだな……そんなに酷い顔かい?」

苦笑しながら、徐に自分の顔を撫でた。右頬に走る切り傷。その逆側には痣とも傷とも見える、大きな痕がある。

「……君にはどう見えているか分からないが、それでも俺はただの荷運び。君はそんなに可愛らしいなりでも、隊商の護衛を務めるほどの腕前だ。人は見た目によらないって事さ」

ロッソの傷を見上げていた大きな瞳が、驚いてぱちぱちと瞬いた。それから、不意にタニャの目元が赤くなる。血色が頬まで広がって、そんな表情を隠すように顔を逸らす。

「そ、そういう言い方さらっとすんなよ。やっぱり食えねえ奴だな!」

タニャの意外な反応に、ほう、と目を細めて。逸らされた顔を覗き込もうと身構えた、その時だった。

先頭を走っていたキャリッジが急に減速し、それに続いていた二台があわや激突という所で脇に逸れ、何とか停止する。
先頭からセルヴァ親方の怒号が聞こえてくると同時に、何処ぞから放たれた幾本もの矢がキャリッジへ突き立った。

急停止を感じたタニャは素早かった。とん、と一度キャリッジを踏む音が聞こえて、気付けばもう外に飛び出している。続く矢の嵐を細剣で薙げば、巻き起こるのは風と雷だ。炎のような尾が軌跡となる。

「……アマルジャ!!」

タニャが吠えた。きつく眦を釣り上げた目は、巨大な蜥蜴のような蛮族を捉えている。数はわからないが、弓兵の後ろから続々と闘士やら魔術師やらが出てきているのを見ると、決して小さな軍勢ではない。
商隊の行く手を阻むアマルジャ族の兵に、魔術で生成されたつぶてが跳ぶ。それは着弾すれば
2つにも3つにも、百にも万にも分裂して炸裂する。道を作るなどたやすい、赤魔法の一種だ。

「親父ィ!!車輪が無事なら行きな!!」

幌に突き刺さった矢以外に大した被害は無かったようで、親方の乗った先頭のキャリッジはゆっくり走り始めた。

「……タニャ、頼んだぜ!野郎共急げ!」

親方の檄に反応する様に二台めも問題なく走り出し、後に続く。

が、タニャ達の乗っていた三台めが路を外れた際に岩に乗り上げ、車輪を破損してしまっていた。
一緒に乗っていた男達はキャリッジが動けないと分かるや、各々ハンマーや手斧など、道具を手にしてタニャに続こうとする。

「馬鹿ども!!キャリッジから出るんじゃねぇ!!」

獣の雄叫びがごとき声音で、タニャが吠える。アマルジャ族は冒険者でも手に余るような、武勇に優れる蛮族なのだ。素人が自棄を起こしたところで歯が立つ相手ではない。

「元気があるなら何とか車輪直しな!できねぇなら……体丸めてちょっと待ってろ!!」

そうして、無闇に逃げさせるのも、守る対象が分散して良くない。このキャリッジ一台のみなら、何とか。先行した商隊がハイブリッジに着けば、おそらくセルヴァが不滅隊に通報してくれるだろう。

「お前らは親方の手足だもんな。矢の一本も通さねえ、安心しな!」

タニャの力を目の当たりにした男達は躊躇いつつも、その言葉に従うように彼女の背後へ下がる。

「優秀な戦士が在るか。小癪な」

そこへ新たに現れたのは、他のアマルジャよりも図体の大きな戦士であった。
タニャの姿を見るや、ずし、ずしと悠々と歩み寄ってくる。手にした大斧ががりがりと地を削り、砂を跳ね散らすのが見える。

首を曲げて見上げるほどの巨体に、タニャは舌打ちした。おそらくはこいつが頭目だ。叩いて屠ればこの軍勢も散らせるだろうが────矢も魔術もあるアマルジャ。この一際手強い相手をしながら、キャリッジを守りきれるのかどうか。

「おう、こちとら小癪どころか癪も癪だっつの。おとなしく此処通すんなら、無事に帰してやるんだけどな?」

細剣を頭目に突きつける。あわよくばこちらに敵意が集中すればいい、そう考えた末の強がりだが。

「此処は我らが聖地と定めた地。退くは貴様らと心得よ」

頭目は大斧を振り上げると、タニャの頭蓋を叩き割らんと容赦なく振り降ろした。

その状況をよそに、手下のアマルジャ達は物資を奪取しようとキャリッジへ迫る。
男達も覚悟を決め、再び道具を手に立ちはだかる。

頭上に迫る斧を、真後ろに飛び退くことで避けた。非情な刃の先が、髪の先に触れていく。

「こんな薄ら寒いとこにしか住めねぇだけだ、ろッ!!」

キャリッジを襲うアマルジャたちの中心で、光柱が爆ぜる。タニャの剣から発されたエーテルが、周囲の岩ごと蛮族を吹き飛ばした。下働きたちから一時的に蛮族を引き離して、しかしそれはタニャ自身がとれる行動を、着地のみに留めるほかない選択だった。防御体勢を捨てたタニャに、斧の第二撃が迫る。
甘んじて受け止めるならば。
左腕で急所を隠したタニャが、訪れるだろう衝撃に耐えるため唇を噛み締めた時だった。

「危ないよ」

緊張感のない、穏やかな声がタニャの耳を撫でる。
彼女と頭目の間に入ったその声の持ち主は、そのまま大斧の一撃を食らった、ように見えた。

ばきりと音を立てたのは大斧の柄。
へし折れ吹き飛んだ刃は側の大岩へ激突し、耳障りな音を立てる。

「……やれやれ。大丈夫かな」

ロッソは相変わらず穏やかに呟くと、斧をへし折ったであろう肘を払いながらタニャへ振り向いた。
大きな緑色の瞳に、緋色の一房が映り込んだ。見ていたはずなのに、捉えていたはずの動きなのに、その一瞬で何が起こったか咀嚼できない。
斧刃がぶつかった音に、思考に落ちかかっていたタニャの意識が引き戻される。

「お前っ……!!」
「手練れが二人。百戦錬磨の拳(けん)であるか」

焦るタニャの声を掻き消して、アマルジャ軍勢の頭目が唸るような声を上げた。その口角が、ぎらりと上がったような。折れた斧の柄を捨てたアマルジャが、低く腰を落とす。おそらく、彼らの拳闘術なのだろう。

「闘志満々。手合わせ願おうか」
「参ったなあ……こんなつもりじゃなかったんだけど」

そう嘆きつつも、指先が動きを確かめるように幾度か蠢いて。
続けて、舞かと思うような優雅な身のこなし。やがてそれは、拳法の構えへと流れてゆく。

「君はキャリッジの方を。あっちの方が数が多くて……頼めるかな」
「……っ」

嘘つきとかやっぱり堅気じゃないとか、浮かんだ言葉は数多くあったが、それらをぶつけるより先に体が動いた。この隙にとキャリッジへと迫っていたアマルジャ族の先鋒を、激しい風雷で引き剥がす。

「……くそ……!」

それでも、ロッソは先ほどまではまるで無害な顔をしていた男だ。タニャが抱く不安は消えそうにない。しかし数に対して手が足りないのは事実で、あの頭目は彼に任せるしか勝算はない。

「参る!!」

頭目の咆哮が鋭く響いた。岩ほど堅く幹ほど太いアマルジャの腕が、鳥の声にも似た風切り音を貫いてロッソに迫る。

ぱん、と軽い打撃音と共に、拳の軌道が逸れた。腕を打たれたアマルジャが僅かに声を上げるのを見て、ロッソの口角が上がる。
続けて繰り出されるアマルジャの巨拳を、ロッソはまるで羽虫でも叩き落とす様に逸らし、ずらし、躱し続けている。

「ぬう……!?」

「こっちは大丈夫そうだなあ」

ロッソの口調はもはや呑気とも感じる程で、アマルジャの怒気を煽る。

「ヒト風情が……!」

アマルジャの頭目が興奮の息を吐く。それならば、と拳の合間に飛んでくるのは、鞭のごとくしなる鱗の尾だ。太い骨を芯としたそれは、空を裂き、肌は削り、肉すら断つほどの威力を持つ。舞踊めいた武だ。

地が揺れた。

ロッソの震脚――踏鳴だった。その強烈な振動に、頭目の両手、尾……それどころか、全身の動きが一瞬、ぴたりと止まる。致命的な隙。
ロッソの指先が狙いを定めるように頭目の胸元を滑り、つ、と鳩尾へ添えられた。
次の瞬間、先程の震脚の反動を乗せた縦拳が炸裂する。重く、鈍い打撃音が響き、頭目の巨躯が跳ねた。
心臓を直に撃つ。過言ではない衝撃だ。硬い鱗と隆々たる肉体を持つアマルジャ族でも、内臓に、それも血を巡らす臓器にまで浸透するダメージを喰らえばどうなるか。────死は逃れられない。
アマルジャの頭目の体が傾いだ。眼球がぐるりと裏返り、口の端に泡を溜めながら、見事、と息を吐いて。
地に伏した彼はそれからぴくりとも動かず、それに怯んだようにアマルジャ族たちの勢いも鈍くなる。
駄目押しの熱波。炎にも見紛う赤毛の尾が、陰り始めたザナラーンの地に明かりの軌跡を残して、アマルジャ族を退けた。

「いい加減に退きな。命まで取りゃあしねぇ」

タニャが低く唸る。
頭目が倒れ、その上タニャの追撃もあってか、アマルジャ族はついに散り散りに去っていく。
ロッソはそれを呑気に眺めつつ、拳をいたわる様に撫でて。

「もう平気かな……あぁ、怖かった」

恐る恐るタニャへ向き直ると、まるで機嫌を取るようにへらりと笑顔を見せた。

「さすが、頼りになったよ。ははは」

この期に及んで優男のように振る舞うロッソの側に、タニャが駆け寄った。顔つきこそ鬼のように強張っているものの、見上げる緑色の瞳は、怒っているでも怯えているでもない。ロッソの身を案じて潤んだ少女の目だった。

「無事か!?怪我ねぇな!?」
「あ、えぇと……」

追及を逃れる為に怪我をしたと装った方がいいのか、心配をかけない為に全く無事だと正直に言った方がいいのか。
ふと考えて、タニャへ首を傾げてみせる。

「……見ての通り、かな?」
「………………。そか」

どこまでも呑気な様子のロッソに、タニャはそう短く応えて視線を落とした。ほっと安心したように、表情を和ませたのが見えたのも束の間。再度ぐっと顔を上げる時には、明らかな怒気を纏っていた。

「この馬鹿野郎!!ボケナス!!何をカマトトぶりやがって!!」
「いや、そんなつもりは……」

その口調に何となく親方を思い浮かべつつ、なんとか宥めすかそうとひきつった笑みを浮かべる。

自分の事で騒がれるのは好きではないし、もし追及されても説明しようがないのだ。

「君も怪我が無さそうで良かった。ね」
「へッ、雑魚ばっか平らげてたんじゃ、怪我しようもねえよ」

ふん、と鼻を鳴らすと、タニャは猫の目でロッソを見上げる。アマルジャ族ほどではないが、上背のある彼の顔を見るためには、首をだいぶ曲げなくてはいけない。
何かを誤魔化したがっているのは目に見えた。彼が図らずも披露した拳法は、きっと詳細なことを周知しない方が良いのだ、とも。

「……これ以上は言わねえよ。恩があるから。……ありがとな」

不満げな顔のまま──あるいは照れ隠しの態度で──タニャは呟くようにそう述べた。
それから、ふと不安そうにキャリッジの方へと振り返る。舐められないためには力を示すのが一番だが、その力も過ぎれば恐れを呼ぶ。特に、今まで共に仕事をしていたロッソが、得体の知れない武術で敵の頭を屠ったとなれば。

「……ありがとう、助かるよ」

タニャの心遣いを感じ、作り笑いでなく、ふと微笑む。

キャリッジの仲間達を眺める彼女を見て、その心配を察したのか傍らに立って。

「……誰も彼も、何か事情を抱えている連中さ。俺が少し踊ったくらいで騒ぐような奴らじゃない」

何人かがこちらを向いていたが、静かに頷いて見せるだけだった。タニャと同じように理解してくれたのだと、ロッソも頷き返して。

「……何を聞かれた所で、説明しようがないんだけどね。俺は……」
「…………。良い奴らだな」

黙したロッソの横顔を、タニャは静かに見つめながら、それだけ呟いた。

やがて、この場に残っていた者たちでキャリッジの修理を始めてしばらく経った頃、不滅隊が到着する。商人セルヴァもその中にいて、グランドカンパニーが守るハイブリッジにキャリッジを預けてすぐ戻ってきたらしい。積み荷が心配だったなどと言っている。
そんなセルヴァをからかいつつ、不滅隊に牽引されるキャリッジに乗り込めば、急拵えの車輪が奇妙な音をたてながら轍を残していった。

  • 最終更新:2018-08-22 12:05:43

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