Contact: E'reminha

澄んだ露の滴る草木に囲まれて、穏やかに朝を迎えたグリダニア市街。

昨夜まで霧雨が降っていたせいか、普段より尚一層、緑の匂いが濃く立ち上る。
ここ、カーラインカフェの軒先もまた、並べられたプランターからそっと浮かぶ、甘く爽やかな花の香りに彩られていた。


湿り気を帯びたままの床板を踏み、アウラの青年は大きく開かれた戸口から中を見回す。

朝食やモーニングティーを楽しむ人々の頭上で、カフェの主であるエレゼンの女性と目が合い、青年は会釈を返した。
しかし、今朝の用事は他にある。いつも彼女は、ウルダハのギルドの看板役とは違い、会話をあまり望まない青年に、手を振るだけで親しみを顕してくれる。

さて、と改めて、何度か視線を往復させ、ようやく、店の一番隅のテーブルにひっそりと座る、桃色の尾のミコッテを見つけ出した。聞いていた情報とその姿を照らし合わせながら、ゆっくりとそちらに歩み寄る。

「…………」

テーブルの上に広げた本を片手で持ち、瞬きと本に触れる指以外に身を動かさないその姿は、まるで店内の全ての音から隔離されているかのように見える。近付いてくる足音にも気付かず――――否、気付いているのかもしれないが、彼女は何の反応も示す事もなく、静かに本のページをめくった。
青年は、相手が顔も上げないことに、逆に気が楽になるのを感じながら、近づいた距離で改めて全身をゆっくり眺め、その特徴がきちんと探し人と一致しているかを確かめた。
どうやら本人らしいと、時間をたっぷりかけてから判断をつけ、もう一歩、一人で座っている丸テーブルに歩み寄る。懐から丸めた羊皮紙を取り出しながら、なるべく丁寧に―――とはいえ、やはり周囲からすれば普段通りの仏頂面で―――声をかける。

「失礼。エ・レミナ・セスは、貴殿で間違いないか」

「………………」

声を掛けられたその時、ぴくりと小さく身が跳ねた。同時に、ミコッテ族特有の耳もぴん、と真っ直ぐに立つ。
しかしミコッテは視線を本から離す事はなく、返事も無いままで、二人の間には沈黙が続いた。
声を掛けられてから頁を二枚はめくってようやく、顔と目は本に向けたまま、彼女は抑揚なく口を開いた。

「…………何か用ですか、私に」

青年は、相手の音沙汰の無さに怯むでもなく、ただ黙ってじっと反応を待ち続けた。そして、ようやく返された素っ気ない言葉にも、特に気を害した風もなく、彼女の視界に僅かに入るよう、テーブルの上に羊皮紙を広げてみせる。

「この書面の通り、各国グランドカンパニーからの指示で、新人冒険者を集めて小隊を立ち上げることになった。エレルヘグ・ノイキンだ。貴殿の名もここにあり、招集がかかっている」

黒革のグローブに包まれた指が指し示す先には、彼女の名前がある。
長身のあまり、手のひらで羊皮紙を押さえる青年は少し腰を屈めている。彼には、グリダニア様式のテーブルはいかんせん低すぎるように見えた。

「徴兵ではないし、強制はしない。が……俺はこの仕事を完遂したいと思っている。できれば、共に来てはもらえないだろうか。勿論その際は、貴殿に困りごとがあれば、出来る限り手を貸すと約束する」

「………………」

極めてゆっくりと目線を羊皮紙に移し、簡単に目を通すと、それまで完全な無表情だったミコッテが露骨に嫌そうに表情を歪めた。
しばらく考えるようにしてから目線を離すと、ぱたん、と本を閉じる。

「……大袈裟ですね。上の指示だから組織に加入するように、で良いでしょうに。本人の意思に関係なく既に決まっているのは、如何かと思いますが」

テーブルに閉じた本を置くと、顔は逸らしつつも、ようやく青年に対して目線を上げた。

「エレルヘグ、でしたか。この仕事を完遂したい、と言いましたね。面倒な役割と重荷を押し付けられて、何故そう思うのですか」

きょとんとした顔で―――周囲からはひどくわかりづらい程度の変化だが―――緑色の眼を二度瞬くと、アウラの青年は横目でこちらを見てくる女性を真っすぐに見返した。

「面倒、か。確かに、簡単な仕事ではないし、気が重い部分もある。だが、所詮は数居る一介の冒険者に過ぎない俺に、こういった任務が割り当てられるのは、少なからず評価され、期待されているからだと、俺は思う。ならば、俺はその期待に応えたい」

一度に言葉を並べた後、青年は、更に自分の本心を浚って取り出そうとするように、腕を組んでしばし黙った。

「……精神論だけでなく、そうすることが結果、冒険者というひどく不安定な足場に立つ俺にとって、後ろ盾や命綱、あるいは新しい地図、鍵、ランプ……そういったものになる。経験上、そうだ。そういう実利も兼ねて考えた結果、俺はこの任務を受諾した」

言葉を探す仕草で、彼は、自然の美しさを描いたステンドグラスを通して朝の光が差し込んでいるのを見渡した。少しずつ、カフェに漂っていた朝食の卵やベーコン、木の実が炒られる匂いは、しっとりと渋みを纏う茶葉の香りに移り変わってきている。
再び青年の視線はミコッテの紅い瞳に戻った。

「貴殿が言うように、本人の意思に依らず強制するのは良い事ではないだろう。それ故、グランドカンパニーもこの任務を俺に強いてはこなかったし、その上でそれを自ら受けた俺も、ただ頭ごなしに貴殿らに入隊を命じるつもりはない。だからこそ、できるだけ言葉を尽くそうとしている。それだけだ」

「……………………。理解しかねますね……。それだけ堅苦しい程に真面目で、何故冒険者などという道を選んだのかが、主に」

微かでも興味を持ったのか、ミコッテは椅子に座り直してアウラへ向き直ると、その長身を見上げる。桃色の尻尾が波打ち、何か感じ取ろうとするように耳がぴくりと揺れた。

「別に、断る理由はありません。何でも一人でこなせると思える程自惚れてはいませんし、読書の邪魔をされないのであれば、悪い話ではありませんから」

「そうか。ならば、よかった」

ようやく受け入れる姿勢を見せてくれたことに内心ほっとしつつ、アウラの青年は遠慮していた相席にゆっくりと腰を下ろす。腰に提げた刀をテーブルに立てかけつつ、やはり彼には高さが合わず、使い込まれたブーツを履いた足が、所在なさげにテーブルの下で組まれた。
そうして、背後のカフェの戸口を振り向く。
絶えず人が行き交い、言葉を投げ合い、それぞれに得物や道具を持って、朝空の下に広がる黒衣森へと向かっていくのが、この席からも見えた。

「冒険者を選んだ理由は、簡単だ。知らない世界が見たかった。この世界にあるのは、生まれ育った地だけではない。自分の持つ範疇からは想像もできないような、知らない何かが、この世界には溢れるほどある。……と思ったら、それを見ずにはいられなくなった」

「……ふぅん……」

彼女は、じ、とミコッテ特有の瞳を細める。耳がぴくりと跳ね、より深く観察するような様子だった。
一方青年は、草の茂る街路と、よく晴れた青い空を眺めながら、何かを思い出すように眼をごくわずかに細めていた。相手からの視線に気づいたか、彼は、正面に座るミコッテの眼を見返す。

「そういう貴殿は、なぜ冒険者に?見たところ教養もあるようだし、況して読書に拘るのであれば、安定した場所で過ごす道もあると思えるが」

「私の身の上話など面倒なだけなのですが……。……簡単に言ってしまえば、貴方と変わらないでしょう。延々と同じ場所で本を読んでいられるのならそれは楽ですが、得られる知識には限界があります。私はまだ、自らの知識に満足していない……、その探求の為なら、面倒ですが冒険者にもなりましょう」

その表情を正面から真っ直ぐに見据え、青年はただ静かに頷いた。

「なるほど。それならば確かに、冒険をすることは貴殿に利を与えるだろう。今の貴殿は、故郷を出た時の俺よりも遥かに賢く、多くを知っているだろうが……そうだとしても、この星……ハイデリンには、沢山の驚きや発見があり、出会いがあり、別れがある。貴殿でも知らぬことも、抱えきれないほどあるはずだ」

ミコッテの白い指先が置かれた本の表紙を見下ろし、アウラはごくごく微かに微笑んだ。

「それらを探し求める旅、か。武や富を求める旅も悪くはないが……知を究める旅というのは、おそらくは終わりがない。飽きないだろうな」

「…………」

更に探るように、ミコッテの上目がアウラを見上げた。
ほんの微かにその表情が、悪戯げに口角を上げた事に誰が気付いただろうか。

「では、早速眼前にある知を求めるとしましょう。貴方が私を従えるに足る存在であるか、どうか」

ふわり、と椅子から降り立ち上がると、その背丈はアウラの二回り以上も小さい。
が、それをじっくりと比較するまでもなく、彼女の姿がぶれた。
頑なに本から目を離そうとしなかった姿が嘘のように、風を思わせる速さで跳んだミコッテは獣のようなしなやかさでカフェ入口に着地し、驚く人々の視線も置き去りにして外へ消えた。

「私に追いつけますか?」

「!………………」

青年は、他の客たちと同じように、鋭い目を丸めて驚きを示した。呆気に取られたかのように、椅子に座ったまま。
するりと滑るようにカフェを出た、彼女の桃色の尻尾の動きまでを見送って、それから、青年の無表情に色が灯る。


何事だろうかと入口を首を伸ばして見ていた隣のテーブルの男が、立ち上がった青年の眼を見て、ごくりと喉を鳴らした。


「面白い」









***




カーラインカフェを出、青狢門を超えてすぐ。黒衣森の木々が揺れ、葉が舞い散る。
先行する桃尾のミコッテの姿は木々の上にあった。 枝と枝、木と木を自在に飛び移り、追う青年の遥か頭上を飛ぶように移動する。足場となる木々が衝撃でざわめき、揺れる木の葉の隙間から微かに白い衣と桃色の尾が覗いた。
黒衣森は、朝日を明け透けには通さない。
たっぷりと生い茂った葉が空を隠す。鬱蒼として、その切れ間から慎み深く差し込んでくる光に、しかしアウラの特徴的な瞳は眩まずにしっかりと見開かれていた。

「…………」

揺れる木々に惑わされることなく、垣間見えるエ・レミナの姿を目で追いながら、青年は慣れた足取りで森の中を走る。息遣いにも、着いていくペースにも余裕が見られた。足元が、都市の入口から続く石畳から、豊かに栄える草の絨毯に変わっても、少しも様子は変わらない。

しかし突然、エレルヘグの目線の先で、大木の葉が強くざわめいた。高い木の上で、エーテルが集束するのが確認できただろう。
鋭利な岩の礫が、彼の頭上で密に茂った葉の中から氷柱のように降り注ぐ。
土の力を集めた幻術。破壊に特化した呪術に比べれば劣るものの、直撃すれば当然ただでは済まない。

「!」

岩の端を視認した途端、青年の重心が傾いた。2イルムほど身を横にずらすと、傾けた重心を利用してそのまま、ぴったりと礫塊の真横に回し蹴りの踵を嵌めてみせた。
本来、鋭利な岩に向けての蹴りなど、足を裂くだけで危険極まりないが、彼のブーツには日ごろから鉄板が仕込まれていることを、本人はよく知っている。
勢いを削がれた礫が重い音をたてて草花の上に転がり落ちる。その音に慌てて周辺の小動物が逃げていくのを視界の端で確かめ、それから漸くエレルヘグは本格的に回避行動を取った。
続く二撃目、三撃目は、無理に叩き落そうとせず、素直に身を躱す。ぼごん、と鈍い音と共にいくつか土に穴が空いた。

「勝負することには否やもないが、森林破壊はどうかと思うぞ」

ましてや幻術で、穢れているわけでもない森を破壊するなどと。
角尊たちが知れば何を言うか、とあまり表情の変わらない彼らを脳裏に浮かべつつ、エレルヘグは頭上を見上げた。

「大層な重荷を背負おうとするだけの事はあるようですね」

頭上から抑揚の無い声が聞こえる。大木に獣のような四足で張り付き、紅の瞳で様子を窺う姿が地上からでも見えた。

「……勿論、自然を軽視するわけではありませんが。これが私のやり方なので」

痛い所を突かれたという事なのか――――瞳を細めたかと思うと、桃色の尾をぴんと立て、エ・レミナは俊敏に木から飛び移る。街から遠ざかる形で、再び彼女は木と木を渡り始めた。
再び木の葉の隙間に見える姿を追って駆けながら、ふむ、と瞬きひとつの間に、エレルヘグは思案する。
狩りには慣れているが、流石にミコッテ族に勝る身のこなしは持ち合わせていない。故郷には切り立った山や凹凸こそあれ、これほど木が鬱蒼としていたわけでもない。いくらでも追いかけ続け、あちらのスタミナが切れるまで待ってもいいが、不利な戦場での長期戦は最善の策とは思えなかった。

ならば、どうするか。

「迅速に片づけるのなら、やはり……」

引きずり下ろすしかないか。
口中で呟くと、走る速度は緩めないまま、ベルトに挟んである複数のツールの中から、いくつかを手に掴む。指の間に挟んだひとつの感触をグローブ越しに確かめつつ、エレルヘグは目の前の樹の上に向かって声を張り上げた。

「エ・レミナ・セス!」

「…………?」

木々のざわめきが止まる。突然の大声に驚いたのか、それとも何を言い出すか興味を持ったのか。何にせよ、樹上のミコッテは一瞬、その動きを止めた。
その一瞬の間隙を逃さず、青年は手首をよく効かせ、何かを投げた。エ・レミナがあともう二歩前に出ていれば、それは彼女の腹部を裂いただろう。

それは、小ぶりの、しかしよく研がれた折り畳みナイフだった。

だが、確かにそれは、しっかりと、はっきりと、ミコッテのしなやかな身体から致命的に“逸れていた”。
先ほどまで身軽に樹上を駆けていた相手だということを加味すれば、到底、当たるとは思えない軌道だ。そう、当たるとは思えない。


なぜならば、当てようとはしていないからだ。


コンッと軽快な音を響かせて、ナイフは小さい刃の割にしっかりと、ひとつ奥の樹の幹に突き刺さった。その柄には、細いロープが固く結び付けられている。
エ・レミナがそれに気づくが早いか否か、既にエレルヘグはその身を真逆に翻して駆けていた。つまり――――

「足元に気を付けた方がいいぞ」

ナイフとアウラの手の間で、思い切り張られたロープが、勢いよくミコッテの脚をめがけて飛びかかっていた。
エレルヘグが考えたのは、いくらミコッテの特性とはいえ、細い足場で不測の衝撃を脚に食らえば、完璧なバランスは維持していられまい、という推測だった。

「…………!」

驚愕に口を開き、ミコッテ特有の鋭い歯が覗く。もしエ・レミナがエレルヘグの狙いに気付くのが一瞬早ければ、回避が間に合っただろう。
だが理解を超えた戦術に対応が遅れた結果、ロープはギリギリの所で彼女の脚を捉えた。
樹上から投げ出され、空中で身を翻しバランスを取るものの、流石に樹の上に復帰する事は叶わず、すと、と小さく音を立てて土の上に着地する。
恨めしげに眼を細めた―――しかし、どこか楽しげにも見える―――視線が、相対する青年に向いた。

「……やってくれますね」

「狩りはそれなりにしてきた身だが、木登りの経験はそう多くないのでな」

エ・レミナの落下を確認すると土の上でブレーキをかけ、エレルヘグは再度彼女に向き直った。
さくさくと草土を踏み歩いて、手の中のロープを改めて強く引き直す。少し遠くからすこん、と音がして、逆回しのようにナイフの柄が飛んでくる。難なくそれを捕まえて結び目を確かめ、再びベルトに括りつけながら、エレルヘグはちらりと桃色の女を見遣った。

「まだやるか?」


「――――舐めるな!」


瞳孔の開いた瞳を見張り、ふ、と姿勢を低くしたミコッテの姿が消える。
狙うはエレルヘグの背後。振りかぶるのは、いつの間にかその手に握られていた大鎌。
エオルゼアにおいてそれを武器として扱う者は殆ど見られないが、その禍々しい刃は当然、当たれば容易く身を裂くだろう。
巨大な武器を持ちながらとしては通常考えられない速度での接近。エ・レミナは必殺の間合いを取ったかと思われたが……


「――――“知”を求めるならば」


キ――――――――ン、という澄んだ金属音が、木々の間に木霊した。
エレルヘグが素早く抜いた腰の刀が、大鎌の刃が届くよりも先に、その柄を弾いた音だった。

エ・レミナの振り抜き方は、比較的小柄なミコッテ族の持ち得る膂力を限界以上に引き出す、かなりのパワーを備えたものだったが。
そのエ・レミナの手に伝わったのは、まるで巨人の手に振り払われたかのような、痺れるような衝撃だった。尋常ではない力で弾かれた得物を、彼女の戦闘センスだからこそ構え続けられたのかもしれない。
その一瞬の硬直をまたも逃すことなく、青年は続いて空になった鞘を使って鎌刃の横腹を殴りつけた。加えられた力の方向が違うために、大鎌は大きくコントロールを崩し、ミコッテの生白い手の中でぐるりと暴れる。


「………経験もまた、“知”と知ることだ」


「…………ぐ、……ッ…………!」

勢いとバランスを失った大鎌を、そのまま振り下ろす事は当然、不可能だった。がらん、と重い音を響かせ、大鎌は地に落ちる。
勝負は決した。
武器を失ったエ・レミナは、悔しそうにぎり、と歯を結んでいたが、やがて力なく伏せてしまった両耳に倣うように、その場で膝をつく。

「…………私の敗北です。貴方は私より、強い」

鞘を払い、自身の刀の刃を一瞥してから納めると、エレルヘグは背後で蹲る彼女に振り向いた。少しの間を置いてから、ゆっくりと唇を開く。

「…………経験は、意識的で、膨大であれば、時に才能をも凌駕する。知は間違いなく力だ。……」

それから、アウラの長身もまた、エ・レミナの正面で膝をついた。太い膝の下で、三つ葉がくしゃりと声を上げる。

「……君には、生まれ持ったセンスがあるようだ。その君が、知を求めたいと言う。ならば、才能と経験、両方を備えた君は、強大な力を持つだろう。その時は、俺でも勝てないかもしれないな。………エ・レミナ・セス。その日を楽しみに待っている」

抑揚少なくそれだけ言うと、彼の唇の端がごく微かに持ち上がる。そして、大きな掌がエ・レミナの前に差し出された。

「…………え」

彼女は思わず顔を上げると、アウラの表情と差し出された掌、二つを順に見比べる。それから困ったような表情になって、あたふたと両目を泳がせた。
どんな言葉を口にすれば良いのかわからず、追って途切れ途切れに唇を開いて。

「…………せ、責めないのです、か……急に戦闘を仕掛けたりして、もしかしたら怪我したかも、なのに……ぁ、しょ、勝者は貴方なのだから、罰や命令でも私は、」

エレルヘグは動揺も不思議そうな顔も見せず、真顔になってひとつ頷く。

「確かに、勝者は俺であり、敗者を服従させる権利があるな。だが、その勝者が、不要な服従を望まない。ならば、気にする必要はあるまい」

それから、と、相変わらず無愛想な声音が淡々と続けた。

「俺は君たちを指導する立場だ。力試しでも、奇襲の訓練でも、戦闘指導でも、当たり前に俺が君たちと行うべきことだ。何を責めることがあるのか、わからないのだが」

冗談を言っている顔ではなく、至極真面目くさった顔で、黒く輝く鱗に覆われた首が、僅かに傾けられた。


「…………。……、…………。へ、変な人……」

エ・レミナは困ったような、呆れたような、微妙な表情でじっとアウラを見上げていたが、急にくす、と笑う。
それから両手で差し出されたエレルヘグの掌をとって、上半身を乗り出し、覗き込むように。

「…………でも、まぁ。最初に話しかけられた時より好印象です…………ふふ。改めて自分から名乗りましょう、私はエ・レミナ。 これより貴方に従います、エレルヘグ」

未だによくわかっていなさそうな表情ではあるが、とりあえずは承諾が取れたらしいと判断し、エレルヘグは―――本人としては友好的に微笑みながら―――頷き返した。立ち上がりながら、触れている彼女のやわらかな両手をまとめて握って、引っ張り上げる。

「それならよかった。エ・レミナ。この小隊のメンバーとして、これからよろしく頼む」

少しずつ昇ってきた日の光が、頭上から葉の緑を透かして差し込み、森の穏やかさと共に、二人の姿を照らした。



彼の懐に収まっている羊皮紙の名簿は、これで半分以上が埋まった形となった。
ひとつの区切りが見え始めた彼の小隊員集めは、無事にそこに辿り着くことができるのか。
まだその答えを知る者はいない。


CEreminha.jpg

  • 最終更新:2018-04-26 04:14:24

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード