Guns N' Roses1

潮風が岩肌を撫でる、海の都リムサ・ロミンサ。
海賊の町とも言われる此処では、戦力として、交易を担う者として、ならず者たちが闊歩している。
愛船を停める港であればなおさら、彼らは自由に奔放に振る舞った。
物珍しい種族の女が近くを通りがかったとあれば、好奇心半分、下心半分に道を塞ぐのも当然だっただろう。

「おいおい~こんなところ一人歩きたァ危ないぜぇ」
「アウラの美人さんは珍しいからなぁ、ヒヒッ」
「アソビにきたんじゃねぇのぉ~?」
酒臭さを纏う、がたいの良い海賊衆に囲まれた女性は、おっとりと視線を上げた。
白い鱗が生え揃ったその手には釣竿を持っている。
薔薇色の瞳を、ゆっくりと、二度三度と瞬かせて、困ったように微笑んだ。

「……あら、あら……」

その様子を眺めつつ、桟橋をとぼとぼと歩む人影があった。
騒ぎの渦中に女の姿を見るや、珍しい紙巻煙草を咥えた口元が嬉しそうに、にいっと歪む。

じりじり距離を詰める海賊衆に対して、アウラ・レンの女性はまるっきり無防備に見えた。
警戒する素振りもなく、ただただ近付いてくる男たちを見上げるのみ。
物知らぬ少女にすら見紛うような、緩慢な仕草だ。

「ごめんなさい、通して頂けないかしら」
「まーまー、そんなに急ぐこたねーじゃん??」
「自分からこんなとこまで来ちゃってさぁ~」

「……困ったわねぇ……」

ぽつりと女性が呟く。
その手を無理に引こうと、海賊衆の一人が、武骨な指を伸ばした。

「よう、愛しのハニィ!ここに居たのかァ。捜したぜ」

桟橋の向こうから現れた男が掲げた指先には煙草が。
灯された火の先には、海賊に囲まれたアウラの少女がいた。
海賊達の訝しがる視線をよそに、ゆっくりとそちらへ歩み寄っていく。

「俺の連れに何か用かい?海賊さんら」

初対面の少女の前で平然と言ってのけると、男はにやりと笑みを浮かべて見せた。

白魚の手を捕まえようとした、海賊の男の指が強張った。
それと同時に薔薇色の瞳が、やはりゆっくりと、聞き慣れない声の主に振り向く。
輝く光輪を持つ双眸に、微かな笑みの気配を宿して。

「連れだァ~?……へっ、あんな優男じゃマンゾクできねぇよなぁ、お嬢ちゃんよぉ」
「俺たちゃ海賊だぜ!欲しいもんは奪ってでも手に入れらァ!」

謎の男の登場に、酔いどれた海賊衆は予想通りにいきりたち、それぞれ武器を構え始める。
それを何事もなさそうに眺めながら、アウラの女性の薄い唇が、仄かに笑む。

「……ですって。危ないわよ、ダーリン。怪我をしてしまうわ」

向けられた殺気には無頓着で、しかし「ダーリン」との返しに煙草の男は気を良くした様子で。
海賊を押しのけ、女性へ更に近づいていく。

「なぁに。君の為なら怪我のの一つや二つ構わないさ。ええと……アンナ…イザベラ…ウルスラ……エリザベスだっけ?」

適当な女性名を並べ立てる様子に、海賊達も男が女性と無関係である事を察したようだ。

「馬鹿にしやがって……!!」
「やっちまおうぜぇ!!」

軽薄な調子の男に対峙するのは、斧を操る大柄な海賊と、拳闘術の心得があるらしい者、槍を持つ者の三人。
始めに男を捉えんと突き出されたのは、槍の穂先だった。
酔いのためか、それとも稽古の不足か、ふらふら揺れる突きは当たったところで致命傷には至らないだろう。
アウラの女性の眉が、分からない程度にひそめられた。

「おいおい、アブねえなァ」

酔っ払いのふざけた突きを難なく躱しつつ、男は指先の煙草を弾き、その火が海賊の手の甲を焼いた。
槍を取り落とした海賊が再び視線を上げた時、額に冷たい金属が押し当てられる。

「これで少しは、頭冷えるかい?」

男はいつの間にか抜いた銃の先端を槍の海賊の額に宛てたまま、残りの二人にも微笑んで見せた。

「ギャッ……!!」

煙草の火の熱さに悲鳴をあげたのも束の間、眼前には手頃に訪れる死の象徴が迫っている。
声を失い、正常な呼吸も忘れて、酔いで火照っていた赤ら顔が青ざめていく。

「す……すンませんっしたァア~~~!!!」

先程までの威勢は何処へやら、海賊衆はけたたましく靴音をたてながら、自分達の船まで逃げ帰っていった。

それをおっとり眺めていたアウラの女性が、明らかにくすくすと笑い出す。

「ふふふ……意外と素直な方たちだったわねぇ」
「何だ何だ……拍子抜けだなァ」

僅かに不満げな顔で銃を仕舞うと、改めてアウラの女性へ向き直って。

「もしかして、助けは要らなかったかな?レディ」

男の顔を見上げると、微笑んだ顔を左右に振って。

「いいえ、とっても助かったわ。貴方が知っているどの女の子よりも、たくましい自信はあるけれど」

そう言いながら、手にしていた釣竿を愛しげに撫でてみせる。

「さすがにこの子を振り回すわけにはいかないものね?」
「竿?……なるほど、釣りか。なるほどなるほど……」

薔薇色の双眸を覗き込むように、男の眼が細められて。

「……どうやら俺も、君に釣られたみたいだ」

そのまま、歯の浮くような台詞を平然と言ってのけた。
その顔に浮かぶ不敵な笑みは、「実績」からの自信の表れだろうか。

視線を合わせれば、鮮やかな緑色の瞳と出会う。
男の笑顔に、思わず口許を押さえて笑うと、そのままゆっくり小首を傾げて。

「そんなに美味しそうな釣り餌に見えるかしら?」
「ああ、とびきり極上のね。あんな雑魚共には贅沢すぎる」
「まあ、お上手」

海賊達の去っていった方を振り返って笑う。
ふと真顔で男は女性へ向き直り。

「君もそんなに怖がってはいない様に見えたけど?」

軽やかに鈴がなるような笑い声を、アウラの女性は隠した口許で響かせる。
それから男の問いに、悪戯に輝く眼差しを向けて。

「酔った殿方を怖がることなんてないわ。……臆病な娘がお好みだったかしら」

その言葉を聞き、男は再び笑みを浮かべて見せる。

「いーや?ちょっと意外だっただけさ。それに」

懐から金属のケースを取り出すと、その中から煙草を一本抜き、咥える。

「君が餌だって言うなら、隠れてるもんだろ……痛い痛い針がさ」
「あら……わたしのこと、まるで良く分かっているみたい」

男の瞳を見上げながら、一歩するりと歩み寄る。
にまりと口角を上げる表情は、白蛇に似ているようだった。

「怪しい餌を食もうとするのは、お馬鹿さんか冒険好きか、どちらかよ」
「……そのいずれかなら、君を食べても許されるのかな?」

女性が見せた妖しげな笑みに臆する事無く、こちらからも一歩歩み寄る。更によく観察する様に見つめて。

「……君の事を知りたいなァ。食べさせてくれる?」

おどけた顔で歯をむき出すと、カチカチと鳴らして。

「どうしようかしら。指先くらいなら、許しちゃうかもしれないわ。助けて頂いたお礼もしたいし……」

歯を鳴らす顎を、白い鱗が生え揃った指がつるりと撫でていく。
指の腹は女らしく柔らかいのに、間近で光る鱗は硬質でざらついているようだった。

「あ、食べるってのはそうじゃなくてさァ……」

そこまで言った所で、顎をなぞる指にぴたりと動きを止める。あまり触れた事の無い、アウラの手指の独特の感触だった

「ふふ、貴方、お名前をきいても?」
「……俺はラファエル・コーエン。君は?レディ」
「ラファエル?ふふ、素敵なお名前ね。翼のように軽やかな響きだわ」

薔薇色の瞳が笑みに細くなる。
ラファエルと名乗った男の顎のラインや、整えられた髭をなぞった指先はふらりと揺れて、身体と共に離れていく。

「わたしはソウビ・ウオトリ。……今度は間違えないで頂戴ね、“ダーリン”?」
「ソウビ……ソウビ・ウオトリ。不思議な響きの、素敵な名前だ。君の美しい薔薇色と共に脳裏に焼き付いたよ、“ハニィ”」

しっかりと覚えた、とこつこつと側頭を叩いて見せる。
不意のダーリン呼びに応えるように、平然と返して。

「それでどうかな、早速これから────」

「ふふ、だめよ」

ラファエルの視線を掻い潜るように、するりと距離をとる。
言動とは裏腹の、誘うような笑みのまま。

「今日の漁を終わらせなくっちゃ。でも、もし、貴方がよそ見せず待っていて下さるなら」

続いて白い指先が、高く登った陽を指す。

「あの太陽が水平線に落ちる頃、“溺れた海豚亭”に行くわ。美味しいものをご馳走させて頂戴」

さっと離れられ一瞬呆けた顔が、ソウビの言葉で再び嬉しそうに笑みを浮かべて。

「いいね、喜んで!君が現れるまで、腹を空かせて待ってるよ」

揺れる薄紅色の髪の下で、輝く双眸が笑う。
またあとで。
囁く吐息が潮風と混じってラファエルの耳朶に届く頃、ソウビは滑らかな刃のような光沢の尻尾を揺らしながら、海を目指して歩いていった。

「……ん~。釣られたねぇ」

ソウビの背を暫く眺めて、ラファエルは小さく呟いた。
上手い事誤魔化されたのかも知れないが、それもまた一興。
ソウビと何を食らうか、そして如何にソウビを食らうか。
そんな事を考えつつ、ふらふらと溺れた海豚亭へ向かうのだった。

  • 最終更新:2018-03-25 16:11:18

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