Guns N' Roses2

リムサ・ロミンサの冒険者ギルド兼ビアホール、溺れた海豚亭。
すっかり日も暮れた頃、冒険者達で賑わうその店内の卓の一つで、静かに紫煙をくゆらす男が居た。
その落ち着いた態度とは対照的に、彼の両目は忙しなく辺りを見回している。
特に女性の声がする度、そちらへ妙に鋭い視線を向けている。

「……バラされた、かねぇ」

上手い事「逃がされた」のかと、煙交じりの溜息を吐きながら、幾本目かの吸殻を灰皿へ押し付けた。

その紫煙が掻き消える頃、開け放たれた扉から入り込む潮風と共に、するりと薔薇色が滑り込んだ。
酒を楽しむ誰もの視線が、思わずそちらへ向く。
白い鱗に角、伸びた尻尾は、この大陸において未だ珍しい種族の証だ。
凝視する者も、肩越しに興味をちらつかせる者も、すべて無視した彼女はまっすぐロングコートを羽織った男の背中に向かっていく。
身なりや呼吸こそ整えてはいるが、途中まで駆けてきたのか、熱に頬が薄らと染まっている。

「……待たせてしまったかしら」

光る薔薇色の瞳が、男の────ラファエルの緑の目を覗き込んだ。

「まさか!今来たところさ」

待ち焦がれた薔薇色の瞳。
吸殻が積まれた灰皿を隠す様に立ち上がると、自分の向かいの席へそのアウラの女性――ソウビを座るように促して。

「お疲れさま、レディ。さあどうぞ」
「あら……ふふ、ありがとう」

うまいこと身体に灰皿は隠れても、肌や服に染み付いた香りはそのままだ。
ソウビは思わず、口許に手を添えて微笑みながら、促す手に従って腰を降ろす。

「良かったわ。あんまり待たせて、可愛らしい方とご一緒されていたら、と思っていたの」
「君に出会ってから、他に目移りするほどの余裕はないさ」

ソウビが席に着き、後ろ手に隠した灰皿とチップを店員がさりげなく回収して行ったのを確認して、ようやく自分の席へ戻る。

「嬉しいわ」

おっとり微笑んでみせると、テーブルの上を見渡す。
飲み物や料理も並んでいない、殺風景なものだ。

「何か飲みましょう?ふふ、わたしがお支払いするから、遠慮しないで」
「……実はね。もう全部済ませてある」

その言葉と同時に、店員たちが次々と卓へ料理を運んでくる。
亭名物のコーンブレッドを始め、酒のつまみになりそうな肉、魚。
亭主のバデロンに手を振ると、彼からは苦笑いが返ってきた。

「ああ、酒は好きなものを頼んでくれ。俺はそれと同じものを」
「まあ……」

唇にあてた指の間から、驚嘆の声が漏れる。
相変わらず緩慢な動作のせいで分かりにくくはあるが、丸くなった瞳から、驚いているのがじゅうぶんなほど分かるだろう。
困ったように小首を傾げて、ラファエルを見つめる。

「いけないわ……こんなに良くしていただいて。わたしはお礼をしようと思っているのに」
「君がここに来てくれただけで、礼には十分すぎる」

真似るように首を傾げてみせると、目を細めて微笑む。
それと同時に、飲み物のメニューを差し出し渡す。

「君の好意に素直に甘えた方が好印象だったとしたら、それだけが心残りだな」

差し出されたメニューを受け取って、鼻先から下の表情を隠すと、鈴のような笑い声と共に眉尻が下がる。

「貴方、どんなことをしても、うんと素敵だわ。十分だと言って下さるけど……」

伏せた視線をメニューの上に走らせながら、白魚の指で酒の名前をなぞる。

「わたしったら、これじゃああんまり厚かましくないかしら?……何かお望みのものが、あげられればいいのだけど」
「君は慎ましいな。もっと遠慮せず」

望みのもの。
その言葉に静かに喉を鳴らしつつ、先程チップを取った店員に酒の注文をする。
「ハイヨロコンデェ」と必要以上に愛想よく返事をし、店員はバデロンの元へ駆けていった。
チップの効果だろうか。

店員の背中をちらりと見たのも一瞬で、その薔薇色の視線はおっとりとラファエルに戻る。
甘く香る唇は、まるで潤沢な蜜を湛えて潤うようで、微笑めば燭台の火にぬるりと光った。

「……優しい方ね。どうして……と、伺っていいのかしら」

僅かに身を乗り出せば、するりと肩から髪が一房落ちた。

「どうして?」

店員の手により卓上に酒瓶が、そしてなみなみと酒の注がれたグラスがそれぞれの眼前に置かれる。
店員はそのままコーンブレッドにさくさくとナイフを入れ、食べやすい大きさにカットしていく。

「君のような美人と仲良くなりたい、それだけ」

言いながらグラスを取ると、視線を対面のグラスに、そしてソウビへ向ける。
手に取るように促しているようだ。

「ふふ」

硬化した鱗が並ぶ指でグラスを取ると、酒の水面が揺れて輝き、テーブルの上に幻想的な光が映り込んだ。
杯をラファエルの側に近付けて。

「……どんなふうに、仲良く?」

応えるようにグラスを掲げ、ソウビへと向ける。

「一緒に飯を食って、酒を飲んで、お喋りをして……」

グラス越しに酒の中で揺れる薔薇色の瞳に、嬉しそうに笑みを零して。

「君の事を深く、ふかーく、知りたいワケさ。………てな訳で、乾杯」

グラスが触れ合う。
二人にだけ聞こえる程度の軽やかな音。

澄んだ音が指の上を伝って、鼓膜を揺らす。

「乾杯」

囁く声がグラスに触れて、甘やかな唇の向こうへと酒が注がれる。
ごくわずかに、舌を湿らせる程度に含まれて、それで十分赤みを増す肌に炎の影がちらついた。

「……それじゃあ、わたしにも。貴方のことを教えてほしいわ。例えば……」

グラスの縁を、するすると指がなぞっていく。
白い指には鱗が生え揃っていて、美しい鎧のように硬化していた。

「選んだお酒は、お口にあったかしら、とか。エールの方が良かったかしら?」

ソウビの妙に艶めかしい一挙一動を目で追いながら、グラスに口をつける。
一口含んだ酒を、しばらく転がす様にして。
視線が幾度か左右を行ったり来たりして、ようやく喉が鳴った。

「うん……うん。なかなか……飲めるね」

くすくすと、鱗で覆われた喉が揺れる。
洒落た名前のついた果実酒は、飲みやすくあるものの度数が強い。
唇を湿らすように再度含んで、熱い息を溢す。

「……そう?ふふ、次は貴方のおすすめが飲んでみたいわ、考えておいてね」

そうしてグラスから離れた細い指先は、コーンブレッドに伸びた。
小さく千切ると、こんがり香ばしく焼かれた魚から、皿に溢れた油を浸す。

「……おすすめね。おすすめ……」

呟きながら、ラファエルはもう何度かグラスを呷る。
中身はあまり減っていない。
ふぁ、と熱い息が漏れた。
それを誤魔化すかのように、立て続けに何品か料理を口に運ぶ。

「……今朝は良く、あんな辺鄙な場所を通って下さったわね?」
「酔い覚ましにね、ちょっと昨夜はひどい目にあって……」
「まあ、可哀想に」

おっとり微笑む薔薇色の瞳が、窺うようにラファエルを覗く。
憐れむというよりは、誘う目だ。
花の芳香のように、鼻先に忍び寄ろうとする女の目。

「大変なことがあったのね」
「昨日は別の店で飲んでたんだけど、女海賊の飲み比べに巻き込まれてね……おっかない女性も居るもんだよ」

昨晩の出来事を思い出したのか、胸元を軽く撫でて。
ソウビの妖艶な視線には、まだ気付いていない。

「朝の海ってのは、酔い覚ましに効くから好きさ。何より君に出会えたし……」

ちびり。
少しずつ少しずつ、グラスの中身を減らしている。

くすくす。
軽やかな、小さな鈴が鳴るような笑い声。
女海賊たちの、蛮行とさえ呼べてしまうような豪快さは知っていた。
ラファエルがいう“酷い目”も、まるで見てきたかのように想像できてしまう。
魚の身を解して皿に取り分けると、小さな口にくわえこんで、飲み込むまでの間に手を添える。

「わたしも好きよ、朝の海。潮の香りがうんと強くて、肌に刺さりそうで……」

さりげなくラファエルのペースより緩やかに、グラスを傾ける。
頬は甘く熟れているものの、瞳の輝きはちっとも揺れはしない。

ソウビの姿をうっとりと見つめる目が、声を聞こうと欹てた耳が熱く熱を持つ。
……いや、ラファエルの顔は実際に熱を持ち、赤く染まっていた。

「君の肌を?それはちょっと許せないなあ……」

そう言うラファエルの目はとろんと細められ、ゆらゆら揺れている。

「…………」

酔いどれたラファエルの様子に、手で隠した唇がにまりと綻んだ。
ついでその白魚の指が、ふらりとラファエルの緑の目を塞ごうとする。
訪れる暗闇は心地よくて、瞼に移る熱は温かいだろう。

「ふふ。ねえ、想像してみて。陽に晒される、わたしの……」

言い含めるように囁く声音は、褥への誘いというよりは、幼いこどもを寝かしつけるような響きだ。

「……ふ、……」

突然の行為に一瞬戸惑うが、心地良さが勝ったのかされるがままで。
脳裏に浮かぶのは、陽光に照らされたソウビの――

「………ところで、アウラは……どこまであるんだ?………鱗」

ぽつり、と、呂律の怪しい舌が紡いだ。
受け取る側によっては、相当下品であろう質問だ。

うとうとと揺れる頭に合わせて、ソウビも手を揺らす。
まるで揺りかごのようだ。
もはや意識があると言えるのかどうかも怪しい状態のラファエルを、微笑ましく上機嫌に眺めながら、ソウビは身を乗り出して、手のひら越しの瞳に唇を寄せる。

「……まず、首にあるわ。腕や足にも……背中、胸元、それから……」

首。腕。脚……言葉に従って、瞼の裏に浮かぶソウビの肢体が徐々に具体的になっていく。
ついに分かり易く、ごくりと喉が鳴った。

「……答え、なくても……よかったんだぜ……?」

言葉とは逆に、すっかりソウビの手に頭を預ける様は、何かを求めているようでもあり。

ラファエルの視界を覆っていた手が、頬を撫でて、顎に生え揃った髭を撫でて、鳴る喉をなぞっていく。
眼前の薔薇色は、甘く香ってくるようだ。

「ふふ。ちゃんと、見たいでしょう?」
「……そりゃあ、勿論……」

こくりこくりと大きく頷いて。
赤く染まった顔の中で、呆けたように丸く見開かれた碧眼がソウビを見つめる。

「……話がうますぎやしないかな?もしかして夢?」

幼いような仕草と言葉に、ふと、ソウビの瞳が揺れた。
可愛らしいとか、愛しいとか、いとけないものに抱くような気持ちだ。
口角が跳ね上がりそうになるのを我慢しながら、首を傾げるようにして囁く。

「どうかしら。……引っ掛かってみる?」

白い指を、まるで釣り針のように曲げて、ラファエルの首から顎へと滑らせた。

「………いいね……」

誘われるように顎を上げると、くあ、と口を開いた。
そのまま眼下のソウビの「針」へと、ゆらりと食らいつかんとして――
その勢いのまま卓へ額から崩れて落ちた。鈍い音と共に、卓上の皿が音を立てる。

ラファエルが沈黙したのを見届けて、5秒。
いよいよソウビの表情が決壊して、それはもう楽しそうにくすくす笑い出した。
今にも跳ね回りそうな様子は無邪気な生娘にも見えるし、とらえた獲物で遊ぶ獣のようでもある。

「……何て可愛らしいのかしらぁ……」

思わず吐息とともに声が漏れた。
ラファエルの黒髪を柔らかな手つきで撫で付けてやりながら、店員をテーブルまで呼びつけて。

「お料理の残りは、明日のお弁当にしてくださると嬉しいわ。ええ、部屋を二人で、お願いね?」

店員の手に両の指でチップを握らせると、テーブルに突っ伏したラファエルの身体の下へ、割り込むようにして。

「よいしょ」

軽い声とともに背負い上げた。
それから至極楽しそうな顔で、弾むような調子で、ソウビは彼を持って部屋に急ぐのだった。

  • 最終更新:2018-04-08 13:02:11

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