20181007-2

グリダニア付近の黒衣森を、一台のチョコボキャリッジが走っている。
ベントブランチ牧場とグリダニア市街を往復するキャリッジは、いつもたくさんの積み荷とお客を乗せている為に、そんなに素早く移動できるものでは無かった。

海の思い出が香る白い貝殻を貰ったあの日、森住まいのミコッテは珍しく急いた様子でキャリッジに揺られていた。
薄青の目線は、木立の向こうに見え隠れする街の煙突を眺め、かと思ったら白布の真ん中にのせられた小さな貝殻へと落ちる。

数時間前、掌にのせられたこの貝殻は、小さくとも彼に大切にされていたものだとすぐに思った。
殊更ためつすがめつして愛でる事は無くとも、何となく離れがたくその鞄の底にしまわれていたに違いない。
なんの悪事も働いてない者を疑った自分の掌に、惜しげも無く握らせたものは、きっと大切なものだったのだ。
そのいたたまれなさが、胸を焦らせる。

やがて、街燈が並んだ門前の通りがあらわれ、精巧な彫刻が施してある門の前にチョコボ達が止まった。
急いでキャリッジを降りた娘は、足早に門扉を潜り、街中に設置されたエーテライトを使ってマーケットへと飛んだ。

品物を得るために、これ以上うってつけの場所は無い。
きょろきょろと辺りを見ながら、マーケットの顔役の元へと駆け寄って行く。

「ご無沙汰してます。パルセモントレさん。…あの、ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが。ごく最近、ここに……」

彼が来なかったか。
そう聞こうとして、名前も知らなかったことに気が付く。

「あ、ええと。えっと、ピンクの髪の…ミコッテで…、あっ、男性なんですが……」

あわあわ両手を振ってしまう。
「ほう、誰かと思えば、機織りの家のルネじゃあないか」

と、商店街を仕切るエレゼンの老人は、頭二つほど高い背丈から薄青の彼女を見下ろして言う。今日は新しい織物の報せか、はたまた糸や道具の仕入れか、と問おうとしたところで、彼は少女の慌てた様子に気が付いた。

「ピンクの髪のミコッテ……ふむ。似たような奴は何人か見とるが、さすがにもう少しばかり特徴が欲しいかの。どのようないで立ちの男じゃ」
「えっ、ええと…格好は……。……その、リムサ・ロミンサの、…海賊、のような……。」

そこでふと言葉に詰まってしまう
祖母の横顔が、どうしても脳裏を過ってしまう。
それから、このことを口にして、彼らの不利益にならなければ良いがと心配をしつつ。

「あっ、眼の色は…金色、だったと思います。綺麗な…明るい満月みたいな色で…。きっと、ここに来ていたら、そう以前のことではないと思うのですが…」
一瞬、む、と首を傾げたような気もしたが、別段批判の言葉もなく、パルセモントレ氏は顎に手を添え記憶を辿り始める。

「そうじゃな。そのような男なら…たしか、似た恰好の奴らと何人かで、向こうの方へ歩いて行ったと思うが」

顔役は、製作道具や雑貨、そして料理や薬の素材がそろう黒檀商店街の方を示して言った。

「なにやら急いでいる様子じゃからの、代は次につけておくゆえ、よしなにな」
「……っ、ありがとうございます…!ちょうどアーゼマローズの花弁で、糸が染められないか試しているんです。うまくいったら、一番にお納めするわ。」

ぱっと笑顔が花やぐ。嬉しげに頭を下げて礼を言うと、老人が指示した方へと小走りに駆け出した。
その日のうちに家を出たけれど、支度をしながら随分悩んだ。
これは裏切りでは無いのかと、暗い場所から聞こえてくる声を、何度も違うと言い聞かせて帰した。
そうやっているうちに、時間はどんどん過ぎて行った。
リムサ・ロミンサから来た彼らは、もしかしたらもう出立しているのではないか。
不安を抱えたまま、黒壇商店街を歩いて行く。
どうやらピンクの髪色を目印にしていらしく、視線は上の方を向いている。


─── 一方その頃黒檀商店街の反対側では、件の海賊四人組が色とりどりの食材を前に話に花を咲かせていた。

兄貴分のルガディンは、海では珍しい山羊や猪の肉を片手に干し肉を作ると主張する。
弟分のララフェルは川魚の塩焼きが気に入ったようで、桶の前から離れようとしない。
紅一点のヒューランの娘は、両手で控えめに果物を抱えている。どれも赤や緑が鮮やかだ。

「で、リ・エベはどうする?」

三人が口を揃えて、背後でぼーっとしている若者に問いかけた。はっと我に返ったリ・エベは、迷ったようにきょろきょろとあたりを見渡した。

「……おいおい、いい加減に踏ん切りつけねーと。今回の仕入れ次第で、次の航海のテンションは凪と嵐の差だぜ?」
「そんなこと言ってもなァ兄貴。まあ仕方ないと思うよ」

海賊以外の友達なんて、溺れた海豚亭のおっちゃんくらいしかいなかったんだから。
ララフェルの弟分はそう言うと、しゃがんだ膝に肘をたてて残念そうに呟いた。(編集済)

ちょうど自分が彼らに背を向けて歩いているとは気づいていないものだから、水色のミコッテはその心中とは裏腹にどんどん離れて行ってしまう。そしてついに、商店街の最後の店の前まできてしまって、思わず表情が沈んだ。
「……もう、行ってしまったのかしらね…」
誰に話しかけるでもなく呟くと、トボトボと階段を降りていく。

と、ことん、と音がして、彼女の横を小ぶりのプラムがひとつ、転がってきた。
すれ違う人はなんだこれは、という顔で目を瞬きながら通りすぎていく。
振り向けば、いましがた歩いてきた黒檀商店街を、反対方向へ向かって歩いていく老女の姿。
彼女の背負った布のかばんは、端が破れているようだった。しばらく見ていると、中から先程と同じくらいのプラムがもうひとつ、ことり、とこぼれる。

「…あら」
足元に転がってきたプラムを見つけて、小さく声をあげた。手にとって周りを見れば、童話の兄妹のように、商店街の廊下にプラムを落としながら歩いている老女の姿が見えた。
「……もし、落としましたよ。」
追いかけて、控えめに声をかけた。

「……まあ。まあまあまあ」
親切な声かけに、老女は目を丸くして、しわのよった小さな両手を開いて見せた。
「親切なお嬢さんだこと」
そう微笑む彼女は、お礼よと言って、かばんのなかから取り出したプラムを、入れ違いに少女の手のひらに乗せる。
「あなたに幸運がありますように」
と、微笑んだ老女の、その小柄な背の向こう側で━━━

「━━━あ」

スープに刻んで入れるための野菜を品定めしていた、ピンクの髪のミコッテが目を丸くして、こちらを見ていた。

「…、そんな、ありがとうございます…」
気にしないで、と押し返すのも無礼な気がして、手のひらにのせられたプラムはお礼の言葉と引き換えにありがたくいただくことにした。
「幸運は、今この手にのりました、よ……」
にこりと微笑んで応える声が、不自然に途切れる。老女の後ろから、ピンクの髪が見えたのだ。

少女の変化に気づかずに、破れた鞄を両手に抱え直して、老女はそれじゃあねと商店街を後にする。
一瞬の静寂を挟んだのは気のせいか、ふと我に返れば、あたりは再び活気と人々の会話に溢れていた。
黒檀商店街の一角で、次の航海のための食料を選んでいた彼らは、少女と2度目の邂逅を果たすことになる。


「あ、は、はい…。お気をつけて…」
立ち去る老女に慌てて声をかけて、後ろ姿に手を振った。
そうして今一度、ミコッテの少女は彼らの方へと向き直った。
ただし、自分から探しておきながら、かける言葉が見当たらない。

「───さっきの嬢ちゃん」

静寂を破ったのは兄貴分の、半ば独り言のような一言で。
それを皮切りに、今度は弟分がリ・エベの肩に飛び付いてくる。

「おいこらエベ兄!ほら!言い忘れたことがあんだろ!」

当のリ・エベはというと、弟分の主張と肩にのった重量に右へ、左へと揺られながら、ポカンと口を開けたままである。

「………、………」

なにか言おうと、声をかけようと何度か唇を開閉する。
するけれど、なんと声をかけていいか分からない。
おろおろと視線が左右に泳いでいる。

「………え、と」

リ・エベも彼で、少女になんと話して良いか、必死で思考を巡らせているようだった。
が、彼はおそらく気づいていない。自分がまだ、名乗ってすらいないことに。

「……!」

はっとして顔をあげる。
彼がなにか言いかけたことに気が付いて、半端に開いていた唇を閉じた。
急かす訳でも無く、大人しく辛抱強く静かにその場で彼の言葉の続きを待っている。
おかげで、ふたりの間には不自然な距離が空いてしまっていた。
その空白を、事情を知らず気にも留めないマーケットのお客たちがすれ違っていく。


「……………お……俺!!!!!」

わなわなと、口を開閉させていた彼は、あるとき突然大声を発した。周囲の人々は驚き、彼の顔をまじまじと見ながら通りすぎていく。

「俺、リ・エベ・ティア!!」

ようやっと、自分が名乗っていないことを思い出したらしい。勢いよく自分の名を口にした。それから、また数秒考える。

「俺ら、リムサ・ロミンサの…海賊、だけど!無闇に人は襲わない!武器を持ってない奴は見逃すし、溺れた奴は敵でも助ける!それから……それから」

背後でうんうんと相づちを打つ仲間三人。リ・エベの言葉が途切れると、あれ、と目を瞬かせて彼を見る。

「……!」

大きな声にびっくりして、思わず両手を胸の前に握り合わせながら肩をすくめる。垂れがちな耳がピンと跳ね、尻尾は膨らみながら立ち上がった。
驚いたのミコッテの少女ばかりではなかった。二人の間を通り過ぎていた客たちも驚いて目を丸くして、思わず彼らの側を離れるのである。遠巻きに見守られる彼らの間には、遮るものが無くなった。その人混みのあわいに偶然出来上がったまっさらな空間は、まるで互いにだけ続く道のようだった。
ミコッテの娘は、爪先を踏み出してゆっくりと、けれどためらいなく彼の前まで歩みを寄せた。

「……、それから…?」

視線を右へ、左へ。自分の伝えたい骨子を掴もうと、彼は必死で考える。

事態に合わせて体を動かすのは得意なリ・エベだが、筋道たてて物事を説明するのは、どうにも苦手だったらしい 。

「それから……漁師の手伝いもする!町の掃除も…下手くそだけど言われたらちゃんとするし、海を荒らす魔物はとっちめるし……だから」

だから。それきり言って、彼はまた結論を見失う。

「つまり、昔語りに言われるような極悪人じゃないから安心してくれって、そう言ってんのさ」

助け船を出したのは、後ろで腕を組んでいた兄貴分のほうだった。
しょげたように垂れた耳の向こうで、大柄な彼がにかっと豪快に微笑む。
彼が言葉を重ねるにつれて、ミコッテの表情が柔らかくほころんでいく。目を細めて見守っている眼差しは、幼い子どもに向けるものとよく似ていた。
彼に変わって「つまり」の先を答えた兄貴分らしき男に、視線を移して浅く頷く。

「……、ありがとう。私のために、言葉を尽くしてくれて。」

す、と伸ばされる指先は彼が逃げなければ、柔らかく前髪を撫でようとする。ありもしない雨粒を払うような仕草で。

「本当は、あなたが悪い人じゃないってことは、一目見たときからわかっていた筈だったんだけど。ごめんなさい…、疑ってしまって。」

前髪に触れた指先に、ぴく、と耳が跳ねるように動いた。

「…………………!」

心なしかうつむきかけていた顔が、恐る恐る持ち上がる。
上目使いの金の目は、叱咤を免れた子どものような。
背後では海賊仲間が、穏やかな笑みを浮かべて二人の様子を見守っている。

「……はじめまして、をさせてくれるかしら。」

避けた髪のあわいから、金色の目がこちらを伺っているのを見つけた。応えるように瞳を細めてから、彼の髪に触れていた手を、そのまま差し出す。握手の形に。

「私の名前は、ルネよ。ルネ・ネモス」



…それから、いくつ数えたくらいだろう。

金色の目が大きく見開かれて、ぱさついた毛並みのしっぽがぶわ、と広がる。
差し出された手に自分のそれを重ねて、一、二回、ナッツイーターの通った後の小枝のように揺らして見せる。
とたん、後ろで見守っていた三人が、飛び上がって二人に駆け寄った。
歓喜の口笛は、通りの奥の休憩所で腰かけた老女の耳にも届いただろうか。

「…、ありがとう」

握手に応じてくれた彼に、微笑みながら告げる。
駆け寄ってきた仲間らしき人達の口笛に、やや驚いて目を丸くする。若干引き気味に片足を下げてしまうのは、突然の祝福とその勢いに、少し驚いてしまったからだ。
けれどややあってから、どこか照れくさそうに破顔した。
それから、彼女はスカートのポケットからひとつ包みを取り出してみせる。穏やかに波打つ棉草の布を開くと、そこに大切に仕舞われていたのは、彼が手のひらに握らせた一枚の貝殻だった。

「これの…お礼がしたかったの。ありがとう、大切なものだったのでしょう?」

おっとりと無防備に微笑みながら、小首を傾げる。それは、このミコッテの本来の表情だった。
ルネ。ようやっと名前を知ることができた彼女の、やわらかな笑みにつられて、リ・エベの顔も少しずつほころんだ。

「うん。俺の持ってるなかで、一番、…たぶん一番…高い…かは、わかんねぇな………良い…かもだけど………いや……一番、…一番きれいなやつ、だと思う!」

悪名が実態を先走るような、そんな立場で暮らしているからこそ。転がり込んだ自分を追い出さずにいてくれたことが、彼は嬉しかったのだ。
数字で、価格で、あるいは量で、測れるものはまだ、彼にはない。それゆえに、

「俺の持ってるなかで、一番きれいなのだから、一番お礼に渡したかったんだ!」

年齢のわりには単調な、しかし偽りのない言葉は、おそらく今までで一番大きな声で、黒檀商店街へと響いた。



───その日はやがて、リ・エベの一家のなかで、ひとつの記念日のようになるだろう。

そう遠くない未来、リムサ・ロミンサの港に留まる小さな小さな船から、ちょっと外れた音頭と共に、海賊達の歌が聞こえてくる。



「船で育った野良猫が、森のお庭に駆け込んだ」
「庭の主人が機を織る、からからからから機を織る」
「野良猫坊主がデッキを磨く、しゃかしゃかしゃかしゃかブラシと走る」
「二本のしっぽが合わせて揺れる、ゆらゆらゆらゆら仲良く揺れる」

  • 最終更新:2018-10-07 19:41:40

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