20181008

砂の都・ウルダハ。エオルゼア屈指の商業都市は、呪術士たちの総本山を抱くことでも知られている。
その、総本山――呪術士ギルドを目指して、一人のエレゼンの青年が、ナル回廊の大通りを歩いていく。その手には、魔法書の題と著者の名ををびっしりと書きとめたメモが、握られていた。
彼がここを訪れるのは、初めてではないようで。通り道を守る不滅隊の若者が彼に声をかけた。

「やあ、君。また本を借りに行くのかい」

ややあって、エレゼンの青年は小さく、こくんと頷いてみせた。

国際市場程ではないが、流石は大都市と言うべきか、人通りはそれなりのもの。
とは言えウルダハの民であれば慣れたもので、それぞれが思い思いに目的地を目指して通りすぎていったが……
不滅隊の隊士へ意識を向けていた青年の脚に、とん、と軽い衝撃を感じた。

「ひっぐ、えぐ……っ、おにいちゃん、助けて……っ」

背後を振り返り――――更に足元まで視線を下ろすと、ヒューラン族の小さな少年が、その脚に縋り付いている。
こちらを見上げてくる顔は涙や鼻水に濡れ、嗚咽混じりの言葉も辛うじて聞き取れるといった程度。

「っ!!………?」

少年の呼びかけに、青年は橙の瞳を2、3度瞬かせて首を傾げた。後姿が身内に似ていた―――というわけではなさそうだ。
おそらく少し前の彼ならば、億劫だとか巻き込まれたくないとかで、早々に別の人物に擦り付けて去っていったのではなかろうか。
友人たちを得て人との関わりが増えた今、彼はほぼ反射的に、腰を降ろして少年に目線を合わせていた。

「……何」

顔も口調も、相変わらず不愛想であったが。
体格の差が大きすぎるせいで、そんな青年に無愛想な声と共に目線を向けられれば平時なら怯えていたかもしれない――――が。
怯む程の余裕もないのか、意外に肝が据わっているのか、涙濡れの両目を擦りながら少年は続ける。

「ひぐ…………おねえちゃんが…………おねえちゃん、が…………ぅぐ、えぐ……っ」

が、完全に冷静さを失っており、用件を伝えるための文章を組み立てる事もできない様子である。

「……どっち」

その姿をみかねた彼は、少年に場所を示すように促す。指さしか、地名か、あるいは危険でないなら手を引くかして連れて行ってくれればいいと、…そこまでの意図を集約した短い言葉だった。
病気なら薬屋か医師を頼るだろうし、地位有る家の者なら自分のような出自のしれぬ男より不滅隊や銅刃団に向かうだろう。いったい何の理由があって彼は自分に声をかけたのか。…そんなことを考えながら、彼は少年の答えを待った。

「…………ひ、ぐ…………っ」

少年が返答として選んだのは、言葉ではなく行動。何とか力が加わっている、という程度の強さで、掴んだ青年の腕を引く。
頼りない小さな手に導かれるままに青年が足を進めれば、向かう先はナル大門―――― 少年は都市外へ彼を連れ出そうとしていた。

「え、…外…?」

速足に少年に手を引かれ、彼の眼前に広がるのはザナラーンの広大な砂漠。彼の脳裏に、不穏な光景が浮かぶ。
街から一歩踏み出せば、そこは魔物達が闊歩する危険地帯なのだ。

「……まさか」
「…………ぅぅ…………」

門の外に目を向け、少年は流石に逡巡するが―――― それでも、その場に留まろうとはしなかった。
青年の腕を掴み、そのままザナラーンの大地へ足を踏み出す。

「おねえちゃん……おねえちゃんが……」
「……。 …………」

その姿を認めて、彼は手にしていたメモを提げた鞄にしまった。代わりに手にしたのは、片手で扱える長さの呪具である。橙の目が、警戒の色を映した。

「――――――やぁ、どうしたんだ? こんな所で」

二人に声を掛けたのは、貧民街の方角から歩いてきた金髪のミコッテの男だった。
武器を手にする若いエレゼンと、それに縋り付く少年と来れば、只事ではないのは一目で理解できる。
説明を求めて、まずはエレゼンの青年にミコッテが顔を向けた――――見上げる形で。

「どうやら緊急事態のようだが……事情を聞いても構わないかい?」

「!」

視界の外からかけられた声に、青年は目を見張って顔をそちらに向けた。
きれいな金色の髪の流れとは別に、ミコッテ特有の耳が、彼の視点からはよく見えた。エレゼンの青年はどちらかといえば、いや大いに人見知りであったが、今はそれどころではないというのも分かっていた。
何より、相手の顔つきというか、雰囲気というかから、ウルダハの狡猾な商人たちのような悪意を感じなかったことが大きい。
少年に一度目配せをして、それから、ミコッテの青年に頷いた。

「……僕も、詳しいことはわからない…んだけど。…彼の姉が、どうにも危険な状態らしい」

短くではあるが、少年の言動から推測できる一番の答えを、若いエレゼンは説明する。

「状況からして、おそらく魔物に襲われたか、あるいは野党か……だから、武器をと思って」

「何と、そいつは一刻の猶予もないな…… ありがとう、勇猛なる呪術師よ!」

ミコッテはにこりと牙を見せて、エレゼンの説明に礼を言う。
そのまま今度は片膝をつき座り込んで、エレゼンの腕を掴む少年に目線を合わせた。
よく通るその声を数段押さえて、可能な限り穏やかに彼は語り掛ける。

「小さな戦士よ、聞いてくれ。自らの手と足で肉親を取り戻すそうとするその強き意志、俺達に引き継がせてくれないか? 君のお姉さんがいる場所を教えてくれ」
「……………………」

少年は再び逡巡したが――――やはり恐怖があるのは確かなのだろう。
収まりかけた涙を溢れさせながら、彼はミコッテの言葉に従い指を指す。
貧民街の付近だが、不滅隊や銅刃団の目も届きにくく、失踪者も多い特に治安の悪いエリアだ。
一方、まるで叙情詩の一節のごとく滑らかに言葉をつづけるミコッテの彼に、エレゼンの彼はほんの一瞬呆気に取られていた。
そして同時に、自分が伝えきれなかったことのすべてを彼が代弁してくれたのも確かだった。口下手な彼の胸の内に、安堵と、憧れのような嫉妬のようなものがふわりと広がる。
少年の示した方向を目で追って、エレゼンの彼は少年に視線を落とした。

「わかった。…あんたは、ここで待っていて。姉さんは僕と……彼で、助け出すから」
「……………………」

暫く黙り込んだ後、ようやく少年は小さく頷く。
ミコッテも、それに満足気に頷いて応えた。

「では、急がなければな! 彼の意志をこの背に背負ってるんだ、やり遂げなければ戦士が廃るってものだろう、相棒!」

素早く立ち上がると、エレゼンの背中を軽く――――というのはミコッテにとってであって、エレゼンにとって如何かは定かでない――――叩く。
そして少年が指さした方向へ、ミコッテ特有の身体能力を駆使し、跳ぶような動きで駆け出した。
エレゼン、それも術師である彼がついてこれるかどうかの問題は、ミコッテの頭には入っていないらしい。

「あ、相棒…? ……ッ!?」

突然背中をぽんと叩かれ、エレゼンの彼は衝撃…というよりは驚きで1、2歩よろめいた。
もとより外に出て身体を動かすことのあまりなかったエレゼンの青年の、そのはるか先を、ミコッテの彼は走っていく。
ミコッテの彼の言動は、青年にとって、突然何の条件もなく向けられた好意のように思えた。
同時に、そんなものが存在していることを未だ信じ切れていない彼の胸に去来するのは、本来感じる必要のない、一種の戸惑いだったのかもしれない。水色の髪の、アウラの少女から受けたものと、同じように。



目的の人物はあっという間に――――これもミコッテにとっての感覚だが――――発見される事になる。
ぼろぼろの小さな宿小屋の前に、二十人近い程の屈強な男達が集まっているのが、遠目にもわかった。
その中心では何やら揉めている様子で、男の声に交じり高い女性の声が聞こえてくる。

「い、いやっ……離して……ッ……!」

先程の少年の髪色などとも特徴が一致する。男達に捕まっている彼女が少年の姉である事は、まず間違いないだろう。
この辺りでは珍しくも無い、犯罪組織に誘拐されアジトに連れてこられたといったところか、とミコッテは推測した。

ミコッテに少し遅れて、エレゼンの青年が追いつき、ミコッテが身を隠している大きな岩の傍に寄る。
同時に、少年が不滅隊や銅刃団ではなく彼を頼った理由も理解した。

それらの組織がこの規模の戦力に対抗するには、どうしても隊を編成し準備を整える必要がある。
手遅れになる前に少年の姉を救える者がいるとしたら、彼のように自由に動ける冒険者だけだ。
そのことに、エレゼンの青年も合点がいったらしい。
手にした呪具を握り直して、魔力を込める塩梅を確かめる。
男達を見る目に先ほどまでにはない辛辣な、冷淡な嫌悪の念が宿るのは、少し前の出来事を思い出したためかもしれない。

「…プロスペールだ。連携するとしたら、名前、知っておいた方がいいかな、って。………あんたは?」

おそらくかなりの勇気を絞って発せられたであろう問いかけ。それは、彼が相手の好意になんらかの返答をしたいと思ったからなのか、逆に、ほんの少しでも彼の勢いに張り合いたいと思ったからなのか。…真相は発した本人も気づかない。
碧眼を細め敵の戦力を見極めていたミコッテが、一瞬目を丸くして首だけでエレゼン、プロスペールに振り向く。
だがすぐに、彼は満足気に牙を見せ笑った。

「俺はリオと言う。俺の背中は君に預けよう、プロスペール!」

サンシーカーである彼は、本来頭につく筈の氏族名を省き名乗った。
しかしその意味を問う暇もなく、彼は再び男達へ向き直って言葉を続ける。

「彼女を人質に使われる前に、俺が飛び込んで奪還する。君はそれを呪術で援護してくれ――――それから」

言葉で言う程簡単でない筈の事を、さらりとリオは言ってのける。碧眼の片目がプロスペールを向き、まるで悪戯を企む子供のように細められた。

「俺が合図をしたら、君が撃てる最大の呪術を詠唱してくれ」



「……リオ」

相手の名前を、自分でも口に出して読んでみる。
名乗り方が少々気になるが、今はそれよりも、少女の救出が優先であるのは彼も承知の上。

「…………わかった」

リオの笑みについつられて、プロスペールの口角がわずかに上がる。


「見せてくれよ――――君の“牙”を!」

プロスペールに確認を取る事もなく、リオは岩陰から地を蹴り跳躍する。
吹き荒れる暴風のように、一陣の矢のように、彼は真っすぐに屈強な男達の真っ只中へと飛び込み、男達が奇襲に気付く前にその腕から少女を奪った。
彼が地を蹴るのと同時、プロスペールは呪具を掲げて魔力を練り始める。
リオがいつ、合図をしても良いように。その目はどこか、得物を狙いすます蛇か何かの、ような。

「えっ……あ、あなたは……?」

『な、なんだお前!?』
『一人で俺達全員とやり合おうってのか!?』
『殺せ!! 逃がさないように取り囲めよ!!』

男達の困惑した声や怒声が飛び交い、混乱の中でリオの脇に抱えられた少女が茫然と彼を見上げた。

片手で少女を抱えたまま、彼女を庇い、二十人近い敵に囲まれた中心に躍り出る。
これ以上なく、極めて不利な筈のこの状況で、リオは獰猛に牙を見せ、碧眼を細め笑った。

背の大剣を抜き、片手で振るいその腹で殴り掛かってきた男の一人を弾く。
横から飛び込んできた槍持ちの突撃を、大剣で滑らせるようにいなしバランスを崩したところを蹴り飛ばした。
遠方から撃ってきた弓矢は、ナイフを振り上げてきた男を足払いで転倒させ、それを足場に少女ごと上空に跳び避ける。

大群相手の大立ち回り――――だが如何に彼が手練れであろうと、少女を脇に抱えて単独突破できる筈はない。
でありながら、未だリオが合図を出す様子はなかった。

痺れを切らした後方の敵達が前進し始め、男達がリオ達の元へ押し寄せるように集まっていく。

「…っ!?」

咄嗟に魔法を放とうとして―――プロスペールは直前で思い留まった。
二十対一、そんな絶対的な苦境に立たされながら、一人奮闘する彼の顔に恐れや焦りといった色が見えない。
何かがある。そう確信したプロスペールは彼の言葉を信じ、自分の魔法が最も必要とされる瞬間を待った。
その「何か」の正体には―――まだ、至らずとも。

男の一人が放った弓矢が、リオの肩を掠める。
その外套を細く裂くが、依然彼の表情は変わらない。

――――――反旗を翻すタイミングは、敵が勝利を確信したその瞬間でなくてはならない。
反逆の牙が喉元に最も深く食い込むのは、追い込まれ、崖っぷちに立たされ、最後の一撃が振り下ろされるまさにその時だ。

「―――――ここだ、プロスペール!!」

敵軍の真っ只中にありながら、その声は辺りによく響いた。
追撃を紙一重で回避しながら、リオはその大剣を頭上へ向け突き上げる。

戦闘としては全く無駄な動作。それは紛れも無く、彼の言う“合図”と呼べるだろう。
後方の敵が痺れを切らし、敵軍がリオ達へ殺到し纏まっている今こそ、強力な魔法で一掃するには絶好のタイミングと言えるかもしれない。

だがそれは、その敵軍の中心にいるリオ自身の存在を考慮しなければ、の話だ。
破壊に特化した呪術、それも撃てる限りの強力な魔法となれば、リオ自身は勿論の事、彼が抱える少女をも巻き込んでしまう事は明らかだろう。
リオは盾を持っていない。持っていたとしても剣と少女でそれぞれの手が塞がっている以上、構えようがない。

大剣一本で破壊の魔法を耐え抜く事など不可能に近い筈だが――――――それでも、彼は迷いなくその剣を天へ突き上げた。

―――その光景は一瞬、自殺行為のようにも見えたことだろう。
だが、プロスペールの目からも、リオの行動が単なるその場しのぎでないことは明らかだった。

リオが少年に、姉を連れ戻すと強く約束したのを、この目で見ているから。
ともすれば自分どころか彼女の命まで奪いかねないこの行動が、苦し紛れの賭けだとは到底思えない。
その結論が、彼の頭から「手加減」という単語を消したのだ。

態勢を低く構えて、プロスペールは己の得物に魔力を注ぎ込む。俯き影の落ちたその顔から、橙色の目だけが光り男達を睨んだ。
魔力は主の苛烈な反骨心を糧にして、呪文に乗せられ形になっていく。

そして―――リオの掲げる大剣のちょうど真上で、空間が陽炎のように揺らめき始めた。
その中心にちりちりと渦巻き始めた火花は、有無を言わさぬ勢いで大きさを増し、彼等を覆い尽くす火の屋根となる。

「――――い、けェェ!!!」

プロスペールが呪具を振り下ろしたその瞬間、リオ達の頭上に火の玉が降り注いだ。

『な、なんだぁ!?』
『うあああああああッ…………!!』

逃げ惑う男達だったが、もう遅い。
降り注ぐ豪雨のように堕ちる破壊の炎は、二十人もの男達を逃がす事なく呑み込んでいき、その中心のリオらを含め、包み込んで弾けた。
噴煙が立ち上り、その中にいる男達やリオ、少女の安否も確認できない。
飛び交っていた男達の怒声や罵声もぴたりと止み、周囲を静寂が包んだ。

一変して静けさを取り戻したその場所へ、プロスペールが息を切らして駆け寄ってくる。
立ち込める灰色の煙の中、かすかに耳に届いてくるのは、巻き込まれた枯草が燃えるパチパチという音と、辛うじて致命傷を免れた男達のうめき声と。
彼はローブの袖で口を覆い、時折咳込みながらリオ達の姿を探した。

――――と。

「ははははっ!! 最高の反逆の炎だったぞ、プロスペール!」

しんと静まり返った場にははっきりと響く、心から楽しんでいるような笑い声。
噴煙が払われるように晴れ、少女を抱えるリオが現れた。
多少煤で汚れている程度で、彼にも少女にも、目で窺える外傷は無い。

払われる煙と同時に、闇色の粒子のようなものが小さく見えた気がした。

「さて、増援が無いとも限らないし、長居は無用だな。離脱するとしようか!」

「―――――は、」

分かっていた。いや信じていた。必ずや彼は凌ぎきって見せるだろうと。信じていたけれど。
凌ぎきる?いや、むしろ、「ものともしていない」という表現が正しいだろう様子で彼が戻って来たものだから、プロスペールは一瞬ぽかんと呆気に取られて見せる。
それは―――ちらりと視界に映った不可思議な気配を、忘れてしまうほどに。

「あ……えっと……うん」

颯爽と歩いていくリオの背中と、追いすがる意地も力も失せた男たちの様子を交互に見て、プロスペールは彼とともにウルダハへの帰路につく。

「…奴らのことは、僕から不滅隊に伝えておく」

リオに追いつきながら、彼はぽそりと付け加えた。
彼等にいい気味だと吐き捨てたい気持ちと、かといって自分らが人殺しになるのは御免だという至極淡泊な理由とに、折り合いを付けた結果の発言だった。

「そいつは助かる! 報告は君に任せるよ、プロスペール! 君の呪術が彼らを纏めて打ち負かしたと、しっかり伝えておいてくれ!」

大剣を背負う代わりに、少女を両手で抱き上げて運びながら、リオはプロスペールの言葉に満足気な笑顔を見せた。

「それから、君もすまない! 作戦を伝えてないものだから、怖かっただろう? 彼は俺を信じて手を貸してくれたんだ、恨むなら俺だけにしてくれよ?」

次に、抱き上げた少女にも語り掛けた。
少女は様々な出来事が同時に重なりすぎて、理解が追いついていない様子だったが――――――小さく、「ありがとうございました」と呟いた。

リオにも、プロスペールにも。







ウルダハ、不滅隊作戦本部前。

プロスペールが不滅隊に事の顛末を伝えた後、無事再会した少年と少女は、互いに抱き合ってその身の無事を喜んでいた。
その様子を見て、リオはにこにこと笑顔で頷いている。
リオの隣にしゃがみ込み、プロスペールもまた二人の様子を眺めていた。ローブの裾が地面につかないよう、端を自分の腕に巻き込んで。

「……………あのさ」

しばらくそのままでいたプロスペールだが、あるときふと思い出したように、リオに向けて顔を上げる。

「………そういえばあんた、どこの人?この街の傭兵とか、そういうのには見えないけど」
「どこの人でもないぞ? 冒険者で、気ままな“ティア”さ。 君もそうなんじゃないのかい?」

腕を組んだまま、首だけでリオはプロスペールに振り向く。

「少なくともウルダハの出身じゃあないだろう?元々呪術の家系ってわけでもない筈だ。だというのにあの凄まじい炎、素晴らしかったさ! まぁ、あのくらいの相手じゃ、あまり反逆しがいも無いかもしれないけどな」

そう言って、彼は陽気に笑った。
そこは笑う所なのか――――――プロスペールが呆れる間も無く、彼らが助けた少年と少女が近づいてきた。

「あ、あの……お兄ちゃん達、本当にありがとうっ!」
「私も……何とお礼を言って良いか……」

色々と問いたい事と、微妙な照れ臭さは……いったんしまって置くことにしたらしい。
プロスペールは歩み寄って来た二人の子どもへと視線を向けた。
二、三度視線をゆらゆらと動かして、言いよどむ。

「…いや、別にそこまで畏まって言われても………ねえ」

子どもとの会話に慣れていない様子の彼は、助けを求めるような目つきをリオに向けた。

「ははははっ、そうだな! 始まりは君の勇気ある行動が、この結末を引き寄せたんだ。俺達はそれを少し手助けしたに過ぎないさ」

再びリオは片膝をつき、少年と目線を合わせる。
その頭にぽん、と片手を添え、牙を見せて笑った。

「……でも…… 結局僕、助けを呼ぶしかできなかったし…… 大きくなったら、お兄ちゃん達みたいに強い冒険者さんになれるかな……?」
「勿論だとも! 強大な敵にも臆せず突き立てようとした、その牙があれば必ずな! そうだろう、プロスペール!」

はっ、と思わず声を上げて、プロスペールは慌てて頷いた。

「…そ、そう。そうだ。彼の…リオのいう通り。」

それだけであるけれど、精一杯、リオに同意を示す。

「それに、ほら。助けたい、って。君は思えたから。きっと・・・大丈夫…だと思う」

なんとか自分も自分らしく云おうと努めて、途中でなんとなく諦めた気配の語尾。
伝えたい励ましの気持ちはある。けれどもそれを言葉に変換する術に乏しいプロスペールには、彼の言動がやはり、どこか眩しく感じられたのだった。

「…………。 …………うん……! 本当にありがとう、二人とも!」

それから何度もお礼を言って、少年達は仲睦まじく手を繋いで去っていった。
残されたプロスペールに対し、リオが片手を上げる。

「それでは、俺も行くとするか! 手を貸してくれてありがとう、君とはまた会えそうな気がするな!」
「えっ」

言いながら既に出立の気配を漂わすリオに、プロスペールが目を瞬いた。

「……そう」

もう行ってしまうのか、とか。
こちらこそ僕だけでは無理だったよ、とか。
今度会う時は、もっと自分のことを教えてくれとか。
あるいは、そうだね、また会えることをニメーヤに祈るよ、とか。
――――そういうことを、言えればよかったのだけれど。

「……ありがとう。…また」

精一杯、それだけ言って、プロスペールはリオに応えるように片手を上げて見せる。若干、遠慮がちな手つきで。

「……気を付けて」

「ああ、君もな! また会おう…………あ」

白い外套を翻しかけたリオだったが、思い出したように足を止めた。
もう一度プロスペールに向き直ると、牙を見せ笑いかける。

「君が自分で思っている程、君は弱くないぞ! 自ら前に進む意志は、何者にも勝る牙になるんだからな!」

ああ勿論、戦闘能力の事を言っているんじゃないからな、と付け加えて、今度こそ彼は踵を返した。
背中越しに手を振って、エメラルドアベニューの人通りに消えていく。

「!?」

真正面から向けられた肯定の言葉に、プロスペールは耳を疑った。

「えっ…それ、どういう」

追いかけようとした背は、颯爽と歩むことを止めずに人波へと混じって、見えなくなる。
制止の意思を込めて前へと突き出した手の平を、ゆっくりと下ろして、彼はしばし考え込む。

弱い者に対して、高圧的な奴らばかりを目にしてきた。そんな気がする。だからこそ彼の言動が新鮮というか、信じられない、という方がしっくり来てしまった。
もしかしたら、世界にはそういう人もいて、彼等を信じられないよ感じること自体が不幸なのだろうか、と卑屈な自分と問答を繰り返す。

「……なんなんだろう…あの人」

奇妙な感覚に、思わず彼は呟いた。
胸中で解け始めた何かの正体、そして彼の目指すものの意味にはまだ、至らずとも。


  • 最終更新:2018-10-08 02:03:37

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