20181127

夢を見ていた。
弟妹が3人、他に血縁の幼子が7人いた。夜は皆で、大きな毛皮の布団に詰まって、肌寒い夜を過ごした時の夢。母が寝る前に笛の音を聞かせてくれた夢。自分の毛皮の色は母とそっくりだ。
夢だと分かっていた。今は皆がクルザスの雪の下に埋まって物言わなくなっているのだから。

窓から薄紫の空が覗く中、タニャはゆっくりと瞼を上げた。目の前に男の浅黒い肌が見える。この傍らの体温のせいで、懐かしい夢を見たに違いない。
随分と前の────少なくともそう思えるだけの時間が経っているから、今更感傷にふけるほどではないのだが。何となく、もう少しだけ夢の余韻に揺蕩っていたくて、タニャはもう一度目を閉じる。

腕の中ですっかり馴染んだ体温が僅かに蠢くのを感じた。それに反応して覚醒しかけたロッソの意識が、朝の静けさと澄んだ空気に一気に引きずり出される。

目覚めと同時に、昨夜さんざん飲み食いした所為であろう「重み」が襲い掛かってきて、どうにも寝覚めが悪い。

「んん……」

多少の身体の不快感と、それに乗じて再び眠りに引きずり込もうとする睡魔に反抗するようにロッソは声を上げようとしたが、寝起きの乾いた喉からは情けない呻き声が漏れただけだった。

ふと腕の中を見れば、赤毛の猫はまだ眠ったままのようだ。あまりに無防備な様子に少し口角を上げて、改めて抱き寄せようかと腕をその身に回す。

「……ん……?」

呻き声と、抱かれた腕の感覚に、タニャは大きな緑色の瞳を現した。鏡のような瞳孔に、ロッソの喉が映り込む。

「……起こしたか?」

遠慮がちに囁きかけながら、タニャは身動ぎしてロッソの顔を覗きこもうとする。

「………タニャああ……」

声に反応して、再び微睡みかけていた意識のまま、腕の中の温もりをぎゅうと掻き抱いた。
頬に触れる髪や耳に、ずりずりと頬擦りしながら、その顔はだらしなく緩む。

「……おはよ……」
「う……」

気安く親密なロッソの仕草に、タニャは思わず笑い出す寸前の声をあげた。頬の当たるのがくすぐったくて、ぴんぴんと柔らかい耳朶を跳ねさせて抗議する。

「おはよ。……やめろよそれ……」

口でそう言いながら、はにかむだけで抵抗さえ見せない。あんまりに近しい間柄のような触れ方が懐かしくて、特に家族の夢を見たあとだったから、恋しさもあったのかもしれない。

「ん~?……んん~……」

タニャの声に反応はしたものの、特に行為をやめようとはせず。

「あむ」

しばらくそうしていたが、抵抗すら無いことに調子に乗ったのか、ふとタニャの耳の先を軽く食んだ。

「ひゃ、っ……」

猫の耳朶にロッソの唇が触れた瞬間、ひきつった甘い声が漏れた。硬直の後の絶句。小刻みに肩が震えて、ゆっくりと拳が持ち上がった。
タニャの反応に気付かないまま、はむ、はむと何度か繰り返して。
やがてその顔が再び、にへらと崩れた。

「……タニャの匂いがする。へへ」
「っ、っ……!!」

触れられる度、噛み殺した声が漏れて、肌が震えて。真っ赤な顔と怒りの眼光が持ち上がったのも束の間、タニャの渾身の拳がロッソに振り下ろされた。

「……ンのスケコマシーーー!!!」
「あイタ!痛い!!」

虎の咆哮とも紛う怒声と共に、ロッソを蹴飛ばすように布団から脱して、散々口付けられた耳を覆う。怒りのためか、はたまた別の要因か、ふーふーと荒い呼気を牙の間から吐いて。
拳の一撃で漸く目が覚めたのか、ロッソは布団の中で飛ぶ勢いで跳ねた。
お互いの勢いで舞った掛布団を被って、もごもごともがいている。

「なんっ、なんっ、何すんだバカ!!ばか!!!」
「……こまっ……こましてないし……」

布団から顔を出すや否や、見当外れの反論と共にタニャを見て。

「今!!今まさに!!こましただろ!!」

興奮で太った尻尾を床に打ち付けて抗議しながら、タニャはまだ赤い顔のまま吠えた。薄い皮膚と毛皮で覆われた耳は、それゆえに敏感だ。矢鱈と触らせるものでもないし、口付けるなんて番いがすることだ。
ロッソの寝起きの顔を睨み付けて、タニャは壁際で丸くなる。

「くっそ、油断するんじゃなかった……!!」
「こますっていうのはさァ……もっとこう……」

布団の中から生えたロッソの手が、床の上で跳ねた。楽器でも演奏するように、滑らかに指が蠢いた。

「うーーん……ねむい……」

手指の動きに反して鈍る頭の重さに、再び布団の上に崩れて。

「なんだよその手は!!何を……」

妖しい手つきに再度吠えかかったが、どうやら気分の優れないらしいロッソの様子に、タニャはやっと手を耳から下ろした。長い赤毛が、つるりと肩から落ちる。

「……あんだけ飲み食いするからだよ。……も少し寝てろ」
「え~~………」

タニャの言葉に、布団に伏せていた顔を上げて。

「……じゃあ一緒に寝よ。ね」

掛布団を持ち上げると、誘い込むようにゆらゆら揺らしている。

「ほーれほーれ……変な事しないから。………多分」
「寝ない!!多分って何だよ!もう絶対一緒に寝ない!!」

鋭い牙を見せつけるよう剥き出してから、タニャはぷいと鼻先を背けた。この髪や背を撫でてくれた手があんまり優しかったから忘れかけていたが、ロッソは大変なセクハラ魔だ。誘いには乗るまい。
唇を尖らせながら、ロッソに背を向けて髪を結い始めた。青白いうなじと、しなやかな背の動きが露になる。

「えぇ~……実際してないじゃん……今のところ……」

諦めて布団を置くと、不満そうに一つため息をついて。

背を向けたタニャのうなじから背、腰のラインをまじまじと眺めつつ。

「……気持ちよさそうに寝てたのに、ねぇ」
「したの!!したんだよ!!」

髪を留めると、ぎらりと眼光鋭く振り返りながら、タニャは先程の感覚を払うように耳を撫でる。柔らかく生々しい熱を持った、唇の感覚。思い返して、僅かに目元を染めた。

「あんなふうに耳触んな、ほんとに……ヒューランだって嫌だろ、いきなりされたら」
「えぇ……」

ふむ、と首を傾げて、目を細めた。
自分がされることを考えて。そしてした時の事を思い出して。

「………そうでもない……?」

呟くように短く言うと、そのままタニャに目を向けて。

「タニャもする?」
「しねーーーよ!!!」

本日何度めかの怒号を上げたところで、そろそろ近隣の部屋から苦情が入りそうだと思い直す。太った尻尾でびたびた床を叩きながら、窺うようにロッソを見つめる。

「……そんな気軽なもんなのかよ。くすぐったくねぇの?」
「そりゃあ、くすぐったいけどねえ」

あらぬ日の「その時」の感覚を思ったのか、ふと自らの耳を撫でて。

「それ所じゃない位気持ちいいのさ」

そう言って笑うロッソの表情は、どこか苦み走っていて。
思い出した日々に後悔はないが、あまり自慢げに話せるものでもない、と。
ふとタニャの背を見て思う。

「……?」

ロッソの視線の先を、訝しげなタニャの尾が巡って、ぺたりと床に落ちた。すぐにでも手に取れそうな距離に。
苦い笑みの形を見つめる緑色の目は、鏡のように光っていた。

「……ふーん。このスケベ」

何事か思ったのは察したのだろう。視線を逸らしがてら、そう言い捨てた。

「そうだけどさー。酷くない?そんな吐き捨てるみたいにさー」

ぶーぶーと不満げに布団に臥せり直すと、赤毛の尾に手を伸ばす。

「えい。えい」

指先はゆらゆらと揺れる尻尾をひと撫で、ふた撫でして。
まるでロッソの側が、じゃらされている猫のようだ。

「ひどくなーいー。ホントのことなんだから、身に染みろスケベ」

そっぽを向いたまま、器用な尾がロッソの手から逃げる。逃げては誘うように指に触れて、ぱさついた長毛で撫でて、また逃げる。平衡感覚を保つ器官としても、遊び道具としても優秀だ。一度ロッソの手に収まる尾は、口振りと反してそう憎く思っていない証だった。

「スケベ嫌いかい?それならちょっと考えるけど」

するり、と指の間をすり抜ける尾を追いながら、心にもない事を呟く。
ただタニャと接する中で、そういった気持ちが萎むことが度々あるのも確かだった。余りにも無防備で、先に罪悪感を催す様な。

「……嫌いっつーか……」

言いづらそうに視線が落ちて、尾の動きもロッソの手の中で止まった。こうしていると指先を繋いでいるようで、安心する。

「……困る……」

頑なに顔を逸らしたまま、タニャは小さく呟いた。嫌いだと一蹴できればいいものの、そうではないから困る。好きに身体を触られるなんてもっとおぞましいことだと思っていたのに、どうもロッソに対して、憎悪や拒絶とまでいくような感情を抱かない。
足りない頭で考え込んで背中を丸めれば、小柄さがより目立った。

「……そっか」

尾に触れていた手がふと離れる。
ばふ、と布団がはためいた。
次の瞬間には、ロッソの手はタニャの頭に乗っていて、タニャの髪をくしくし撫でる。
音もなく立ち上がっていたロッソは、部屋に備え付けのピッチャーを引っ掴むと、そのまま一気に水を煽った。

「んっ!?」

突然近付いてきたロッソの気配に、尻尾と身体が垂直に跳ねた。

「ちょ……お前、急に水そんなに入れたら腹痛くなんぞ」

急なロッソの行動に、呆れたらいいのか心配したらいいのか、気持ちの向きを掴み損ねたタニャは、ただロッソの上下する喉仏を眺める。

「……げふ」

空になったピッチャーを置くと、唇を拭った。水滴が線を引き、すぐ乾く。
もう片方の手はタニャの頭を撫でるままだ。

「ふー。ようやく目が覚めた」

そのままどっかとタニャの横に腰を下ろすと、改めてにまりと笑って。

「さあどうする?朝めし?」
「あんだけ食っておいてもう朝飯のこと考える!?」

急に近付いた距離に怯みながら、そして三大欲求で生きてるのかと疑うようなロッソの様子に驚きながら、それでもタニャは撫でられるままになっていた。時折耳に指が触れるが、この程度ならまだ、許容範囲だ。心地よさげに平たくなる、正直な耳朶。

「どこに入ってんだマジで……」

「ねぇ。本当に……」

そこまで言ってふと言葉が止まる。考え込むように視線が廻った。

「……今までは商会の荷運びがあったから、いくら食っても体型キープ出来てたけど……」

自分の身体を見る。筋肉質の締まった胸筋、割れた腹筋をちらりと見せつつ。

「同じペースで食ってたら、やばそうだねえ。これから……」

ふと言葉の詰まったロッソの唇を見て、それから誘われるようにその鍛えられた身体を見る。荷運びで、というよりは、戦闘に特化して鍛えられたように思えた。無意識に、タニャはその浅黒い肌に指を伸ばす。青白い指と対照的な、陽の下を生きる健康的な肌だ。

「……あれ以上に働かせっから、覚悟しとけよ」

とん、と軽く握った拳で、ロッソの胸板を叩く。それから、止めた言葉の先を促そうとして、赤い瞳を覗き込んだ。

「本当に、親方以上にこき使うつもりかい?そりゃ参るなあ……」

そう半笑いで零しつつ。
ひやりとした指、そして拳を押し返す様に筋肉が張る。
此方を見る大きな緑色の瞳を覗けば、自分の瞳の色まで確認できそうだ。

「まあ、安心して飯は食えそうだねぇ。はっはっは」

逞しい筋肉の隆起を前に、知らず熱い息が漏れる。強く健康な男だ。理想的な。そんなことをふと思って、慌てて手を引っ込める。そういうつもりで面倒を見ると言い出したわけではないのだ。

「ちゃんと自分で生きていけるように、いろいろ叩き込んでやんだよ」

よぎった邪な考えを誤魔化そうと、ロッソの目が映り込んだ瞳を逸らす。

「ま、まずは狩りからな。そしたら食うに困らないから」
「狩りかぁ。そっかぁ」

そう応えつつ、赤い瞳はタニャの様子を目ざとく見据えていた。
這うように伸びた手はタニャのものを掴むと、手指を絡めて。

「……もっと触ったっていいのに」
「うっ……」

ぎくりと身体が強張った。再度上げた視線が、ロッソのそれに絡めとられる。太く力強い指の感覚。自分のものとまるで違う男の香りに、何かが揺らぎそうだ。

「いっ、いい。触らない……」
「いいから。ほら」

絡んだままの指先を、自らの身体に沿わせる。自分のものよりだいぶ細い指先の感触。

「大丈夫大丈夫。異性に興味を持つのは普通の事だよ?タニャ」

まるで言い含めようとするかのような言葉だ。その顔は変わらず笑みを浮かべてはいるが。

「そおいうんじゃない!!ないから!!」

悲鳴寸前の声をあげながら、後ろ這いに腰を逃がそうとしながら、捕まってしまった手はそのままロッソの身体をなぞった。うなじの毛がびりびり震える。
屈強な兵士たちと喧嘩したことならあるが、こんなふうに、成人した男を確かめるように触れるなんてことはなかった。否が応でも、触れる手に意識が集中してしまう。顔に熱が集まる。

「そういう、そういう興味じゃない、そうじゃなくて」

タニャの戸惑いが、跳ねるその手を通じて伝わってくるようで。

「そっかぁ。勘違いだったかな」

最後に軽く指先に口付けて、タニャの手を離した。
赤く熱を持った顔を改めて見つめる。

「……可愛いなあ」
「ば、っ~~~~~!!!」

離された瞬間、弾けるように距離をとって、勢いで壁に頭をぶつけた。痛む後頭部を押さえながら、タニャは顔を隠すようにうずくまる。

「ほらあ、危ないって」

ぶつけたあたりを撫でてやろうとロッソは手を伸ばす。お互いの顔がより近付いた。

「もおお!!何だよ!!からかって楽しいかよ!!」
「いつも言ってるじゃん。からかったりしないよ、俺は」

やんわりとタニャの後頭部を抑えつつ「信用無いなあ」と小さく呟いて。
近付いた顔に、ひ、と声を飲んでタニャは動かなくなった。慣れない扱いへの羞恥ですっかり混乱した緑色の目が、ロッソを頼りなく見上げている。

「そんな目で見ないでよ……可愛いなあ」

何か堪える様に視線を外すと、つんと鼻先をつついた。
落ち着かせるように髪を撫でつつ、改めて座り直して。

「……やっぱり、すこし自覚した方がイイよタニャ。あー可愛い」
「かわ、かわいくない!!何だよ自覚って……」

ロッソが視線を逸らしてくれたので、やっと飲み込んだ息を声として吐き出した。心臓がやたらとどきどきする。触れられた鼻が熱くてのぼせそうだ。
真っ赤な頬を両手で覆って隠しながら、恨めしそうに顔を伏せて。

「節操なし……!」
「節操はあるよ?」

心外な、と言わんばかりに、胡坐をかいた両脚をぱしんと叩いて。

「俺がこんなにお尻を追っかけてるのは、タニャだけだからねえ」

ぐっと胸を張ると、ふふん、と笑って見せる。その顔のままで、逸らされたタニャの顔を見つめ続けている。
頬を覆った手指の間から、再度ロッソに視線が注がれた。疑うような、探るようなタニャの目付きが、ふと柔らかくなる。

「……ほんとに?」

どこか幼い調子の、無邪気な響きに聞こえた。

「うん」

こくこくと頷くロッソの顔は妙に自信ありげで、いつもならおふざけと流されそうなところだ。
おかしなタニャの様子を可愛らしく思いながら、損ねないように伺いつつ。
そんなロッソを、大きな緑色の瞳が見つめていた。と思えば恥じらって視線が落ちる。物憂げに睫毛の影が振りかかる眼差しは、乙女のもののように思えた。

「……ふーん……」

それだけ、タニャは如何にも気のなさそうに声を上げて、それでも弾んだ心境が嬉しそうな尾の動きに表れていた。表情を見せまいとそっぽを向いたので、尾の付け根まで丸見えである。

「……はぁ……」

タニャの恥じらう様子に、思わず見惚れる。愛でる様に目を細めて、そのままうっとり見つめて。

「…………飯食いたいなら支度しろよ。ほら」
「……そうだねえ」

半ば強引に話題を変えたタニャに応えつつ。
感情を隠し切れない尾を眺めていると、彼女の心を動かしたという事実に、自らの心も踊っているのを自覚する。
改めて、この少女に惹かれていると思い知る。

応じる声がありつつも、動く素振りがないロッソに、促すように尻尾をぶつける。顔はまだ逸らしたままだ。

「……ほらー!良いもん食わせてやるからー!」
「あっはっは。何食べようかなあ」

言いながら尻尾を捕まえようとするも、するすると逃げていく。
後ろ髪をひかれつつ、昨日揃えた荷物から真新しい服を引っ張り出して。

「タニャはいいの?……着替えとか」
「……もうちょっと後で」

今どんな顔をしているか、ロッソからは見えないだろう。締まりなくはにかんだ頬は両手で隠されて、表情を引き締めるには少しかかりそうだ。
そういうつもりで面倒を見ているわけでないし、有り得ないことと思いながら、ロッソのような立派な雄に認められるのは、やはりどうしても嬉しかった。いつか番う相手も、こうであれば良いのにと願うほどには。

「……あ、良いものって言ってもマーモットの肉だかんな。外出て狩るからな」

「ん……えっ?」

笑い顔が固まった。聞き間違いかと首を傾げて、一応タニャに聞き直す。

「ええと……なんて?」
「マーモットの肉。外出て狩る」

当然のように言ってのけたタニャは、やっと平静な、つんときつそうな顔立ちを上げて鼻を鳴らした。

「お前がしぬほど食ったから金がない。ので、狩る。飯作りはアタシがやってやるから、まずは狩りを覚えろ」

みるみる口角が下がり、あんぐり口を開けたまま固まる。
暫くそのままタニャを見ていたが、冗談の気配がないと見るや、荷袋の奥に突っ込んでいた防具を嫌々引っ張り出して。

「……狩りかぁ……」
「恨むなら見境なく食い散らかした昨日のお前を恨むんだな!」

からからと、まるで他人事のようにタニャは笑って、ようやく自分も着替えだした。薄手のインナーに、毛皮の上着と脚絆を纏っていく。

「まあ……そうか……」

反省するふりをしながらタニャの着替えを凝視しつつ、自分も防具を装着していく。

「……おい。何見てんだ」

ロッソの視線にじろりと抗議の目を向ける。衣服を纏うだけだから、そんなに見る価値はないだろうに。
腰布で衣服を留めて、細剣を据えると、タニャはロッソを見やって笑う。

「……うん。似合うじゃん、色男」

ロッソが纏った防具自体は軽装で、その中で左腕全体を覆うガントレットが際立って見える。
軽装なのは、身軽な動きを活かすため。ガントレットは敵の一撃を受け流す助けとするために。
具合を試す様に動かしてみれば、ぎし、と頑丈な革の軋む音が聞こえる。

「うん。悪くないね」

色男、という言葉を否定することもなく、代わりに笑って見せれば、其れなりに決まっては見えるのだが。
ぼろを纏っていた頃とは見違えたロッソの姿に、何だか不思議と誇らしくなる。
そんな心境を悟られたくなくて、ロッソの笑顔からふいと鼻先を逸らすが、やはり落ち着かなさげな耳や尾が正直だった。

「狩れば好きなだけ喰えるだろ。大丈夫、すぐ覚えるよ、ロッソなら」

ロッソなら、と買われてはいるようだが、自分で食べる獲物を捕りに行くのは初めて……な筈だ。

「……自信はあるけどね」
「うし。良いなら行くぞ。寝起きの運動だ!」
「いつでも行けるよお」

ぐ、と背伸びをすれば、身体が解れる感覚。
タニャの背をぽん、と押す様にして出発を促して。

朝のまだ涼やかな空気の中、二人きりの新たな日々が始まろうとしていた。

  • 最終更新:2018-11-28 11:39:27

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