20190118

組んだ薪の上に、火が踊った。本来なら火起こしの手段も教えておくべきだが、情報の多い日に捩じ込むことでもないし、何よりタニャも腹が減っていた。なのでこれは、魔法によって起こされた火だ。
タニャは手持ちのガーリックやポテトを川で洗うと、剥いて一口大に切り揃え始める。

「食えねぇモンとかあるか?」

そう問いながらロッソに視線を向けても、手元は危なげない。

「食べられないもの……」

ロッソといえば、タニャの起こした焚き火の側に腰を下ろすと、彼女の馴れた手つきを呑気に眺めている。
すっかり準備は任せっきりだ。

「今の俺になってから、考えた事もなかったなあ……」

これまた呑気な様子でさらりと言った。
今の自分。つまりセルヴァ親方に拾われる前の記憶をすっかり失ってから、与えられるものは何でも食った。
自分で多少選べるようになってから食ったものは、何もかも旨かった。

「食べ物以外のものは、食えないかなあ……」
「そりゃそうだろ」

とぼけるロッソにぴしゃりと言い返して、タニャは少しばかり思案してしまう。今の、なんて引っ掛かる言い方をするものだから、どうにも「昔」なんてことを考える。今は取り戻しようもない、昔。
記憶さえ戻れば、ロッソはもとの場所に帰るだろうか。

「……好き嫌いがねぇのは上等だけどさ」

簡素なまな板の上、ナイフで切ったものと下拵えした肉を並べて、次にタニャが取り出したのは何本もの鉄串だ。それで景気よく、肉とガーリック、ポテトを交互に貫いていく。

「あとは………虫とかはちょっとな。親方にも流石に食わされなかったし」

言いながら思い返せば、およそ食べ物と言い難い物を食べさせられる事はなかったと、親方に遅めの感謝をしつつ。

「ふーん?」

虫はなかなか栄養があって、肉厚で歯応えも楽しめるのに。そう思ったことは、言わないでおいた。無闇に想像させることでもないだろう────し、この口で虫を砕いたことがあると言えば、どんな顔をするか。ロッソにどう思われようと知ったことではないが。

ふと、ロッソはタニャが準備している鉄串を一本横から取った。

「暗器みたいな串だ。グサーって」

自分のこめかみに串を突き立てるふりをして、へらへら笑っている。
ふざけるロッソを睨むと、ずいと手を差し出して、返せと言外に迫るタニャ。

「こら!危ねぇだろ、マジで刺さるから」
「ごめんごめん」

鉄串はまるで懐くようにロッソの指先にまとわり、きりきりと回転する。
そうしてしばらく玩んでから、ようやくタニャの手に戻した。

「あ、これで稼げないかなあ。バトンくるくる回してさ」
「大道芸か?いいんじゃね、やってみりゃ」

ロッソからやっと串を受け取ると、何事か誤魔化すようにぶすぶすと食材を刺していく。彼の手つきに見とれたなんてことは秘密だ。
片手間で薪を放り込んで、火を絶やさない。

「金持ちの女の目でも引いて、パトロンになってもらえばいい」

妬くとか当て付けとか、そういう気配はまるでなく、タニャは淡々と調理を進める。生きるための手段としてなら真っ当な方だろうから。

「またそういう事言うー」

やれやれと苦笑して再び腰を下ろす。
爆ぜる薪を見つめつつ、何事か考えるようなふりを見せて。

「じゃあ一緒にやる?きっと楽しいんじゃないかなあ、タニャが歌って踊って……」
「やだよ、ンな派手なこと!」

ぎょっと身を跳ねさせて、タニャは首を振る。落ち着きない尻尾が不満を訴えるように、ぴたぴたと地面を叩いた。砂がつくのは気にしない。
串にぎゅうぎゅうと肉を詰める手を、タニャは見つめる。荒れてかさついた指だ。日々の生活のたこや、まめになった痕もある。髪や尻尾だってパサついていて、とても人前で何かする容姿では。

「もーちょっと……小綺麗だったら考えたかもしれねぇけどさ」
「絶対ウケるよ。タニャ可愛いし、少しおめかししてさあ……」

本気か冗談か分からない、いつもの調子でロッソは続けている。
ただタニャを見つめるその目には、何らかのビジョンは浮かんでいるようだが。

「見たいなあ……ドレスを着てさ。歌って踊るタニャ……」
「可愛くない!!なに……何を想像してんだよ!!」

ぎゃんぎゃん吠えながら、タニャは肉付き串を振って威嚇する。少しおめかし程度でドレスなんか着るものか。

「ああいうのはもっと特別な時に着るんだろ!歌うのだって恥ずかしいのに……」
「恥ずかしくても歌えるんだね。良いじゃない、聴きたいな」

当たるはずのない串の先をおどけて躱すような素振りをしながら、ロッソは続ける。

「ドレスは特別な時か……例えば、結婚式とか?」
「……とか……あとは、ほら。何か、良いとこで飯食うとかさ……」

舞踏会とか、式典とか、そういった言葉は知らないのでニュアンスで伝えるしかない。とにかくドレスなんて、富裕層や貴族に許された特権のようなものだとタニャは思っていた。レースやフリル、リボンといった、可愛らしい枷を纏って生きていける女性たちのものだ。

「歌は…………まあ……そのうち」

「……やっぱり純白かな?でもタニャなら黄系とかも似合うんじゃないかな」

タニャの思考をよそに、ロッソはぶつぶつと続けている。
どうやらタニャに本当にドレスを着せるつもりでいるようだ。
特別な場で、特別なものを。

「おい。……おいこら!ひとりで勝手に妄想すんな!!」

虎のごとく吠えてから、タニャは赤い顔を隠すように火へと向き直る。

「……ま、まだ早いから。そーゆーのは……」

薪が小さく爆ぜる音に、紛れてしまいそうな微かな声。食材の刺さった串を一本一本火の側に差し据えていくと、肉の油があぶくをたてながら浮き出て、ガーリックやポテトに染みていく。

「早いか………まあ、早いね」

タニャの声を耳聡く拾いつつ、ふふふと意味深に笑う。
火に炙られてじりじりと音を立て始めた串を眺めれば、感嘆の声を上げて。

「はー。あのマーモット君がこんなに旨そうに……」

恥じらいを隠すために、わざと眉間を皺寄せて、怒ったような顔のままタニャはうつむく。
情けなく垂れ下がった耳や、落ち着きなく左右する尻尾だけが正直だ。
じゅうじゅうと脂を噴く串に、上から砕いた塩やコショウをかける。シンプルで、ゆえに美味いとタニャは信じているし、これだけ肥えた新鮮な肉なら実際に美味い。ガーリックもポテトも、火が通ってしっとりと透いていく。

「食いでありそーだなあ。二匹捕った甲斐あったな」

味付けの様子に思わず声を上げて。
そろそろ食べ頃なのは、流石にロッソにも分かる。

「……タニャ?そろそろ良くない?」

落ち着きのない指が、胡座をかいた膝の上でせわしなくうごめき始めた。

「待てって、ポテトが……」

一本串を手にとって、間近で見極める。肉は脂を纏ってつやつや。流れ出した肉汁が、ガーリックの上を伝って香り高くなり、それがほくほくのポテトに染みている。塩やコショウが引っ掛かった表面には、多少の焼きめがついていて、苦味と歯触りが楽しみだ。

「おし。もう良いよ、食べな!熱いから、ここ持って」

もう一本串を取ってやると、ロッソに熱くない箇所を示しながら渡す。鉄の串は熱が伝導して、食材の中からも温められるのが良いが、その分気を付けないと火傷をするのだ。食べる時にも少しコツが要る。

「待ってました!あ、ちょっと……」

慌てて左腕のガントレットを外して、タニャから鉄串を受け取った。
熱くなった部分に触れないように、恐る恐る良き箇所を探す。

「ほぉお……これは……」

落ち着いてから、眺めて、嗅いで、改めて嘆息を漏らす。タイミングよく、腹が鳴った。

「いただきます!」
「うん、どうぞ」

聞き分けの良い少年みたいなロッソの様子に、タニャは柔らかく笑んで、食べるよう促した。自分の分も手に持ったものの、すぐには口をつけず、何となくロッソを見守ってみる。

まずてっぺんに座した肉を一口で。新鮮な肉の弾力に続き、脂の旨味が溢れる。
獣臭さは幾らか残るものの、ニンニクと胡椒の香味により食欲が勝り、どんどん食べ進んでしまう。

「……あふ、あっふ……」
「……美味い?」

ロッソの見事な食べっぷりを見つめながら、タニャは熱い息と共に尋ねてみる。思えばいつもは自分で食べる分を作る程度で、人に振る舞ったことはなかった。
ほくほくと同じような食感になったあつあつのガーリックとポテトを、口の中で転がしている。

「うま……あふ、あふい、ふは」

タニャの問いに何とか答えようとするが、熱された息が漏れて言葉にならない。
その熱さに涙目になりながら、食感と旨味を味わいつつ、少しずつ食べ進めていく。

「……ふっ……ひひ」

思わずタニャは笑ってしまった。くしゃりと笑むと、普段は大きなムーンキーパーの瞳が細くなって、三日月のようになる。どうにも愛しそうな目で、ロッソが食い付くのを見ながら、タニャもやっと肉をかじった。口が小さいので、一口にとはいかない。牙で器用に肉をちぎって、舌のトゲで転がしすりつぶして、少しずつ食べるのだ。

「急がなくってもまだあるから。いっぱい食べな」

ようやく一本食べ切って。ロッソは、ふうぅ、と長めのため息を吐いた。
軽く湧いた満足感と、口内を冷やしてリセットするためだ。
タニャの勧めを聞いて遠慮なく二本目を手にすると、先程と同じように食らいついた。
「あふあふ」と声を上げながら。

「茶とかコーヒーとか、持っとくんだったな。普段飲まねぇから気にしなかった……」

火から串を遠ざけて、皿がわりのまな板の上に並べて冷ましてやる。こうしておけば食べやすくなるだろう。

「……何か、可愛いなぁお前」

からかったり馬鹿にする意図はなく、自然と、タニャはそう思った。満足な言葉がなくても、必死に食らう様子が美味いと語っているし、食欲旺盛なのも育ち盛りの仔猫みたいだ。

「……んなっ……」

二本目を半ばまで食べ進め、同じように口内で食材を冷ましている所で、ふとタニャの言葉が耳に入る。
そのままロッソの赤い瞳はタニャを見つめた、が口はあふあふと忙しなく動いていて。

「そうしてると、こう……あどけないっつーかさ。こども育ててる気分になる」

極めて上機嫌に、タニャはロッソの一挙一動を見守りながら、片手間で世話を焼いている。調理に必要なくなった火を少しずつ弱めて、肉が冷えすぎないような位置に串を置いて、火傷に塗る軟膏が入った壷も近くに置いてある。
牙や舌で、とろけるほど柔らかくなったガーリックを削ぎ、その口でポテトをかじり、美味さにぐるぐると喉を鳴らす。

程よい熱さになった食材をよく噛んで味わいつつ、ロッソの目はやはりタニャを見ている。

「やっぱり、お母さんじゃん。タニャ」

三本目の串に手を掛ければ、既に程よい温度になっていて。

「あは。子育ての練習だと思えば悪かないかな」

串に張り付いた肉を舌で削いで、タニャはくすくす笑う。母とは誉め言葉かそれに近しい響きのようで、満更でもなさそうな。
ロッソより随分遅れて二本目をかじりつくと、喜色を浮かべてはにかむ。

「えぇ……子ども扱いかい?それは勘弁してほしいなあ」

わざとらしく拗ねた態度のまま三本目の串を口にする。
やはり食べ易い温度で、どんどん食べ進める事ができた。

「じゃあ何だよ。頼りない兄貴か弟ってとこか?」

拗ねたような顔も何だか可愛らしくて、調子良くからかってみた。自分の作ったものをこんなに平らげてくれるのが嬉しくて、いつか自分の家族を持ったら、こうして過ごしていくんだろうかなどと考える。ロッソに向かう気持ちが、そういった親密なものになりつつあるのは気付かない。

「むう……」

口いっぱいに肉とガーリックとポテトを一気に頬張った。
もく、もくとゆっくり噛み締めれば、実に贅沢な旨味が一口ごとに溢れる。

粗方食べ切った所で、ふう、とロッソは一息ついて。

「旦那で良いじゃん。恋人でも良いよ」

「何でだよ!!!」

タニャの大声で、遠くからおこぼれを狙っていた野犬が逃げた。慌てて取り落としそうになった串をしっかり捕まえながら、髪の色にも負けないほど赤く染まった頬のまま、タニャはロッソを睨む。

「なんっ……流れがおかしいだろ!!」
「子どもと同じようなもんだよ。世話がかかってさあ……」

言いながら、三本目の残りを同じ様に頬張った。
タニャの答えを期待するように、赤い瞳が改めて彼女を見る。

「ちがう!ぜんぜん違う!!」

食べかけの串もまな板にほっぽりだして、タニャはじりじりと後退する。あの、宝石みたいな目で見つめられると、心の内が抉られそうで落ち着かない。

「つ、番ってのはもっと……こう……!順番ってもんが、ほら」
「そうだね。一緒に順番に沿っていこうね」

腹が落ち着いたのか、満足げに笑いつつ。タニャの慌てる様子に悪いと思ったのか、ロッソは細めた目を逸らした。

「沿わない!!他所でやれ!!」

フーッ、と牙の奥から獣のような声が漏れた。興奮で毛の膨れた尻尾をあっちこっちに振りながら、タニャは視線を逸らしたロッソの顔を睨む。それらしい発言をするわりに、深追いしてくる気配もないし、何なら前のように触れてもこない。
こういう態度だから、分からなくなるのだ。

「ふー。腹いっぱい」
「もー……少し休んどけよ!腹ごなしがてら歩くから」
「歩く?歩くって……」

腹を撫でながら、ひとつ欠伸をして。
腹いっぱいで眠くなってきた所で、出来ることなら腹ごなしの散歩などは御免被りたいものだが。

「どこまで歩くんだい?」
「とりあえず、キャンプ・ドライボーンまで」

こざっぱりと、簡潔に、目的地を言い渡す。中央ザナラーンを北上して、道中軽い仕事などをしながら、黒衣森まで行くつもりだ。慣れた土地であることに違いないし、今では顔見知りも多い。ロッソに仕事を見繕うにも、宿のない日に野宿をする環境にも丁度良い。
食べかけだった串料理もすっかり片付けたあと、川で串やまな板を漱いで、タニャはロッソの眠そうな顔を眺めた。

「どらいぼ……ええ?!」

散歩などとんでもない。商会のキャリッジに揺られているのもうんざりしていた距離だ。
ロッソは思わず後ろに倒れ込んで、そのまま背中をぐっと伸ばす。

「……マジかあ~~……」
「あんだよ貧弱ぶって……」

タニャは呆れた顔で、ひっくり返ったロッソを覗きに行った。漱いだ食器たちは木に立て掛けて、しっかり乾かしている途中だ。
形を変えていく影から、太陽は未だ真上を通らぬ時間だと察した。それなら多少休んでも、移動時間は取り返せるだろう。甘いようではあるが、この生活も一日目なのだし、仕方ない。

「少し寝てても良いよ。チョコボ借りてくっから」
「……本当かい?じゃあお言葉に甘えて……」

タニャの言葉を聞いた途端、また一つ大欠伸をして、枕の代わりに頭の下で両手を組んだ。
人々の行き交うような往来ではないにしろ、あまりに無防備な態度だ。

「……置いてったら恨むよお……追うよお……」

ヒヒヒ、とわざとらしく不気味に笑うと、そのまま目を閉じて。

「その手があったか……」

置いていったら追ってくるのなら、その方が結果的に早いのでは。────追いかけてくるなら、だが。
ぽつりと呟いたタニャの声が、真剣みを帯びている。

「う・ら・む・よお~~~~………」

タニャの心を読んだかのようなタイミングで、念を押すようにロッソの声が響いた。
その顔は目を閉じたまま、嫌な薄ら笑いを浮かべている。

「恨めるもんなら恨んでみろっつーの!」

そんなに強い気持ちなどないくせに。と、タニャは言外に込めて立ち上がる。その際に、ロッソの髪を一度撫でてやって。

「大丈夫だと思うけど、ちゃんと警戒しておけよ!荷物置いてんだからな!あと野犬もいるから食われないように!」
「だいじょ~~ぶだよ……ふは……」

その自信はなんなのか。
既に半寝ぼけ声で答えると、また一つ、大きく長い欠伸をした。
それから程無く、やはり緊張感のない寝息が静かに聞こえ始めて。

「ほんとかよ……」

思わず漏らした声の半ばで、ロッソの寝息が聞こえたので、言葉尻はほとんど溜め息だった。急いでチョコボを借りようと歩き出したタニャの足が、止まって、うろうろと辺りを落ち着きなくさ迷い始める。
どんなに抜けているようでも、ロッソは強い雄だ。気配が近づいてくれば流石に目を覚ます、はずだ。しかし何処かこどもみたいな頼りなさやいとけなさもあって、眠った彼をひとり置いていくのがどうしても憚られる。

「……ウウゥー……!!」

獣の唸り声をあげながら、タニャは走り始めた。ともかく急いでチョコボを借りてこよう。どうにか辛抱してくれと、ロッソに心の中で語りかけながら、ウルダハのチョコボポーターへと駆けていくのだった。

  • 最終更新:2019-01-19 15:43:48

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