Guns N' Roses4

潮の香り漂う海の都リムサ・ロミンサ、ゼファー陸門前。

見張りに立つイエロージャケット警備兵からは勿論、頻繁に行きかう商人や旅人からも訝しげな視線を向けられる男がいた。
その視線の原因は、男が体重を預ける「愛馬」にあるようだ。
青燐水を燃料に地を駆ける、大型の魔導二輪。その形容はやはり、帝国の魔導兵器の面影を思わせる。

その男、ラファエルがその場で「彼女」を待ち続けてどれ程経っただろうか。

昨夜、酒に潰れる前。
朧気な記憶を辿れば、彼女は二輪に興味を示し、乗ってみたいと言っていた、気がする。乗せてと言っていた、筈だ。
やはり朝には姿を消していた彼女。このまま別れるのはやはり惜しくて。駄目で元々、待ち始めて暫く経つ。

酒の残ったぼんやり頭ですっかり昇った太陽を見上げると、咥えた紙巻煙草の煙がゆらゆら消えていくのが見えた。

「……はぁ……ソウビ……」

ラファエルが漏らした声の尻目に、軽やかな足音が重なった。使い込まれた魚籠と大きすぎる『銛』を手に、ソウビは薔薇色の瞳をぱたぱたと瞬いた。髪も睫毛も少し湿っていて、潮の香りがする。

「……はい」

彼が自身を呼ぶ声が角に届いたのだろうか、ソウビはおっとりと微笑んで小首を傾げた。

「………は」

思わぬタイミングの返事に、煙草を取り落としそうになる。火が付いたままのそれをお手玉のように両手の平で跳ねさせ、どうにか携帯灰皿に押し込んで。

「……っ、そ、ソウビ!おはよう。いい朝だ」
「おはよう。……驚いたわ、もう行ってしまったかと思ってた」

ラファエルの慌てぶりに笑ったあと、ソウビは微かに目を伏せて、前髪を指ですいた。さっきまで漁をしていました、なんて出で立ちを恥じらうように。

「……起こして、言付けてから行こうかと思ったの。でもあんまり良く眠っているようだったから」

改めてラファエルを見上げる眼差しには、もう照れ臭そうな感情は残っていなくて、かわりに表れたのは幼子を愛でるような優しい瞳だった。

「君との一夜が、やっぱり素晴らしすぎてね……もう朝までぐっすり」

その素晴らしい一夜の事は、正直ぼんやりとした記憶しか残っていない。酒を飲んだ後の事などまるで覚えていない。ただひたすら、楽しかったとだけ。

「俺も、君はもう行ってしまったものと思ったけど……どうにも諦めきれなくてね。待った甲斐があったよ」

そう言いつつ、魔導二輪のシートをずらすと、その後部に予備座席が現れた。ぱんぱん、と軽くほこりを払って。

「……さあ、どうする?乗ってみるかい」
「!」

ぱっとソウビの顔が華やいだ。普段のおっとりとした笑顔ではなく、むしろ利発的な、明るい輝きの目だ。しかしそれもすぐに薔薇色の奥に引っ込んでしまって、躊躇うように魚籠へと視線を移した。

「是非……と言いたいのだけど。わたし、今すごく……海の匂いなの」
「構うもんか。漁師が海の香りで悪い事なんか無いさ」

言いながら、ラファエルはエスコートするように恭しく手を差し出した。
嬉しそうに輝くソウビの顔がもっと見たい。

「さ、どうぞレディ。乗せるのがこんな無骨な馬で、申し訳ないけどね」

淡く光輪を持つソウビの瞳が、ほっと安堵に揺らいだ。白く硬質な鱗をもつ指を、傷つけないようそっとラファエルの手のひらに滑らせる。

「いいえ、とっても素敵な馬だわ」

それからすっかり慣れた片手が、槍を解体し革袋にまとめてしまった。いつもはこうして持ち運びしているらしい。魚籠はそのまま、ハンドバッグみたいに腕から下げて、ラファエルに促されるまま一歩バイクに近づく。

「気を付けて。まあ噛みゃしないけど」

そのままソウビの手を引いて、シートに跨らせる。それを確認して自分もシートに腰を下ろすと、スプリングがきしりと音を立てた。
後ろに誰かを乗せる、久しぶりの感覚。しかもその相手はソウビだ。

「しっかり掴まってて」

キーを差し込み、二輪の内燃機関を作動させる。
独特な轟音に反応した周囲の人々が一斉にこちらに視線を向ける。

「きゃ、……ふふっ」

聞き慣れない音に驚いたのはソウビもだ。くすくす笑いながら、そうっとラファエルの腰に腕を回して、真っ白な角をその背中に預ける。シートごしに、稼働するバイクの振動が伝わってきて、それがまたくすぐったかった。

「……どきどき言ってる。本当に生き物みたいね」
「ああ。体中に血を巡らせて、ガンガン走るのさ」

稼働を確かめる様にエンジンを鳴らせば、野太い轟音がまたあたりに響いて。
久々の二人乗りだが、どうやら問題は無さそうだ。

「さて、どこに向かおうかな。ワインポートに向かって美味い酒を飲むのもいい。ブロンズレイクで温泉に浸かるのも良いし、何なら君とだったら、コスタ・デル・ソルへ向かったって良い」
「あら。噂のリゾート地に連れていって、どうするつもりかしら」

ソウビが笑うたび、波打つ駆動に肩の上下が重なった。背中ごしにラファエルへと伝わって、らしくなく跳ねる心臓まで見抜かれてしまいそうだ。

「何処へでも。あなたの足と気分が向かう先に行きたいわ」
「OK。それなら、行けるところまで行ってみようか」

ソウビの言葉へ応えるようにエンジンが唸る。

「しっかり掴まっててくれよ?落ちたら危ないし、何より俺が嬉しい!」

直後、地を噛んだ太いタイヤが土煙を散らしながら、バイクは急発進した。
チョコボとは一味違う加速感が、二人の身体を包む。
景色が急速に後方へと流れ始めた。目で追う間もなく、先程までいた場所は置き去りにされて、風が見えるのならきっとこんな風に違いない。
薔薇色の髪があおられてくしゃくしゃになるのも構わない。気にして押さえようものなら本当に落ちてしまいそうで、ラファエルの腰に回した腕に力を入れることで応えた。角の先が刺してしまわないよう、それだけを気を付けながら。

「すごい……ふふ、何処までも行けそうね」
「ああ!……燃料が続く限りなら、何処までもね!」

速度に怖がるそぶりも見せない、楽しげなソウビに微笑みつつ。

ラファエルのバイクは周囲より比較的均された街道沿いに駆けていく。

羊の群れの横断に並んでゼファードリフト沿いを進めば、ラザグラン関門に差し掛かる。
イエロージャケットの番兵達はバイクの速度の前に立ち塞がる事はしなかったが、やはり注意深く此方へ目を向けているようだった。

「お疲れさんです!」

ラファエルはそれにひらりと手を振ると、構わず進んでいく。
ソウビも倣って微笑だけを投げた。特徴的な黄色い制服も、瞬く間に彼方に離れて────否、離しているのはこちらの方だ。
生き物の及ばない速さで、寄り添って駆け抜けて、異質なもの同士で似合いだと思えたら。
纏う衣の裾が、軽やかにはためく。

「いつもこれに乗って回っているの?羨ましいわ」
「ご機嫌取りもお世話も大変だけど、まあ慣れたモンさ。付き合いが長くてね」

まるで馴染みの女性でも揶揄う様なラファエルの言葉。背中に触れる体温の振動で、ソウビが笑っているのが分かる。

ラザグラン関門から続く坑道を抜ければ、再び街道に出る。草むらに群れるドードーが、こちらを見て驚きと威嚇の鳴き声を上げているようだった。

そのまま街道沿いに行くと、シダーウッドに差し掛かった。畑と風車が並ぶ長閑な光景の中を、場にそぐわない速度のマシンが駆け抜ける。
潮の匂いに、豊かな農作物を彷彿とさせる緑と土の香りが混ざった。あまりに速く風を切るために、それらが鼻を叩いてくるようにも感じて、ソウビは笑みを深くした。軽快だ。高揚するが、『漁』のときに感じる熱とはまた違う。うんと軽いものになって浮いてるみたいだ。何にも知らず、恋に走り出す小娘のよう。

「妬けてしまうわね。そんなに昔から?」
「何たって、エオルゼアに来た時からの──……」

そこまで言ってふと、ラファエルは口を噤んだ。
一瞬悩むように「んー」と短く声を漏らして、それと同時にバイクが速度を落とした。

分かれ道の前でバイクが止まる。ソウビに振り返ったラファエルは、僅かに困ったような笑顔を浮かべていて。

「……ま、俺の話は置いといて。この先コスタ・デル・ソルか、ワインポートか選べるわけだけど───」

話をはぐらかす、分かりやすい態度だ。

「俺はワインポートを推したい。どうかな」

ラファエルを指す睫毛の先が、ゆっくりと上下すれば、薔薇色が陽のもとに輝いた。迂闊で可愛い彼が、慎重に隠したいことであるなら、それで良い。言えないことがあるのはお互い様だ。
応えるように、ソウビはおっとりと微笑んだ。

「ええ、素敵。せっかくだからとれたてのお魚をお料理にしてもらえないかきいてみましょう」

そう言って、腕に下げた魚籠を自慢そうに掲げる。アイスシャードが仕込まれていて、中は冷えている。新鮮さは保てているはずだった。

「よし、決まりだ。じゃあこのままワインポートへ……」

ソウビの心遣いに気付かぬまま、それでもその返答に安心して。ラファエルがバイクを翻し、分かれ道を北の方へ向かおうとした───その時だった。

行く道の先から、ふらふらと女性が駆けてくるのが見えた。後ろを頻りに気にする様子を見るに、何かから逃げてきたようだ。
ラファエルは走り出したバイクを再び女性の横で停めると、その身体を支える様に片腕を差し出して。

「どうしました?」
「た、助けて……コボルドの群れに、仲間が」

ラファエルの至極真っ当な問いに、息も絶え絶えに女性が答える。

この先には放棄された農家の廃屋が残っており、そこにモンスターが住み着いている話は、付近でも有名であった。

「まあ」

予想される切迫した状況。にもかかわらず、ソウビはいつも通りの、危機感などとは無縁そうな、緩慢なほどの動作で首を傾げた。革袋の中で金属音が鳴る。

「かわいそうに。どうしましょうか」

ソウビはラファエルの顔を見上げた。窺うようであるが、何となく彼の答えは想像できていた。

「気の毒だな。俺達が何とかしよう」

ハッとした顔で、女性がラファエルを見上げた。それに頷き返すと、申し訳なさそうにソウビへ向き直って。

「……という訳で、すまないソウビ。手を貸してくれるかな」

向けられたラファエルの視線に、ソウビは少しだけ躊躇った。戦いが怖いだとか、そんなことは微塵も思っていない。むしろ────逆だ。だからこそ、彼の前で槍を振るうのは恐ろしかった。自らを押さえ付けて、それでも戦えるか?
逡巡の間は、それでも気取られないほど僅かな時だった。

「ええ、わたしにできることがあれば」

いつも通り。いつも通りの、おっとりとした笑みをラファエルに向けた。

「すまない」

ラファエルはもう一度謝る言葉を繰り返して、ソウビにも頷いて見せる。彼女の戦いぶりを見た事がある訳ではないが、そのいつも通りの笑みが妙に頼もしく見える。
息を整えてからすぐ近くの農場に行く様女性に言ってから、ラファエルは再びバイクを走らせ始めた。

.
.
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やがて街道沿いの林の奥深くに、例の廃屋が見えてきた。

速度を落として警戒するように周囲を走っていたその時、甲高い風切り音がいくつか林の中から響く。同時に飛来した鉄の矢の数本がバイクの前輪付近に突き立って進行を妨げた。

「っ!?」

ラファエルは一瞬息を飲んだが、バイクの胴を横滑りさせながら何とか停止させ、同時にソウビの身体に片手を回してその身を支える。

「!」

薔薇色の目を瞬かせて、ソウビはラファエルに身を預けた。指が革袋に滑る。今にも飛び出していきそうな身をぐっと堪えたが、それが吉と出るか、凶と出るや。
ソウビが無事なことを確認して、林の中より先にバイクの様子に目を向けた。
タイヤは無事なようだが、周囲の装甲に矢が刺さっている。内部の機構を傷つけ、駆動に支障が出るかもしれない。
思わず一つ舌打ちしつつ、バイクに固定していた銃を抜く。

ソウビに注意を促して警戒しつつ傍の木の陰に身を隠し、銃を構える。未だ林の中にモンスターの姿は見えない。
中々姿を現さない敵に気を配りつつ慎重に歩を進め、廃屋へ向かっていく。
ラファエルの視線を追って、ソウビは傷ついてしまったバイクを見つめた。彼があんなに、大事そうに語っていた鉄の馬。ああ、と思わず溜め息を漏らして、そっとシートを撫でていく。
その後のソウビの手は恐ろしいほど素早かった。魚籠をバイクの横に放ると、革袋から鈍色がちらついて、そうと思えばもう槍が組み上がっている。確かめるように柄をなぞって、蛇のような視線を廃屋へ。
ソウビが得物を手に、廃屋を睨めた瞬間。彼女が不意に発した殺気で、潜んでいた者達が一瞬身動ぎしたようだった。
ラファエルはその手の気配にはやはり鈍いようで、構わずそろりそろりと林を進んでいく。

やがて廃屋へ辿り着いてしまったラファエルは、その周囲を見渡すが、やはりモンスターは見当たらない。
後に続いてくるソウビに振り返って、「何も居ない」と声に出さず告げた、その時だった。

「動くな!武器を捨てろ!」

廃屋の中から声が響く。同時にいくつもの矢が自分に向けられている事には、さすがのラファエルも気が付いた。
ああ、迂闊な人。なんて状況にそぐわずうっとりと微笑んだソウビは、首を動かさず、気配のみで周囲を探る。何でも漁であれば楽しいものだが、さて。
一度伏せた視線をラファエルに向ければ、いかにも不安げな女に映るだろうか?

視線はソウビに向いたまま、ラファエルがゆっくりと両手を上げる。足元に落ちた銃が、がしゃりと音を立てた。
廃屋から現れた人影がそれを拾う。

「ほう、銃か。この形式は……」

廃屋の中で声をあげた男のようだ。彼に続いて、数人が姿を現す。彼らが持った武具はやはりどれもラファエルへ向いていて。

その集団が身に着けているものは、ガレマール帝国の兵士が用いる特徴的な兜とショートローブだ。だが、そのどれもが破損していたり、摩耗したりしていて、防具としての機能を著しく損なっている様子に見える。
ラファエルに倣って、ソウビは足元に槍を置いた。粗末な身なりの兵士たちを眺めて、どうやら末端も末端の立場、本国から捨て置かれたのではないかとも思える些末な者たちのようだと悟った。
甘く香る視線が、擦りきれたローブごしに、首や腹を這う。

「だ、駄目だ……ソウビ。武器を……」

ラファエルがそこまで言うと同時に、ソウビの背後に現れた影があった。

「……そのまま、彼らの方へ進んでください。綺麗なアウラさん」

現れたのは、先程の女性。その手に持った短剣はソウビの背に突き付けられ、目の前の帝国兵達へ歩み寄る様に促している。

「……あら、あら」

背に当たりそうな、鋭い冷たさにすら、身を強張らせることはない。むしろ可笑しそうにおっとり笑いながら、ソウビは背後の女性に視線を向ける。

「ひとの親切心を利用するなんて、ひどいわぁ」
「……私だって、こんな事……!」

ソウビの言葉に顔を強張らせた女性を見て、ラファエルが声を上げる。

「やめろ、彼女を傷つけるんじゃあない!……何が目的だ、金か?食い物か?……くれてやるから開放しろ」

「全てだ」

リーダー格であろうラファエルの銃を持った男が、その銃をラファエルとソウビに、交互に向けながら続ける。

「……金、食料、武器……他の物資やその服も置いていってもらおうか」

「はあ……?」

その強欲な言葉に思わず声を上げて、ラファエルが振り返る。周囲の兵達がその身動ぎに慌ててボーガンを向け直した。

「ふっ……」

男のあまりに無粋な要求と、戸惑ったラファエルの様子に、ソウビは思わず口に手をあてて笑った。向けられる矢でさえ、玩具か冗談のように思えてしまう。

「そんなに焦って、どうしたのかしら。とりあえずお魚ならあげても良いわ、朝に獲ったばっかりよ」
「……舐めるなよ、アウラの女!」

状況にひとつも慌てる様子の無いソウビに、リーダー格が声を荒げる。
それに合わせて廃屋の奥から現れたのは、ヴァンガードと呼ばれる魔導兵器であった。だがやはりそれも彼らの装いと同じく破損が激しく、辛うじて動いているといった様子だ。
一般人になら、脅しに使えそうなものだが……。

続けて、ラファエルに向けられていたボーガンが次々と弾け、部品があちらこちらへと飛んでいく。矢を射る為に引き絞られていたスプリングが千切れ弾けたのだ。

周囲の帝国兵たちの慌てふためく惨状に、ラファエルは上げていた手を下ろして、半ば呆れたような笑みを浮かべてソウビに向き直る。

「ふふふ」

もはやソウビも笑みを隠そうとしなかった。口を覆っていた指がつるりと宙を掻いて、徐に背後へと伸びる。女の持つ短剣に硬質な鱗が擦れて、がりがりと音を立てた。柄を握り締める手をそのまま引いて、ソウビは女に角の先を近付ける。

「捕まえた」
「おい、止せ!その女に手を出すな!」

ラファエルが先程言ったほぼそのままを叫びながら、リーダー格は銃をソウビに向けた。
自分から照準が外れた瞬間を見逃さず、ラファエルは腰のツールバッグからナイフを抜く。

「俺の銃を彼女に向けるんじゃない」

ナイフの切っ先はひたりとリーダー格の喉元に当てられた。
崩れたボーガンに気を取られていた兵達も、その一瞬の隙にようやく気付いて慄いている。
女性を捕えたソウビへ、ラファエルは目配せと頷きで大丈夫だと伝えて。

「まあ」

ナイフの刃がぬるりと閃くのを眺めて、ソウビはうっとりと息を吐いた。敵意にはどこまでも鈍感で、それでも────兵士としての腕は十分にあるのだろう。満足げな笑みのまま、ソウビは女の手を柔く握る。拘束などとはとても呼べない力加減だ。蛇が何気なく這う程度の、気分さえ乗ればそのまま絞め殺せそうな余裕をもった、捕食者の笑みを、女にだけ見えるように向けた。

「大丈夫よ。……弱いものいじめはしないの、あたし」

完全な形勢逆転、とまではいかないが。
ラファエルはナイフをリーダー格の首元に当てたまま、更にもう一本を周囲の兵達へ向けた。兵たちは身構えたが、その背後でおんぼろヴァンガードが倒れ、盛大な音を立てて動かなくなったのを見て、戦意を失ったのが目に見えた。

ソウビへ女性を連れてくるよう手招きをしつつ。取り返した銃を兵達へ向け、一か所へ纏まらせた。
ラファエルに従って、いらっしゃい、とソウビは女の手を引く。まるで労るかのような、不気味なほど優しい足取りで兵たちに歩み寄って、それから女をリーダーらしき男の横に据えてやった。

「やれやれ……お前ら、脱走兵か」
「違う!」

ラファエルの問いに、リーダー格は即答した。

「俺達は斥候部隊だ。任務中に、エオルゼアの冒険者の集団に襲われた」
「それで。逃げ延びたは良いけれど、どうしようならなくなって?こんな野盗紛いのことしていたと……」

じわじわと生き恥を責める言葉。ソウビにその自覚はあるのか否か、やはりおっとりと笑んでいるままだ。

「くっ……」

ソウビの言葉に、リーダー格は言葉を失ったようだった。ソウビに解放された女性はリーダーに付き添うと、ラファエルとソウビを交互に見やる。

「……こんな場所で野盗の真似をするなら、陣地に戻れば良かっただろう。旧街道沿いの……カストルム・オクシデンスなら、そう遠くもない筈だ」

ラファエルの口から出た帝国軍の施設の名に、リーダーが驚いて顔を上げた。だが直ぐに視線を落とすと、そのまま傷だらけのヘルメットを脱いだ。

リーダー格と女性はミッドランダ―。周囲の兵達は、ハイランダーやミコッテのようだ。

「俺達は属州民だ。このままおめおめ戻れば、重い処罰が下される……本国民の上官の機嫌如何で最悪、その場で皆殺しだ」

ソウビは愛らしく小首を傾げて、一度ラファエルを見る。彼がそちらの事情に詳しいのは────帯びた銃からも察することが出来た。それっきり何も言わず背を向ければ、白い鱗が生え揃う尾が揺れている。置いたままの自分の槍を取って、くるりと自慢げに回して。
彼らも悪党に成り下がれば良かったのだ。下手な脅しなどせず、最初から相手を殺し、何もかも奪えば良い。それも嫌なら死ねば良いのに。
ソウビの思考はあまりにも過酷で、その自覚があった。だから口を閉じたのだ。

ソウビの苛烈な思考には気がつく筈もなく、ラファエルは顎に手を当てて、何か考えている。やがて、ふと口を開いた。

「……今まで、同じ事をしたことは?」

「今までは、廃屋に住み付こうとするモンスターを相手にしていた。やりすぎたのか、だんだん寄り付かなくなってしまって……」

リーダーの答えに、また考え込んでしまうラファエル。
帝国兵とはいえ、彼らはまだ何もしていない。何より、彼らは自分と同じような───。

「……そうか。分かった」

そうリーダーに応えて、ソウビを振り返ったラファエルは、苦笑を浮かべていた。自分の甘さに対する、苦々しい笑み。
何だか怒られるのを待って申し訳なさそうな、そんなラファエルの様子に、ソウビはやはり笑ってしまった。こうなることが想像できたから、不必要に彼らを責めるのは止めていた。
何より、歯ごたえのない餌に興味はない。

「あなたの好きにしたら良いわ。わたしはただ立っているだけだったもの」
「……すまない、ソウビ」

口では謝っているが、心底安心したようにラファエルは笑う。兵たちへ向き直ると、ふと人数を数えて。

「五人か。そこの女性はまあ良いとしても、四人分の着替が必要だな。あと食料に……」

「ま、待ってくれ。どういうつもりだ、あんた」
「お前らを助けるつもりだ。ちょっと黙ってろ」

返って来た答えにラファエルとソウビを見て、リーダーは仲間達と改めて顔を合わせた。
誰もが喜びと不安の入り混じる、複雑な顔をしている。

「……そのまま逃げる気じゃないだろうな。信用など……」
「あぁ、そうだよな……分かった。俺が残ろう」

ラファエルから再び返って来た答えに、リーダーが思わず失笑する。

それをよそにラファエルはソウビに歩み寄ると、自分の財布を手渡した。

「ソウビ、ここから街道を海沿いに少し行くとレッドルースター農場って場所がある。常駐している商人が居る筈なんだ……お使いを頼んでも良いかな」
「ええ。お洋服を見繕えばいいわね。とりあえずの食べ物なら、お魚を食べていてちょうだい。あなたお料理はできるかしら」

言葉尻は女に向けたものだった。控えめに頷いたのを見て取ると、嬉しそうにソウビは微笑む。

「そう、素敵ね。良いお嫁さんになるわ」

ラファエルの財布を大事そうに受けとると、ソウビは踵を返し軽やかな足取りで走り出す。その途中で、一瞬だけ振り返る。

「わたしのいない間、そのひとにひどいことしては嫌よ?」

三日月を描く唇から、ふふ、と呼気が漏れた。再度駆け出した足音が遠くなって、潮風の向こうに掻き消える。

ソウビが行くのを見届けてから、リーダーが口を開いた。

「……大丈夫なのか、あの女」

この眼前の男よりも、よっぽど危なさを感じたあのアウラの女。一度去って行ったところで、少し気が解れたようだった。

「大丈夫。彼女に何かあれば、俺がお前たちを許さない」

ラファエルの返答は、リーダーの問いの答えにしては何だかずれていて。

「……あんた、苦労しそうだな」
「何だ?余計なお世話だ。それよりお前達にも少し苦労してもらうぞ」

そう言ってラファエルが指差した先には、横倒しになったままのバイクがある。ソウビが残していってくれた魚も。

────レッドルースター農場を目指すと思わせながら、ソウビの足は全く別の方向に向いた。そういえばここの近くに、海賊の一派の根城があるはずと思い出したからである。リムサ・ロミンサ付近では珍しくもない有象無象。服の替えくらいはあるだろうし、何より早く事が済む。
昂る気持ちもついでに解消してしまおうと、ソウビは鼻歌なんて歌いながら、まるで恋に駆け出す乙女のような足取りで街道を行くのだった。

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しばらく経った頃。

廃屋の付近に戻ったソウビの鼻孔を、魚の焼ける香ばしい匂いがくすぐった。
同時に、楽しそうな男たちの笑い声がその角に届く。

女性に見守られつつ、焚火で焼ける魚。
兵たちは壊れたヴァンガードを分解して部品を取り分け、ラファエルとリーダーがバイクを修理していた。
人数分の服を抱えたまま思わず足を止めて、ソウビはその光景に見入る。自分では、この手では、見出だせない世界だ。温かな食事と談笑。補食しか知らない手だから、それが羨ましくもあったが、同時に諦感もあった。ソウビはあちら側に行けないのだ。
それでも好奇心からは逃げ出すことができずに、彼らの気を散らせないよう、そうっと背後からラファエルの手元を覗き込む。

「……あ、おかえりなさい」

そんなソウビににこやかに声を掛けたのは、先程まで彼女に短剣を向けていた女性だった。良く焼けた魚を皿に載せて運んできた彼女は、ソウビに浅く頭を下げて見せる。

「貴女のお魚、勝手にごめんなさい。でも良い具合に焼け上がりましたよ」

兵士たちが焼き上がった魚に歓声を上げ、ラファエルとリーダーもようやくバイクから目を離した。

「ソウビ!すまない、戻ってたんだね」

上着を脱ぎ、髪を後ろへ大雑把に束ねたラファエルが、やっとソウビに駆け寄った。

「おお、着替えと物資を……ありがたい」

その後に続いたリーダーも、憑き物が落ちたような顔で二人を見ている。

一斉に集まった視線に、ソウビは薔薇色の瞳を丸くした。面食らって、言葉をなくした幼子のような顔をして、それからいつも通りにおっとり微笑んだ。

「美味しく食べてもらえるなら、良いのよ。みんなお疲れ様」

人数分の着替えや靴、ついでとばかりに『獲ってきた』武具をリーダーに渡す。それから、改めてラファエルを見つめた。伊達男ぶるなんてとんでもないような、ラフな出で立ちの彼は、ずっとそれらしく思える。きっとこれが彼の魅力で、塞ぎ怯えていた元帝国兵らの心を解したのだ。

「ふふ。バイク、直りそう?」

ラファエルはソウビと共に、彼女が用意してきた物資──正直、武具には内心首を傾げたが──を確かめつつ、焚火を囲む兵達に混ざる。

「バイクはもう大丈夫だ。駆動系はあまり傷ついていなかったから」
「ははは、射手の腕が悪くて助かったよ」

軽口を叩いて笑いあうラファエルと兵達は、先程まで武器を向け合っていたとはとても思えない様子だ。

「不思議な方ですね」

ソウビの戸惑いに寄り添う様な女性の言葉。ソウビの分の焼き魚が傍に置かれる。

「わたしもそう思うわ。……こんなにお人好しな人、見たことないもの」

女性に、ありがとう、とおっとり微笑むと、ソウビはよく焼けた魚を見つめる。丁寧に処理をしてくれたらしい、臭みもなく、焦げ目のついた皮の向こうの身はほくほくと柔らかそうだ。────毒を盛られたか否かも、確認する必要はなさそうだ。
魚を一口かじると、ソウビは頬を綻ばせながら、くるりと周囲の明るい表情を見渡す。

「今後の予定は決まったのかしら」

ソウビの言葉に、リーダーが魚を傍に置いた。

「ああ。彼が相談に乗ってくれたんだが……旅人としてリムサ・ロミンサへ向かい、アルデナード大陸へ渡ろうと思う」

「だいぶ北の方だけど、難民を受け入れてる街があるってのを思い出してね」

リーダーの言葉を補足するように、ラファエルは地図を開いてその場所付近を指し示している。

「まあ、キツイ旅になるだろうな」
「そう。ずるい悪さをするのと、どちらがきついかしら?」

そう微笑みながら、ソウビは意地悪を言った。軽口を叩ける仲になった覚えはないが、どう思われようと気にしないから。地図を覗き込みながら、絵面ですら遠く思える地を思った。彼らはここに住まうのだろうか。それともいつか、故郷を目指して?

「ともあれ、目的地が定まったのなら良かったわね」

目を細めて、もうひとくち、魚をかじる。

「今回の事も、悩んだ末の事だったが……自分達の為とはいえ、悪事を働くのはもう止めだ」

リーダーが、ぽつりぽつりと言葉をこぼす。兵達もそれに合わせて、視線を落として。

「……あんた方には、本当に申し訳ない事をした。許してほしい」

リーダーの謝罪の言葉に、ラファエルは横目でソウビを見つめ、微笑んでみせた。
ソウビは、ラファエルの視線にも気づかないほどには驚いていた。前を向けるということは、こんなにも、人を素直にさせるものか。己の心に清々しく従って。────彼らをそうさせたのは、ラファエルの慈悲だ。疑いようのない。

「……許すも何も、怒ってないわ。そうでしょう、ラファエル?」

少しだけ眉を困らせて、ソウビはやっとラファエルと視線を合わせた。

「そうだねえ、まあバイクとソウビに何かあった時は分からなかったけど……」

ラファエルはおどけるようにソウビに応えると、再び兵達の方へ向き直った。

「ほらぁ、いつまで寛いでるんだ?善は急げ、決めたんならさっさと動き出せ!」

急かす様なラファエルの一喝に、慌てて動き出す兵達。
女性もそれに混ざりながら、不意にソウビに微笑みを向ける。
ソウビも女性の微笑みに応えて、それからふと、いかにも意地悪そうに目を細めた。

「うんと大事にしてもらわないとダメよ。これからは特にね」

───ありがとう、あなたも。
女性の唇はそう紡いだが、ソウビには見えただろうか。

周囲の忙しなさにつられるようにして立ち上がり、ラファエルの隣へと寄った。眩しいものを仰ぐような目で────実際、彼の存在は眩しく見えた────その明るい緑色の瞳を見つめる。
不意にソウビに見つめられて、ラファエルは顔を撫でる。

「ソウビ?……あれ、もしかして機械油でも付いてたかな」

やはりソウビの思惑に気付かぬ鈍感さで。これで良く伊達男を気取っていたものだが……。
柔らかく笑んだ薔薇色の瞳が、ともすれば泣き出しそうなほどに蕩けた。

「付いていたって、あなたは素敵よ。……本当に」

機械の油と煤で黒ずんだラファエルの手。それと比べるように、ソウビは自分の手を陽射しに掲げた。真っ白で、実は長物を扱うたこがある。鱗は硬質で籠手代わり。頻繁に赤く染まる自分の手。

「機械どころか、人の気持ちだって直せてしまうのね」
「……今回はたまたま、あいつらの『仕組』が良く分かったんだ。バイクと同じようなもんさ」

言いながら兵達を眺めた。
自分も同じような目に遭っていたかもしれない、それ以上の目に遭っていてもおかしくない。そんな自分に良くしてくれた人々を置き去りにしてきてしまったなあと、漠然と思い返す。

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兵達の準備に、そう時間は掛からなかった。それ程持って行くべきものは多くなかったのかもしれない。
ソウビが準備してくれた衣服を身に着ければ、皆何処にでも居そうなエオルゼアの一般人の装いとなった。それに護身用の武具と、ヴァンガードを解体して用意した鉄くず、ラファエルが持っていた予備食料を持って。
各々がラファエルとソウビを振り返りながら、ぺこぺこと頭を下げつつ、リムサ・ロミンサへの街道を歩み始めた。
のんびりと手を振って彼らの背を見送ると、ソウビはすっかり空になった魚籠を見下ろした。槍はとっくに革袋にしまわれている。

「良い旅ができると良いわね、あの人たち」
「ああ……」

そう答えたラファエルの前に、一人残っていたリーダーが立っていた。徐に踵を合わせ、右腕を眼前に掲げる。
帝国式敬礼だった。

「……お世話になりました、『ルクス』!」

先程までとは全く違うリーダーの口調。
一瞬、呆気にとられたラファエルだったが、諦めて苦笑を浮かべて。

「なんだ、気付いてたのか」
「すみません、バイクの修理中に。部品にエンブレムがありましたので」

あちゃー、と短く呟いて。それから、ソウビに返されていた財布を、中身も確かめずリーダーに渡した。

「口止め料だ。宿と船賃はあの鉄くずを売ればなんとかなるだろうけど、色々金は掛かるからな」
「……頂戴します、ルクス。重ね重ね、お世話になりました」

聞き覚えの無い名でラファエルを呼びながら、ソウビにも一つ敬礼して、リーダーは仲間の元へ走っていく。

「良き旅をお祈りしています、ルクス」
「そっちもな。良き旅を、『ピル』」

やがて街道の向こうへ、彼らは消えていった。

「………さて」

彼らを見送って、一息ついて。
色々ごまかしたい事はあったが、取りあえず。

「ワインポートでいい酒を飲む金も、コスタ・デル・ソルでいい部屋を借りる金も無くなっちゃったんだけど……まだ一緒に来てくれる?」
「ふふっ」

口許を手で押さえて笑いながら、もちろん、とソウビは頷いた。

『ルクス』。エオルゼアの仇敵、ガレマール帝国で用いられる階級のひとつだ。文献によれば軍技術者、中隊を指揮する権利を持つ士官の────

ソウビは、ラファエルの手をとった。皮膚だけの柔らかな手。何でも直せる魔法の手だ。

「今度こそ、わたしがご馳走するわ。男もたてられない、勝ち気な女と一緒で良かったら」
「本当かい?良かったあ……」

安心したようにひとつ嘆息すると、ソウビの白い手を引く。その先にはもちろん、バイクの後部シート。

「実はね、他にもおススメのスポットがあるんだよ。あんまりお金もかからないような……」

エンジンは何事も無かったかのように、変わらぬ轟音を響かせる。何も問題は無さそうだ。

「後悔はさせないよ」

その語尾は、タイヤが地を削る音にかき消される。

二人を乗せたバイクは轟音と土煙だけをその場に残して、再び地を駆け始めるのだった。

  • 最終更新:2019-05-12 19:43:41

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